第104話 余裕の理由
「で? 話ってなんだ?」
しばらく沈黙が広がった後、俺は痺れを切らして問いかけた。
お互いに黙り込んだままじゃ、何の進展もないだろ?
なんて軽口まではさすがに言えないけど、俺の意を汲み取ってくれたのか、すぐに魔王ウィーニッシュが口を開く。
「そうだな、まず、さっきも言ったけど、俺達はお前達と争うつもりは無い。そのうえで、お願いしたいことがあるんだ」
「お願いチ?」
「そうだ」
短く言葉を切った彼は、大きく頷きながら俺達を見渡す。
「これからお前たちがやろうとしていること、それを諦めてくれ」
「え?」
「それって、どういう……?」
驚きで短い声を漏らすサラマンダーと、疑問を投げかけるロネリー。
そんな2人の反応に肩を竦めて見せるウィーニッシュは、全く悪びれることなく続けた。
「簡単に言えば、大人しく家に帰ってくれってことだ。お前たちがやろうとしていることは、大体分かってる。雨を降らせるつもりなんだろう? だけど、それはおススメしない」
「フザケルナ!!」
真っ先に反応を示したのは、サラマンダーの隣に立っていたガーディ。
怒りに任せて唸り声をあげている彼の様子に、しかし、ウィーニッシュは全く怯んだりせず、苦笑する。
「ふざけてないんだよなぁ、これが」
飄々としたその態度に、流石の俺も苛立ちを覚える。
ウィーニッシュが言っているのはつまり、何も抵抗せず、ゆっくりと蝕まれていくのを容認しろってことだ。
完全に俺達をナメきっている。そうでないと、出てこない発想だろう。
だけど、この魔王ウィーニッシュに関して言えば、その態度にも納得できる部分があった。
言うまでもない、先ほど見た想いの種だ。
明らかに、この魔王は今の俺達よりも強いだろう。
少なくとも、バーバリウスとは比較にもならない程の強敵だと、俺は睨んでいる。
だからと言って、何もせずに諦める気にはならないだろう?
そんな気概を込めて、俺はウィーニッシュに向けて苦言を呈することにした。
「それはあまりにも、お前達にとって都合の良い話じゃないか?」
「そうか? 俺としては、良い妥協案だと思うんだけどなぁ」
相も変わらず、すっとぼけたことを言うウィーニッシュ。
そんな彼は、一つため息を吐き、鋭い視線を俺に向けた。
「そもそも、お前達は俺達の目的ってのを知ってるのか?」
「目的?」
「そうだ。俺達の……魔王のって言った方が分かりやすいか? これを俺が説明するのも変な感じがするけど、まぁ良い」
魔王の目的?
そんなものあるのか?
俺はてっきり、魔物を増やして世界を征服するとか、そんなものかと思ってたけど。
なんて、俺が思考を巡らせている間も、ウィーニッシュの話は続く。
「今の俺達はな、この世界を地獄に変えるように言われて、動いてるんだよ。まぁ、俺とバーバリウスでやり方は全然違うけどな。あいつは魔物を増やして世界を牛耳ろうとしてる」
「この世界を地獄に……? そんなこと、出来るわけが」
信じられない。もしくは信じたくない。そんな感情をこめて、ロネリーが首を振る。
だけど、対するウィーニッシュは同じように首を振りながら、彼女の言葉を否定した。
「それができるんだよ。って言うか、お前達も見て来ただろ?」
言われて思い出すのは、灼熱の大地や塩の迷宮。そして嵐の吹き荒れている光景。
だけど、それだけだ。
今の所、その地獄とやらはカルト連峰の東にまで広がっていない。
と言うことは、食い止める方法があると言うことで、現にゲンブがそれを成し遂げていた。
そんなことよりも、俺が気になったのは、もう少し別のこと。
ウィーニッシュが言った、「言われて、動いている」という所。
「どういうことだ? 今の話だと、お前ら魔王は、誰かに命令されて動いてるってことか?」
「そう、それこそが、俺達魔王の目的なんだよ」
ご名答とでも言うように、俺を指さしたウィーニッシュは、頭をポリポリと掻く。
「魔王、だなんてもてはやされてる俺達だけどな。そんな魔王の中にも序列ってのがあるんだよ。で、その一番上に立つ魔王って奴が存在する」
魔王の中に序列?
