第108話 逆もまた然り
「え? それって、どういう……ウンディーネ?」
俺の言葉に驚いた様子のロネリーが、自身の真後ろにいるウンディーネを見上げた。
当然、彼女の視線に合わせるように、その場にいた全員の目が、ウンディーネに向けられる。
しばらくの間、だんまりを決め込んでいたウンディーネは、さすがにずっと注目されることに抵抗を覚えたのか、ため息と共に漏らした。
「そろそろ潮時かのぅ」
これ以上は隠し通せないと悟ったらしい。
まぁ、俺が気づいてるってことはウンディーネも知ってるし、当然だよな。
そんな彼女の言葉を聞いたロネリーが、すっくと立ちあがったかと思うと、ウンディーネを見上げながら口を開いた。
「ウンディーネ。お願い、説明して? どういうこと? 16年前のことを覚えてるって……」
「ダレンの言っておることは、本当じゃ。ワラワは、すべて覚えている。レンやダン、ホルーバにグスタフ、そしてリサ。皆と共に旅をしたことも、霊峰アイオーンに登ったことも、魔王どもに敗れて逃げたことも。そして……あの娘の、残していった想いも。全てな」
「ちょっと待ってよ。だったらどうして、そのことを僕たちに教えてくれなかったの? ここまでの道のりとか、魔王の事とか、色々と教えてくれてたら、助かったこともあったと思うんだけど」
「そうだゴブ!! なんで隠してたゴブ!? もしかして、俺達をうら」
「ベックス、それ以上はやめるゴブゥ」
「でも、そうじゃねぇと説明がつかないゴブ!?」
「ちょっと落ち着くチ……騒ぎたくなる気持チは分かるチ。でも、アタチはウンディーネが裏切ったとか、そんなことは無いと思うチ」
戸惑う者、困惑する者、怒る者、落ち込む者、沈黙する者、諫める者。
各々が、それぞれの反応を示す。
そんなみんなの反応を一通り見た俺は、改めてウンディーネに問いかけた。
「ウンディーネ。俺はこの中に裏切者が居るなんて思ってないし、思いたくない。信じたい。だから、話してくれないか? どうして、今まで黙ってたんだ? 隠してたんだ? 俺達に教えてくれても良かったんじゃないのか?」
「……それが出来たのであれば、ワラワもそうしたであろうな」
「それは、できなかったって意味? ……ううん。分からないよウンディーネ。私にはちっとも分からない。今までは話せなかったのに、どうして今なら話せるの?」
「ロネリー、落ち着いてくれ。ウンディーネが……」
「落ち着いてるよ!! 私は落ち着いてる……だけど、落ち込んでも、いるかも……」
俺の言葉に反射的に叫び返したロネリーは、我に返ったのか、目元に涙を浮かべながら俯いた。
きっと、今までずっと一緒に居たのに、そんな大事なことを隠されていたことがショックだったんだろう。
そんな彼女の傍に近寄った俺は、そっと背中を撫でる。
少しだけ、彼女の身体が震えている気がした。
そんなロネリーを、ただ黙って見降ろしていたウンディーネが、ぽつぽつと話し始める。
「ワラワが今までずっと、お主らに全て黙っていた理由を説明するためには、ワラワ自身のことを話さねばなるまい」
「ウンディーネ自身のこと?」
「そうじゃ。皆も聞いたことがあるであろう? ワラワを受け継いだ者が短命であると」
「……」
「それは、ワラワの力が密接に関わっておる。ダレンには話したな。ワラワとこの娘は今、オーバーフローと言う力に覚醒していると」
「あぁ、聞いたな」
「その力の根源は、誰でもない、ロネリー自身なのだ」
「……私が、力の根源?」
目元を左手で拭いながらも、小さく呟いて顔を上げるロネリー。
彼女にとっても、この話は初耳らしい。
と言うことは、この場でそのことを知るのは、ウンディーネだけなんだろう
「で、その根源って言うのは、どういうものなんだ?」
「ロネリーの想いだ。心、感情、愛。様々な言い方が出来るがな」
「え?」
「ロネリーが恋をして、その相手もまたロネリーに恋をする。互いに惹かれ合うような、そんな幸福感に包まれた時、ウンディーネであるワラワは最高の力を発揮できるのじゃ」
「なっ」
「ちょ……」
こっぱずかしいことを言うウンディーネに、俺とロネリーは思わず短い声を漏らし、互いに視線をそらしてしまう。
いや、第三者から面と向かってそんなこと言われたら、恥ずかしすぎるだろ?
