第10話 狭い世界
ロネリー達が住んでいたコロニーは、平原のコロニーと呼ばれていた。
そんな平原のコロニーから北に向かうと、切り立った崖の多い山岳地帯が聳えている。
当然、平原で延々と見た足元の雑草は進むにつれて減ってゆき、代わりに、ゴツゴツとした岩肌が増えてくる。
ゴル爺に聞いた話だと、この山岳地帯のどこかにオルニス族っていう翼を持った種族が暮らしているらしい。
俺はともかくロネリーも、そのオルニス族とやらに会ったことは無いようだ。
翼があるって、すごく便利そうだな。なんて、くだらないことを考えながら、山岳地帯を目指して歩いていたのが、昨日の話だ。
「ダレンさん!! この先に長い橋があります!! どうしますか!?」
「ロネリーは先に行っててくれ!! 俺らで、奴らを足止めする!!」
「ダレン!! 右後方から4人、左後方から3人だ!!」
「分かった!!」
前方を走りながら先の様子を報告してくるロネリーと、頭の上で敵の数を報告してくるノーム。
そんな二人に叫んで返事をしながら、俺は走っていた足を止めて踵を返した。
背中に担いでいた盾と剣を手に取り、迫り来る賊の姿を目で追う。
ノームが報告してくれた通りの人数を確認した俺は、右足で地面を軽く叩いてノームに合図を送った。
すかさず地面に潜り込んでゆくノームを視界の端で確認しながら、突撃してくる賊を迎え撃つ。
人数で勝っている敵に囲まれてしまわないように、ゆっくりと後退しながら岩の槍で牽制する。
そうやって、十数秒間だけ敵の足を止めることに成功した俺は、右足で足元を強く踏みつけた。
直後、辺りの岩場から、でたらめに、岩の槍が突出してくる。
その攻撃に賊が怯んだ隙を突き、俺は踵を返して走り出した。
全力で走るために、手に持っていた剣と盾は担ぎ直す。
「ノーム!! もう良いぞ!!」
俺がそう叫ぶと同時に、少し先の地面から飛び上がって来たノームを、俺は走りながらキャッチする。
そうして、頭の上にノームを運んだ俺は、背後を振り返った。
「あいつら、しつこいな!!」
「でも、結構引き離せたじゃないか!! さすがはオイラ達だな」
「余裕こいてる場合じゃないぞ」
そう言った俺は、少し先に見える橋の様子を改めて見る。
切り立った崖から伸びているその橋は木製で、パッと見ただけでも非常に心もとない造りだってことが分かる。
それでも、足を止めるわけにいかないと判断した俺は、全力で橋の上に駆け込んだ。
ギシギシと軋む橋は、今にも壊れてしまいそうだ。
崖下から吹き上げて来る風で、若干揺れている橋を見下ろした俺は、さらにその下にある谷底を見てしまった。
高さ的に、落ちたら確実に命は無いだろう。それとも、谷底を流れている細い川に飛び込めれば、生き延びることができるだろうか。
「いや、無理だな」
こんなところで死ぬわけにはいかない。それに、既に橋を渡り終えているロネリーを、置いて行くわけにもいかない。
そう思い、改めて加速しようとした俺の耳に、ノームの声が飛び込んできた。
「あいつら!! ダレン!! 走れ!! 全力で走れ!!」
「なんだ!?」
慌てているノームの言葉の意味を知るために背後を振り返った俺は、黒い影がものすごい速度で迫ってきていることを知る。
「だぁぁぁ!! またあいつらか!!」
その黒い影のことを俺は良く知っている。と言うか、こうして賊から逃げている原因は、そいつらと言っても過言じゃない。
ロネリー曰く、ワイルドウルフという名前の魔物。
犬よりも大きい身体を持っているその黒い魔物は、赤い瞳で俺達に狙いを定め、群れで襲い掛かって来るんだ。
そんな魔物を、どうして賊が手なずけているのか、色々と疑問はあるけど、今はそれどころじゃない。
「やばいやばい!! ダレン、もっと速く走れ!! 追いつかれちまう!!」
「逃げ切るのは無理だ!! ノーム、奴らが飛び掛かって来るタイミングを教えてくれ!!」
「分かった!!」
まだ橋の真ん中あたりを走っている俺達は今、大地の上に立っていない。
つまり、ノームが力を発揮することはできないわけだ。
けど、逆に言えば、橋の上でワイルドウルフに取り囲まれる心配もない。
一列を成して来るワイルドウルフ達を、各個撃破すれば、何とか勝てるはず。
とはいっても、そんな悠長にしてる暇もないわけで。
「ダレン!! 来るぞ!!」
「おう!!」
頭の上で叫んだノームに叫び返した俺は、勢いよく踵を返すと同時に背中の剣を抜き、振り向きざまの斬撃を放つ。
俺の背中目掛けて飛び掛かってきていたワイルドウルフは、その斬撃をもろに受けて、崖下へと落ちていった。
それを横目で見ながら盾を構えた俺は、唸り声をあげて睨みつけて来るワイルドウルフ達を牽制する。
「下がれ!! 下がれよ!!」