だとするなら、こいつらの目的は、一番偉い魔王になることってことか?
もしそれが目的だって言うなら、迷惑な話だ。
世界を巻き込んでやるような事じゃないだろう。
ぶつけたい感情は沢山あるけど、今はとにかく、ウィーニッシュの話を聞くことに専念しよう。
俺がそう思った瞬間、まるで結論付けるように、ウィーニッシュが告げる。
「そいつは閻魔大王と呼ばれる。地獄の主だな」
「閻魔大王ゴブ?」
「そうだ、そして、その閻魔大王になるためには、自らが管理する地獄を持つ必要があるんだよ。さらに言えば、俺とバーバリウスはどっちがこの世界を自分の物に出来るか争ってる感じだ」
「……つまり、この世界をあなた達のどちらかが管理する地獄にするってことですか?」
「そういうことだ」
話だけを聞けば、何の根拠もない戯言だと思える。
だけど、俺には目の前のウィーニッシュが戯言を言っているようには見えなかった。
だからこそ、止めないわけにはいかない。
「そんな話、俺達が納得して諦めるわけないだろ……」
「そうチ! このままお前達魔王に世界を渡すわけにはいかないチ!」
「そうだゴブ! 少なくとも俺は、俺のバディを取り戻すまで諦めないゴブ!!」
「いや、もうそんな次元の話じゃないんだよなぁ」
不満を漏らす俺達を見て、呆れたように告げるウィーニッシュ。
いくら強いからって、そんな横暴が許されるわけがない。
なんとしてでも止めなければ。
そんな強い決意を胸にウィーニッシュの考えを否定しようとした俺は、しかし、面倒くさそうな表情で告げられた言葉を耳にして、思考が停止するのを感じた。
「俺がこの150年間、何の考えも無しに自堕落な生活を送って来たと思ってるのか?」
そう言ったウィーニッシュは、思わず黙り込んだ俺達に、追い打ちを掛ける。
「お前達も通って来ただろ? 塩の迷宮。あれさ、俺が作ったんだよ。塩って結構厄介なんだぜ? 気づかなかったか? あの一帯、植物がなかっただろ? んでもって、俺は風を操る魔王だ。これだけ言えば、なんとなく分かるか?」
「何を言って……」
「仕方ないなぁ」
ヤレヤレとばかりに息を吐くウィーニッシュは、特に表情を変えることなく、結論付けた。
「お前達が降らそうとしてる雨。命を循環させるはずだったその雨が、死の雨に変わるって話だ。分かるか? 世界中の植物が枯れて、食い物が無くなるのは困るだろ? 既に詰んでるんだよ。だから、おススメしない」
この時俺は、ようやく理解した。
魔王ウィーニッシュが好戦的じゃないのも、俺達に対して滅茶苦茶な要求をしてきたのも。
それは強いからという理由じゃない。
彼にこれほどまでの余裕がある理由。
それは、戦う前からすでに勝っているからだ。
今の話がすべて本当だとしたら。俺達の命もこの世界も、バーバリウスとの閻魔大王を賭けた勝負でさえ。全てウィーニッシュの思いのままになるじゃないか。
「なにが、目的なんだ……?」
「ん? いや、だから」
「違う!!」
未だにすっとぼけようとするウィーニッシュの言葉を妨げた俺は、あふれ出す感情と共に、疑問を吐き出した。
「どうして……いや、違う。何を、待ってるんだ?」
150年間かけて作り上げて来た余裕。
その余裕がありつつ、未だに動かず、待ちの姿勢で居続けるのには、何か必ず理由があるはずだ。
そんな俺の問いかけを聞いたウィーニッシュは、一瞬目を見開いたかと思うと、ニヤッと笑みを浮かべて呟いたのだった。
「知りたいか?」