ウンディーネはロネリーのバディだから、厳密には第三者じゃないかもだけど。
いや、そんなことは関係ないっ。
なんて、俺が心の中で言い訳をしていると、更にウンディーネが続けた。
「しかし、もしロネリーの想いが力になるのだとしたら。逆もまた然りというワケじゃ」
「逆……? それはどういう意味チ?」
「仮に、ロネリーの想いが届かず、打ち砕かれてしまったとしたら?」
「……逆もまた然りってことは、力を失う?」
「半分正解じゃ。仮にワラワの継承者が失恋してしまった場合、ワラワは継承者から全ての力を奪い取ってしまうことになる」
「全ての力を……?」
「言葉通り、手足を動かすこともできず、言葉を発することもできず、目を開けることもできない、終いには心まで動かなくなる。つまり、生きる力を失うのじゃよ」
「そんな!!」
失恋したら、生きる力を失う? 死ぬ?
なんでだよ?
だとしたら、ロネリーはそれを知らないまま、今まで生きて来たって言うのか?
それはとてつもなく危ないことだろ?
だって、もしひょんなことから誰かを好きになって、その相手にフラれたりしたら……。
そう考えた俺は、ふと、初めてロネリーと出会った時の事を思い出した。
惑わせの山で襲われていたロネリーを、助けたこと。
そして、その後に向かったコロニーで山賊を撃退し、出立を決めた日の夜にゴールドブラムさんに言われた言葉。
『あの娘の決意を理解していないようじゃな』
……もしかして、ロネリーは知っていたんじゃないか?
自分が、誰かに恋をして、それが失恋に終わってしまったら。
死んでしまうことを。
いや、だとしたら色々とおかしなことがある。
もしこれを知っているんだとしたら、ロネリーは今驚いていないはずだ。
ほら、今だって……。
自分を納得させるために、ロネリーに視線を投げた俺は、思考が固まってゆくのを感じた。
口をキュッと堅く結んでいる彼女は、怒りを込めるようにウンディーネを見上げている。
「ウンディーネ。失恋云々の話は、私だって知ってるよ。だって、あなたに聞いたし。まさか、力の根源に関わりがあるとは思ってなかったけど。だけど、私が聞きたいのはそんな話じゃない。どうして、16年前のことを覚えているの? どうして、それを教えてくれなかったの?」
「そう急くでない。それを今から話すところじゃ」
そこで一つ、大きく息を吐いたウンディーネは、胸元に手を当てながら続けた。
「ワラワの継承者が失恋をしたら、ワラワが継承者から全ての力を奪うと言ったであろう? その時、ワラワは力と一緒に、その者の想いと記憶を、引き継ぐのじゃよ」
「想いと、記憶を?」
「そうじゃ、ロネリー。主の前任者であるレンが、誰を愛し、なぜ失恋したのか。その想いと記憶が、ワラワの中に溢れている。そしてその想いと記憶は、主にも多大なる影響を与えたのじゃよ」
「レンさんの想いと記憶が、私に影響を?」
何か心当たりでもあるのか、静かに俯くロネリー。
そんな彼女を横目に、俺は脳裏に浮かんだ考えをウンディーネにぶつけることにした。
「それはつまり、その影響が原因でロネリーが失恋すると思ったってことか?」
そんな俺の質問に、ウンディーネは短く応えるのだった。
「ワラワが水を差すわけにはいかんじゃろ?」




