第100話 川の傍で
ダンジョンを後にした俺達は、ヴァンデンスの助言に従って、南に向かった。
延々と続いているように見える荒野を、ただ歩くのは、思っていた以上にキツイ。
だけど、それを口に出して言う者は誰一人としていなかった。
「ちょっとロネリー、そんなに引っ付いたら歩きづらいって」
「良いじゃないですか、それとも、嫌なんですか?」
俺の左腕に抱き着きながら、頬を膨らませるロネリーの言葉を聞いて、頭の上のノームが呟く。
「もう完全に隠す気無くなってるよな、まぁ、ダレンも嫌な気はしてないみたいだけど」
「おいノーム、変なこと言うなよ」
余計なことを言いそうなノームに、俺が文句を言っていると、後ろを歩いていたガーディが声を掛けてくる。
「ダレン、オデもイイか?」
「ちょっとガーディ? 私からダレンさんを取るつもりですか? 渡しませんよ?」
すかさず、背後を振り返ったロネリーがガーディに食って掛かっている。
いや、本当にどうしたんだよロネリー。
なんて聞くと、またしょんぼりした顔で見上げて来るんだろうなぁ。
と俺が想像していると、呆れたような声でペポが告げる。
「そこに張り合うチ!? さすがにそれはやりすぎチ、ロネリー」
「ペポこそ、その羽毛ですぐに誘惑する癖に……」
「チ!? 違うチ!! そんなつもりは無いチ!!」
あぁ~。俺を真ん中に置いて言い争いをしないで欲しい。
誰か止めてくれよ。なぁ。
そんなことを考えながら、そっと背後に目を向けた俺は、ベックスとケイブ、そしてサラマンダーの会話を耳にしてしまった。
「もうただの厄介な女になってるゴブ……」
「ははは、まぁ、仲が良いってことだから、良いんじゃないかな」
「せめて、周りに牙をむかないで欲しいゴブゥ」
「あばぶぅ~」
そんな彼らの会話が聞こえたのか、このタイミングで顔を赤面させたロネリーが、俺の左腕に顔を埋めながら声を上げた。
「しょ、しょうがないじゃないですか! だって、こうしたくて仕方がないんだもん」
「だもんって言っちまったよ。オイラでも言わねぇぞ?」
「もう別人ゴブ」
ニヤニヤと笑うノームやベックスの視線から逃げるように、さらに強く俺の左腕にしがみ付く彼女の姿が、なぜか愛おしく思えてしまう。
こ、こういう時はどうしたらいいんだろう?
どう対処していいか分からなかった俺は、顔が暑くなるのを我慢しながら、ロネリーの頭をそっと撫でた。
「ま、まぁ良いだろ。そうしてたいってんなら、少しくらい。ほら、ガーディも来いよ」
「イイのか!?」
照れ隠しでガーディに声を掛けてみたけど、思いのほか喜んだらしいガーディが俺の右腕に飛びついてくる。
育ってきた環境のせいで、よく考えれば、彼も寂しがり屋なんだよな。
まぁ、俺も似たようなもんか?
うん。悪いことじゃない。そうだよ。これは全然悪いことじゃないだろ。
俺がそう考えた瞬間、背後からボソボソと声が聞こえてきた。
「やっぱりダレンは悪い男チ」
「そうゴブ。誑かす天才ゴブ」
「魔性の男ゴブゥ」
「オイラもそう思うぜ」
「って、なんでお前がそっちに居るんだよノーム!!」
「あはは。まぁ、僕もペポ達に賛同するけどね」
サラマンダーにまで言われてしまった。
と、俺が少しショックを受けていると、不意にペポの羽毛の中から飛び出して来たシルフィが、前方を見つめ始める。
「どうかしたチ?」
「う~ん。まぁ、ちょっとね。少し先にでっかい穴があるのかと思ったけど、あれは穴じゃなくて、断崖絶壁だなぁ~と思って」
「断崖絶壁?」
「オイラ、ちょっと先を見て来るぜ!」
すぐにそう言って地面に飛び込んでいったノーム。
取り敢えず、彼の戻りを待ちながらも前進を続けた俺達は、しばらくして戻って来たノームの報告を聞くことになる。
「おいダレン、皆、とんでもなくデケェ橋がこの先にあるぜ!!」
「とんでもなくデカい? そんなにデカいのか?」
「あぁ、オイラが地底湖の上に掛けた橋なんか比べ物にならないぜ」
興奮気味の彼の様子に顔を見合わせた俺達は、自然と歩調を速めた。
そうして、彼のいう光景を目の当たりにする。
シルフィの言った断崖絶壁と言うのは、どうやら本当だったみたいで、視界の端から端まで横たわるような巨大な渓谷が、荒野のど真ん中に伸びている。
そんな渓谷の対岸までは、かなり距離があるらしく、ぼんやりとしか見えない。
とてつもなくデカい溝、って言った方が良いんだろうか。
よく見れば、渓谷の底の薄闇の中に、少しだけ水が残っているみたいだから、これがヴァンデンスの言ってたセルパン川なのかもしれない。
そんな川の上に、岩でできた巨大な橋が掛けられている。
やたらと太い岩の柱5本と、その合間を縫うように張り巡らされた細い岩の柱。
それらで構成されているその橋は、崩れ落ちることなく聳えていた。
「本当にでかいチ……」
「この橋、渡るのに何日掛かるんだよ」
「ねぇ、僕には橋の真ん中あたりに、建物みたいなのがあるように見えるんだけど」
「本当ですね。もしかして、この橋の上に人が住んでいたんでしょうか?」
口々に告げる皆を見渡した俺は、そろそろ傾きだしている陽に視線を向け、告げた。
「とりあえず、今日はこの橋の入り口付近で休もう。橋を渡り出すのは明日から。それでいいか?」
「私はそれで良いです」
「その方が良さそうチ」
他の皆も賛同してくれたのを見て、俺達は橋の入り口付近で野宿の準備を始める。
そして俺達は、このセルパン川の傍で、一夜を過ごしたのだった。




