第103話 風雷坊
「ダレン、大丈夫?」
気が付いた時、俺はサラマンダーに話しかけられていた。
周囲の景色は、想いの種を見る前となんら変わりが無い。
と言うことは、今回の記憶はさっきので全部だってことだ。
内容については、まぁ、予想していた通りと言える。
以前から聞いていたように、サラマンダーの継承者グスタフが殿を務め、魔王軍に敗北してしまう。
だけど今回の記憶で、俺は新たな懸念を1つ見つけてしまった。
言うまでもない。あの猫耳の男の強さだ。
あれは間違いなく、魔王ウィーニッシュに違いないだろう。
理由は単純、今までに聞いていた通り、風を操っていたからだ。
だけど、それ以上に厄介なのは、奴が放った雷。
指先から放たれた閃光の威力は、凄まじいものだった。
アレの直撃を受けたら、今の俺達じゃ耐えられないかもしれない。
「ダレンさん? 何を見たんですか?」
茫然としながら考え込む俺を見て、いてもたってもいられなくなったのか、正面に回ってロネリーが問いかけてくる。
そんな彼女と皆の顔を見渡した俺は、今しがた見た記憶の内容を説明することにした。
一通り語り終わった後、皆が沈黙するのも無理はないだろう。
「風雷の魔王の名は、伊達じゃないってことだね……」
「そうですね」
「ヴァンデンスが、ウィーニッシュはあまり好戦的じゃないって言ってたけど、そうじゃなかったら、俺達は今ここに辿り着くことすらできてなかったかもな」
「ダレンの言う通りチ」
改めて沈黙する俺達。
すると、何かを見つけたのか、ペポの頭の上にいたシルフィがで背後をジーッと睨みだした。
「ねぇ」
「どうした? シルフィ」
「ウチの気のせいだったらいいんだけどさぁ~。あれ、近づいて来てない?」
「あれ?」
言われるままに彼女の指さす方を振り返り、曇り空の元に目を向ける。
そして俺達はすぐに、彼女が言っていることを理解した。
風雷の魔王ウィーニッシュが住んでいるとされる浮遊城が、雲をかき分けながら俺達の方へと一直線に向かって来ているんだ。
「おいおい、本当だ、どんどんこっちに近づいて来るぞ!?」
「もしかして、見つかったゴブ!?」
「急いで近くの建物の中に隠れましょう!!」
今まさに、ウィーニッシュの脅威について話していた俺達は、慌てふためきながら近くにあった建物の中に身を隠す。
頼むから、セルパン川を通り過ぎてどこか遠くに行ってくれ。
なんていう俺の淡い期待は、あっけなく裏切られることになる。
しばらくして、街の上空に到達した浮遊城は、当たり前のように停止した。
遠目でも分かってたけど、真上にまでやって来た浮遊城はかなり大きく見える。
常にゴロゴロと雷の音を鳴らしている雲に囲まれた城。
そんな城から5つの人影が飛び出して来たかと思うと、迷うことなく、さっきまで俺達が居た周辺に着地した。
そして、周囲を見た猫耳の男が、さっき聞いた声を発する。
「お~い、居るんだろ? 隠れてないで出て来いよ」
出て行くわけないだろ。
古ぼけた建物の窓際に座り込み、様子を伺いながらも内心でツッコんだ俺は、今一度気持ちを引き締める。
「って、まぁ、出てくるわけないか」
「おい、ウィーニッシュ、ここは俺様が……!!」
「ダメだアーゼン。お前が動くとややこしくなる」
「ちっ」
やっぱり、猫耳の男は魔王ウィーニッシュだった。
と言うことは、ますます出て行くわけにはいかない。
俺はそう考えながら、同じ部屋に居る皆に視線を投げる。
多分、皆も奴がウィーニッシュだと言うことに気が付いたらしい。
全員揃って、表情が硬くなっていた。
と、その時。俺達にも聞こえる程の大きな声で、ウィーニッシュが口を開いた。
「お~い、出てこい。さもないと、この橋ごと全員渓谷に落としてしまうぞぉ! 俺達は話がしたいだけだ」
アーゼンを止めてた割に、思っていた以上の強引な手を使ってくる。
実際、橋を落とされたら面倒なことになるのは言うまでもないだろう。
「ダレンさん、どうしますか?」
「……仕方ない、出るか」
取り敢えず、まずは俺が前に出よう。
そう考えた俺は、皆に目配せをした後、ゆっくりと窓から手を出した。
「分かった! 今からそっちに出る。俺達もできれば、戦わずに済ませたい」
「おぉ、話が分かる奴で助かるよ。ってなわけだ。みんな、戦闘は無しだぞ」
「分かりましたわ」
「仕方ないね」
「御意」
「チッ。面白くねぇ」
ウィーニッシュの言葉に各々の反応を示す悪魔たち。
その声を聞いた俺は、緊張しながらも、窓を跨いで外へと踏み出した。
そんな俺に続くように、皆も建物の中から出てくる。
黙ったまま俺達のことを待っているウィーニッシュ達と、対峙するように立った俺は、真正面に居る男に向かって問いかけた。
「お前が魔王ウィーニッシュか?」
「お前がダレンか。本当に子供なんだな」
「お互い似たような見た目だろ」
「見た目で判断するのは良くないと思うぞ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた魔王ウィーニッシュは、腕組みをする。
そして、得意げに胸を張った彼は、なんてことないように告げたのだった。
「少なくとも、俺はお前達よりも7倍以上の経験を持っているんだからなぁ」




