第107話 碧い瞳の奥深く
ロネリーに向けて勢いよく振り下ろされたウィーニッシュの尻尾を、丸く膨れたシルフィが受け止める。
その瞬間、バチバチという音と共に閃光が弾けた。
「シルフィ!?」
「何してるチ!!」
突如として現れた彼女の行動に、思わず叫ぶ俺。
そんな俺の声に被せるように、屋根の上から頭だけ覗かせているペポも叫ぶ。
だけど、俺達の声が届くはずもなく、シルフィは尻尾から放出される無数の雷撃に包まれている。
焦りと不安に突き動かされた俺は、腹の上で力なく寝そべっているサラマンダーをどかすと、痛みを忘れて立ち上がった。
「ノーム!!」
「おうよ!!」
どこからともなく聞こえて来たノームの声を耳にしながら、急いで駆け出した俺は、まっすぐにロネリーとシルフィの傍まで走る。
流石のウンディーネも、弾け続ける雷撃を前に、手も足も出せないようだ。
雷を浴び続けるシルフィを、茫然と見上げているロネリーを引っ張り、下がらせた俺は、直後、思い切り地面を踏み込んだ。
すると、いつも通りの岩の槍がウィーニッシュの尻尾に向けて突き出してくる。
そんな槍の先端が奴の尻尾に触れた瞬間、まるで幻覚でも見ていたかのように、弾けていた雷撃が一気に消え去った。
「おっと……そっか、アースに落とされたか」
訳の分からないことを呟くウィーニッシュに、追撃を仕掛けようとするが、奴は軽い身のこなしで大きく後退した。
そんなウィーニッシュを視界の端で警戒しながらも、俺は足元に落ちたシルフィを拾い上げる。
「シルフィ!! 無事か!?」
「……ん、無事じゃないよぉ。痛いよぉ。だから、もう寝るね」
「そうか、ゆっくり休んでてくれ」
言っている内容こそいつも通りの軽口だけど、様子が明らかにおかしい。
雷撃が止んだというのに、時折彼女の身体を走る小さな光が、普通じゃないことを現していた。
そして何よりも、力なく横たわっている彼女の姿は、決して無事なように見えない。
掌の上で穏やかな表情を浮かべ、瞼を閉じる彼女をそっと地面に降ろした俺は、2回足踏みすることでノームに合図を送った。
すぐにノームが、彼女を安全なところまで連れて行ってくれるはずだ。
「彼女の勇気に感謝だね」
「お前が言うなよ、魔王ウィーニッシュ」
肩を竦めながら告げるウィーニッシュに、怒りを込めた視線をぶつけるけど、全く意に介していないらしい。
一通り俺達の様子を見渡したウィーニッシュは、一つ息を吐くと、短く告げた。
「これで実力の差は分かってもらえたかな?」
悔しいけど、何も言い返せない。
今の俺達は、ウィーニッシュ1人に対して、ほぼ何もできなかった。
しかも、ウィーニッシュにはまだ4人も手下が居る。
もし、彼らが本気で俺達を倒そうと思えば、簡単にできるんだろう。
それをしない理由は良く分からないけど、それだけの力量差はあるはずだ。
黙り込んで睨み続ける俺の態度を肯定と受け取ったのか、一度手を叩いて見せたウィーニッシュは、それじゃあ、と前置きをして続ける。
「俺達はこのあたりでお暇させてもらうよ。まさか、邪魔なんかしないだろ? それと、ここで少し休憩した後は、ちゃんと来た道を引き返すように。そうすれば、俺達が帰りの道を保証してやるから」
どこまでも俺達のことを舐めているらしい。
文句の一つでも言ってやろうかという衝動を、必死に抑え込んだ俺は、小さく頷いて見せる。
握りしめた両手が、痛い。
それでも動くわけにはいかなかった俺は、そのまま城へと帰っていくウィーニッシュ達を、見送るほかなかった。
少しずつ北の空へと遠ざかって行く浮遊城を尻目に、けが人を一か所に集めた俺達は、橋の上では治療ができないことを知り、ひとまず川の対岸まで移動した。
特に重症のペポとシルフィを、俺とノームとガーディで運ぶ。
その間、当然ながら俺達の間に会話は無かった。
橋を渡り切り、ウンディーネとの連携でワイルドに覚醒したノームが、緑に輝く花を生み出す。
穏やかで、仄かな温もりを感じるその光に包まれながら、俺は空を見上げる。
ヴァンデンスとラックが、最期に見せてくれたあの晴天は、本当にただの幻覚だったのかな?