剣で盾を叩き、大きな音を立てることで怖気づかせようとするが、全く動じない。
そうこうしている間にも、ワイルドウルフ達の後から追って来る賊が、近づいてきている。
後方に気を付けながら、ゆっくり後退する俺に合わせて、ワイルドウルフ達も俺に向かってにじり寄る。
このままじゃじり貧だと俺が思った時。
右の頬のあたりを、何かが掠めて飛んで行った。
「なんだ!?」
「ダレン!! 矢だ!! 賊が矢を撃ってきてる」
「勘弁してくれよ!!」
ノームの言葉で、賊の1人が弓矢を構えている様子に気が付いた俺は、小さな盾に身を隠した。
どうしたらいい? 今の俺には為す術がない。踵を返して走り出すべきだろうか。
そんな弱気なことを考えた俺の耳に、今度はロネリーの声が飛び込んできた。
「ダレンさん!! 私達が援護します!! 走ってください!!」
まるで俺を避けるような軌道で、無数の水弾が橋の上に降り注いで来る。
ただの水と侮れない程の威力みたいで、その証拠に、その水弾を受けたワイルドウルフの1匹が、衝撃のあまり橋から足を踏み外してしまった。
「さすがは水の大精霊だ!!」
喜びのあまり叫んでしまった俺は、咄嗟に踵を返して走り出す。
水弾に翻弄されて動きが鈍っている敵を引き離し、ようやく橋を渡り切った俺は、橋と崖の丁度境目に立つ。
「よくもやってくれたな……でも、お前らとはここでお別れだ」
荒い呼吸を落ち着かせながらその場にしゃがみ込んだ俺は、足元に両手を添える。
直後、俺が触れた場所を起点にして、橋を支えていた基礎部分に複数の亀裂が走った。
橋を固定していた支えを失ったことで、今しがた渡って来た橋が大きく傾き始める。
当然ながら、まだ橋の上にいる賊とワイルドウルフ達は、必死に引き返そうとしているが、間に合うわけもない。
激しい崩壊音と共に、崖下に落下してゆく奴らの姿を見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「あの……ダレンさん。橋を落としちゃって良かったんですか?」
「ん? あぁ……まぁ、いざとなれば俺とノームが作るよ。それも、岩でできた頑丈な橋をな」
「そうだな。オイラも賛成だ。木製の橋なんて、信用ならないしな」
「そ、そうでしょうか?」
ロネリーの言いたいことも分かるけど、背に腹は代えられないだろ?
「それより、ロネリー、ウンディーネ。さっきはありがとうな。助かったよ」
「あ、ううん。私達だけ逃げるのはあれですし。ウンディーネは遠距離攻撃が得意なので」
「そうみたいだな」
「そうか? 近距離でも結構強いとオイラは思うけどなぁ」
「ノーム……お前、自分でその話を蒸し返すのか?」
「いや、そういうつもりじゃないんだけどな?」
「あはは」
「とりあえず、先に進もう」
ロネリーの瞳の碧が、一段と冷たくなった気がした俺は、慌てて話題を変える。
取り敢えず、橋が壊れたことでさっきの賊が追いかけてくることは、当面ないだろ。
これでようやく、オルニス族を探せる。
そう思って、橋の先にある上り坂を少し登った俺は、その先に広がった景色を見て、絶句した。
「な……これは、すごいな」
「わぁ!! す、すごいですね、あれ、どうなってるんでしょうか?」
「……なぁダレン、オイラ達が住んでたあの山は、本当に狭い世界だったんだな。まさか、岩が宙に浮いてる光景を見るなんて、思ってもみなかったぜ」
「だな。俺もそう思うよ」
「ちょっと待って下さいダレンさん、ノームさん。流石にこんな光景は惑わせの山の外でも珍しいですよ!? 何か勘違いしてませんか?」
苦笑いしながら俺とノームの勘違いを訂正してくるロネリーの言葉を、俺は半分聞き流してしまった。
理由は簡単だ。
上り坂の先にあった光景が、あまりにも不思議で、幻想的だったから。
底が見えない程に深くて巨大な穴に、沢山の巨大な岩が浮かんでいる。
それらの岩の上には、沢山の木々や草花が生い茂っているのだ。
まるで、元々地面だった場所に穴ができ、表面部分だけが宙に浮いたまま取り残されてしまっているようだ。
更に、それらの岩の間には、筋状の細い雲や蔦などが張り巡らされている。
「どうなってるんだよ、あれ」
「……ダレンさん。あそこ、集落がありませんか?」
「お、本当だ。言ってみようぜ、ダレン」
ロネリーが指さした場所に目を向けた俺は、確かに集落らしき建物を見つけた。
穴の縁から少し離れた位置にあるその集落には、幾つかの人影らしきものも見て取れる。
そこに行けば、あの浮いている岩の事やオルニス族のことについて聞けるかもしれない。
「そうだな。行ってみよう!!」
少しだけ高揚感を覚えた俺は、ロネリーに向かって頷きながらそう告げたのだった。




