第一章 非番 「灰燼」
「俺と旅行しないか?」
「嫌よ、知らない人についていくなって誰かに教わった気がするわ」
ダメか。まぁ、そうだろうとは思ってたけど。
「別になにをしようとしているのかなんて微塵も、これっぽっちも、骨董無稽に興味がないけれど、そこから一歩でも動いたらこのまま飛び降りるわよ」
「骨董無稽の使い方多分めっちゃ間違えてるぞ」
「話を逸らさないで」
ダメか。やはり雰囲気とかでどうにかなる相手ではない。なにも考えてなさそうで意外と考えてる。
彼女の表情は俺と会話している間一度も変化していない。自殺を止められなくても、最悪その鉄仮面だけでも外させたい。
いや自殺はなんとしても止めるけどさ。
「じゃあ、なんだ、どうすればいい。俺はお前を自殺させたくない、お前の要求ならなんでも聞く。だからやめてくれないか?故郷のおっかさんが泣いてるぞ。」
「生憎、おっかさんは私が生まれた時に死んだわ。なんなら家族全員死んだわ。というか私と同じ血が通っている人間はみんな死んだわ。そして死ぬことを諦めるつもりもないわ。どうしてもというなら今すぐ可愛くて行儀が良くて私が辛い時に甘やかしてくれて私にぞっこんな6歳以下の美少女を連れてきなさい。2秒以内に」
無理です。
「無理だ」
「でしょうね。でも少し期待したから残念だわ」
対して残念そうでもなく、彼女はそう呟いた。
彼女のご期待に添えなくて申し訳ないが流石に2秒以内は無理だ。いっそ「美少女はこの俺だ!」とでも言えばよかっただろうか。いやそんなことをしたら間違いなく飛び降りられる。小学生だった時に先生にはっきり空気が読めないと散々言われた俺でもわかる。
「じゃあ、あえて聞くまいと思ってたんだが、話すネタもそろそろなくなってきたから聞かせてもらおうか。おまえなんで死のうとしてるの?」
聞いても絶対にまともに答えられないとは思ってはいるが、一応聞いてみる。
「私も教えてもらいたいことがあるのだけれど、初対面の得体の知れない男に自分の秘密を話す必要はどこにあるのかしら」
ぼんやりと空を眺めながら、皮肉と敵意を含んだ言葉を俺に言い放った。まぁ、だろうな
「あぁそうかよ。」
「えぇそうよ。」
どうしようか。非常に困った。
「じゃあ、さようなら。最期にあなたみたいな愉快な人と話せて嬉しかったわ。誇りなさい、私の思い出になれるなんてあなたの身に余る幸せを噛み締めて生きていきなさい」
「あぁ、さようなら。じゃあ最後にせっかくだからお前の名前を聞かせてもらえないかな?」
死なせない。俺の前で死ぬなんて許すわけがないだろうが。
「詩季、シキよ、あなたの名前は?」
「俺か?俺はなぁ、生かさず殺さず、様だ!!!覚えておけよ!」
一か八か、彼女に向かって駆け出す。少年はその善で、悪を成したことに気がつかない。その善で悪を生み、悪を育て、破滅に導く。
しかしそれは未来の話だ。少年は確かに善を成して、少女を助けた。誰が、責められるんだろうね、こんなこと。
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善く生きたかった。大切な人のために身を削って生きることが、善い生き方だと思った。善行は気持ちがいい。
「何してんだ、お前。早く殺せよ、そのための戦いだったんだろうが」
そう叫ぶ彼女は、血に塗れている。両足をもがれ、床一面に広がる気持ちの悪い暖かさの血液に浸る。
僕は善をなすのが好きだ。
「僕はこれから君を殺す。でも、少し話に付き合ってくれないか?」
「......フッッッざけるな!!話だぁ!??んなことする段階はとっくのとうに過ぎてんだよ!!!」
「そうかい。残念だね。じゃあ残念だけど君を殺す」
近づく。何もしなくても出血多量で死ぬだろう。理解しているが、しかし死にゆくものの懇願だ、無視するわけにもいかない。
それは善い行いではない。
「こんなふざけた野郎に、俺らはやられたのかよ」
「そうだ。そういうものだ。不条理なんだよ、この世界は。知らなかったのかい?」
「知ってんよ。この世におぎゃあと産声を上げて生まれたその時から、この世界の何もかもが気に入らなかったぜ、クソが。っておい、テメェ。なんの真似だこれは」
「言っただろ。殺すと」
彼女を抱え、光の差す方へ向かう。
「今殺せ!!どこまでふざけてんだテメェはよォォォ!!」
「繰り返すが、この世界は不条理極まりない。弱者は、死ぬことすら自分の意思ではできないのさ。知らなかったのかい?」
彼女を殺すことは、善なのだろう。目が眩むほど、狼狽するほど魅力的で甘美なのだろう。
「だから、君は僕の勝手で、僕の意志で、絶対に死なせない」