第109話 手がかり
ここまでの話で、ウンディーネが諸々の話を黙っていた事情は分かった。
つまりは、ロネリーが命を落とすことを避けるため、万全を尽くしていた。と言うことだろう。
その過程を考えると、どうしても背中がむず痒くなってしまうから、俺はこの先の話、これからについて話題を振ることにする。
「話を戻そう。とりあえず、この場にいる全員が諦めて家に帰るつもりは無いって前提で話を進めるぞ」
「それでいいチ」
「そうですね。私も賛成です」
頷いて見せる皆を見渡した俺は、続けた。
「それじゃあウンディーネ。改めて教えてくれ。16年前のことを覚えている身として、俺達に発破をかけた理由はなんだ? もしかして、この状況を打破する術を知っているのか?」
「術、と言えるほどのものでは無いが、2つほど、疑問を持っておる」
そう言った彼女は、指を2本立てた。
「まず1つ目は、先ほど魔王ウィーニッシュが告げていたことについてじゃ。我らが降らす雨を逆手にとるというもの。少なくとも16年前の時点で、奴はその作戦を考えていたはず。その証拠に、ワラワ達もかつて、あの塩の迷宮を通ったことがある」
「ウンディーネの言ってることは本当だ。実は俺も、あの場所で想いの種を見てる」
俺はウンディーネの言葉を補足した。
あそこで見た記憶は確か、レンとホルーバが岩の上で会話していた記憶だ。
そこで初めて、レンの想い人が俺の母さんだってことを知ったんだよなぁ。
なんて俺が考えている間にも、話は進む。
「その作戦を考えていたのに、16年前は全く伝えてこなかった。だからおかしい。っていうコト?」
「そういうコトじゃ」
「それは……何というか、僕の感想だけど。理由としてはちょっと弱い気がするなぁ」
「そうも言いきれん。もし奴の目的が“雨が降るのを妨げる事”なのだとしたら、今回のように事前に伝えて来るのが最適であろう? 奴のあの性格は、以前から大差ないのだからな」
そう言われると確かに。ウンディーネの言っていることが正しいようにも聞こえる。
だけど、その情報だけでウィーニッシュの言っていることがデマカセなんだという確証は得にくい。
皆がそう考えるのを見計らうかのように、ウンディーネが立てていた指の1本を折り曲げた。
「そしてもう1つ。ワラワとしてはこちらの方が重要だと考えている」
そんな前置きと共に、彼女は疑問を口にする。
「なぜ2人の魔王は、フェニックスのことを知っていた?」
「なぜって、俺達がやろうとしてる生命の循環ってやつに関わるからゴブ?」
「いや、それは違う。なぜなら、ワラワがフェニックスについて知ったのは、お主らと同じ時だからじゃ」
「それが何か関係あるゴブゥ?」
「分からぬか? では考えてみよ。ワラワ達がその知識を知るきっかけになったのはいつじゃ? ダンドス樹海の湖であろう? あの場で偶然、シンと言う名のドラゴンに出会わなければ、その情報に気づくことも無かった。だとしたら、魔王共はどうやって、フェニックスのことを知った?」
どうやってって、必死こいてフェニックスの情報を集めたんじゃないのか?
いや、違うか。そもそも、フェニックスの存在がカギになるって知らなければ、情報を集めることもないし。
……フェニックスの存在がカギになる?
それが分かったのはいつだ?
16年前のウンディーネ達が、何もできなかったから。だからこそ、魔王達は異変に気が付いた。
そもそも、当時のウンディーネ達は霊峰アイオーンに行って何をしたんだ?
大きな違和感を抱き始めた俺は、単刀直入に聞いてみる。
「そもそもの話なんだけど、16年前、ウンディーネ達は霊峰アイオーンの山頂で何をしたんだ?」
「山頂には2つの台座があり、ノームとワラワ、サラマンダーとシルフィに分かれて力を行使してみた。結果、何も起きなかったのじゃ」
「それで、何もできなかったって言ってたんですね」
「その後、まるで慌てるように魔王軍が山を包囲し、ワラワ達は仕方なく撤退したのじゃ」
と言うことは、その時の魔王達はウンディーネ達が雨を降らせると思って慌てて止めに来たのか。
でも、結果的に何も起きなかったからおかしいと気が付いた。
だとして、魔王達はどうやってフェニックスのことを知ったんだ?
俺がそんな疑問に悪戦苦闘していると、不意にペポが呟く。
「アタチ、気が付いたかもしれないチ」
「ペポ? 何か分かったんですか?」
「チ。皆《みんな、》思い出すチ。魔王達が作ろうとしてるものは何チ?」
「地獄、だったっけ?」
「そうチ。地獄。そこに居るのは誰チ?」
「閻魔大王ゴブ?」
「違うチ。地獄と言ったら、死者が落ちる場所だチ」
「死者……」
小さく呟くロネリー。
そんな彼女の背後で、大きく頷いたウンディーネが、ペポから引き継ぐように結論付ける。
「ワラワも同じ考えじゃ。そして、これはワラワの推測じゃが……」
そう前置きした彼女は、少しだけ言葉を濁しながら言い切った。
「おそらく、16年前のワラワ達の仲間の誰かに、裏切者が居る」
「裏切者!?」
「どうしてそう思うんだ?」
「1つは、魔王達がフェニックスのことを知っていること。もう1つは、勘じゃ」
勘? ここにきてそんなあいまいなものを引き合いに出されても困るんだけど。
まぁ、あまり深くを語るつもりは無いらしいウンディーネを、これ以上問い詰めても意味が無いかもしれない。
少し釈然としないけど、少しずつ前には進んでいる気がする。
なんとか自分を納得させようと、俺が1つ息を吐きだしたところで、ウンディーネが提案してきた。
「ワラワのこの勘を、確信に変えるために。霊峰アイオーンに登るべきだと考えている。そしてダレン、そこで想いの種を探すのじゃ」
「想いの種を?」
「そうじゃ。前回、ワラワとレンはオーバーフローを目覚めさせることができなかった。そして、あの山ではノームのワイルドが使えん。もしかしたら、前回のワラワ達が見逃していた手がかりが、どこかに転がっている可能性がある」
世界を救うための手がかりが。
そう締めくくったウンディーネを見つめた俺は、ゆっくりと視線を東の方へと向ける。
どんよりと曇った空の下、山頂を雲に覆い隠されている霊峰アイオーンが視界に入った。
残されたわずかな道筋が、微かに見える気がする。
「ダレン、行ってみようぜ」
ずっと黙っていたノームが久しぶりに口を開く。
頭の上にいる彼を見上げた俺は、思わず溢れ出てくる笑みと一緒に、応えたのだった。
「そうだな」