あれが未来の光景だなんて、到底思えなくなってしまっている。
どうしよう。
俺は今、生まれて初めて、道に迷ってしまったのかもしれない。
進むことも戻ることも躊躇ってしまう今の俺が、歩むべき道って、どこにあるんだ?
そんなことを考えながら、皆の傷が癒えるのを待っていると、不意にウンディーネが口を開いた。
「よもやお主ら、あの魔王の言うことに従うつもりではあるまいな?」
唐突に告げられた彼女の言葉に、俺達は顔を見合わせる。
「なんだよウンディーネ。もしかして、このまま霊峰アイオーンに向かうつもりなのか?」
「当たり前であろう?」
「本気なの!? さっきの話だと、僕らが霊峰アイオーンに行っても……」
「意味が無いと? なぜお主らは敵の言う言葉を鵜呑みにするのじゃ?」
「それは……」
「ふん」
口ごもるサラマンダーを見て鼻を鳴らしたウンディーネは、皆の顔を見渡しながら言葉を並べた。
「ベックス、ケイブ。お主らはバディを手に入れるんじゃなかったのか? ガーディ、ここで諦めてお主の帰る場所はどこにある? サラマンダー、お主はグスタフの無念を晴らさずにいられるのか? ペポ、ここで帰ればお主らの帰る場所が無くなるかもしれんぞ? ダレン、ノーム。道が無いなら自分で作るのがお主らじゃなかったのか?」
一息に告げてしまったウンディーネは、最後に大きく深呼吸をした後、自身の足元にいるロネリーを見つめて告げた。
「ロネリー、想いを遂げるつもりは無くなったのか?」
「ウンディーネ……」
彼女の剣幕に圧倒されて、皆が沈黙する中、真っ先に反応を示したのは、ロネリーだった。
「私は、諦めたつもりなんか無いよ。ウンディーネ」
そんな彼女の言葉に続くように、皆が口々に声を上げる。
「俺も諦めた覚えはないゴブ!!」
「オラもだゴブゥ」
「僕だって。諦めたくなんか無いよ!!」
「アタチだって」
皆、ウンディーネの声掛けのおかげで、元気を取り戻し始めたみたいだ。
まぁ、俺もその中の一人なんだけどな。
それらの言葉が飛び交う中、ただ1人、何も言えずに狼狽えていたガーディに、俺は声を掛けた。
「ガーディ、安心しろって。絶対に世界を救って、一緒に帰ろう。そして、自分たちの居場所を自分達で作るんだ。だろ?」
「ダレン……イイのか?」
「おいおい何言ってるんだ? 良いに決まってるだろ。オイラが最高の居場所を作ってやるからよ!」
ノームの言葉に、安心したように笑顔を見せたガーディ。
そんな彼からウンディーネに視線を移した俺は、彼女の碧い瞳を見つめる。
きっと、彼女のその瞳には、俺達に見えていない物が見えているんだろうなぁ。
なんてことを考え、一つため息を吐いた俺は、意を決してウンディーネに語り掛ける。
「ウンディーネって、不器用だと思ってたけど、こうやって皆に発破をかけたりできるんだな」
「一言多い奴じゃ」
「ははは。でもまぁ。ありがとうな。だけど、1つだけ聞いておきたいことがある」
そこでわざと言葉を切った俺は、全員の視線が俺に向くのを待った後、告げた。
「そろそろ話してくれても良いんじゃないか? ウンディーネ。16年前のこと、何があったのか、覚えてるんだろ?」
「……」
俺の問いかけに黙り込むウンディーネ。
そんな彼女の反応を見て、気づかない人はいないだろう。
その碧い瞳の奥深くに沈んでしまっている、秘密の存在に。




