第106話 勝ちへの布石
ダレンとサラマンダーが勢いよく殴り飛ばされ、助けに向かおうとしたロネリーとウンディーネに、ウィーニッシュが追撃を掛ける。
そんなウィーニッシュに対して、不意打ちを仕掛けようとしたガーディもまた、激しく蹴り飛ばされて建物の壁に背中を打ち付けていた。
水弾を放ってウィーニッシュを牽制しているウンディーネとロネリーは、だけど、少しずつ距離を詰められてしまっている。
ベックスとケイブの姿は見当たらない、多分、アパルを連れて安全な所に身を隠してるんだろう。
これらの状況を空から見下ろすウチは、そろそろ何とかしないとヤバいなぁと思いつつ、焦げた匂いの漂うペポの羽毛から這い出した。
「ペポ、大丈夫ぅ~?」
「身体が……動かないチ」
喋れるだけまだマシかもねぇ。
なんて言ったら怒られそうだから黙っておこう。
「とりあえず、ウチが安全な所に降ろすから、ちょっと翼を借りるよぉ」
「まかせる……チ」
掠れるような弱弱しい声を聞いたウチは、不格好に広がっている彼女の腕翼に風を当てることで、姿勢を整えた。
こういう時、彼女の背中にある小ぶりな翼が意外と役に立つんだよね。
あとは、安全そうな建物の屋根まで、風で誘導してやればいいはず。
「それにしても、面倒な魔王に遭遇したもんだぁ。あ、前も遭遇してるんだっけ?」
先ほどの雷を、ペポが避けられなかったのには理由がある。
本来なら、ウチの風に乗ったペポが雷を避けられないはずがない。
風を操るウチにとって、雷は雲の中で起きる気色の悪い現象だから、大体どのあたりで発生するか分かる。
だけど、さっきの雷は、今までにウチが見てきたどの雷とも違った。
まさしく、ウチとペポを狙い定めて落ちて来た雷。
つまり、誰かが雷を操ったことになるよねぇ。
「まぁ、そんなことを出来るのは、あの魔王しかいないんだろうけど。なんか、癪だなぁ~」
ペポの翼を使ってゆっくりと滑空したウチたちは、屋根の上に降り立つ。
まだ身体を動かせない様子のペポから飛び降りたウチは、戦闘中の皆に目を向ける。
バチバチと音を立てる尻尾を靡かせながら、ロネリーとウンディーネを翻弄するウィーニッシュ。
水弾の牽制のおかげで、まだ直接攻撃は喰らっていないみたいだけど、かといってロネリーに余裕があるようには見えない。
なんて言っても、ウィーニッシュの動きにはかなりの余裕が感じられる。
なんでだろう?
疑問を胸にしばらく観察したウチは、彼の動きが明らかにおかしな軌道を描いていることに気が付いた。
跳躍した直後、更に空中を蹴るようにして軌道を変えたり、回転方向が急に逆になったりする。
風を操る魔王、という肩書じゃ説明できない。それはまるで……。
「……衝撃、いや、力かな? 明らかに風の動きじゃないね~」
ウチは観察した結果を自分の中に落とし込んでいくように、呟いてみた。
明らかに異質な彼の能力には、何か要因がありそう。
その異質な要因こそが、雷を操るチカラの根源なのだとしたら、ウチとしては看過できない。
「嫌だなぁ。でも、やるしかないよねぇ」
ため息と共に、今の心境を吐き出したウチは、背後を振り返ってペポを見た。
「ペポ、後のことは頼んだよ~」
「……シルフィ? どういう意味チ?」
うつ伏せになったまま、ウチを見上げて来る彼女に、軽く笑いかけたウチは、返事をするのも忘れてロネリー達の頭上へと飛び立つ。
本音を言えば不本意だよ?
だって、絶対に痛いわけだし? 少しの間動けなくなるかもしれない。
だけど、このままじゃウチたちの負けが確定しちゃいそうだし?
そうなったら、もうみんなに任せて、昼寝していられなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だねぇ。
これは勝ちへの布石だから。
きっと無駄にはならないはずだよねぇ。
「みんなも知ってるだろうけど、ウチ、無駄なことはしたくない主義なんだよねぇ」
誰にも聞こえていないだろうけど、なんとなくそう呟いたウチは、1つ息を吐き、勢いよくロネリーとウィーニッシュの元へと降下する。
「っ!! 素早い!!」
「ロネリー!! 右じゃ!!」
「はい!!」
「どうした? 疲れて来たのか? 少しずつ、動きが鈍くなってきてるぞ!!」
眼下で繰り広げられている2人の攻防。
そんな攻防に、今まさに決着が付こうとしている。
ロネリーを翻弄するため、風のように駆けまわるウィーニッシュ。
そんな彼を迎撃するため、四方八方に警戒をしているロネリーが、足元に転がっていた瓦礫につまずいて、尻餅を付いてしまった。
そんな瞬間を、ウィーニッシュが見逃すはずがない。
狙い定めたように軌道を変えた彼は、床に転んでいるロネリーに向かって一直線に突っ込んだ。
狙いは間違いなく、尻尾の一撃みたいだ。
当然、ウンディーネが防御のために前に出るけど、それじゃ遅い。
当たり前のように、突撃の軌道を無理やり変えてしまうウィーニッシュに、彼女じゃ対応できない。
「これで終わりだ!!」
「そう簡単に終わらせないよぉ~」
尻餅を付いて転んでいるロネリーに向かって、振り下ろされるウィーニッシュの尻尾。
バチバチと音を立てている尻尾とロネリーの間に割って入ったウチは、勢いよく息を吸って身体を膨張させながら、尻尾を受け止める。
刹那、全身に鋭い痛みと衝撃が走った。
「シルフィ!?」
背後から聞こえるロネリーの声も、視界を埋め尽くす眩い光も、ウチの思考に到達しない。
時間にして数秒かな。
今にも意識を失いかけた瞬間、真下から岩の槍が突き出して来たのを見たウチは、ようやく激痛から解放された。
視界を埋め尽くしていた尻尾から解放されたウチは、そのまま地面に落下する。
誰かが呼びかけて来る声が聞こえたけど、どうでもいいや。
眠たいし、痛いし、疲れた。
あとはいつも通り、皆に任せてしまおう。そうしよう。
そしてウチは、真っ暗な眠りに落ちていく。




