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狐林

作者: 杜若表六

 けして狐を家に迎え入れてはいけない。一匹を招けば、千匹招いたと同じこと。


 ある男が、街はずれの裕福な知り合いの家まで金を借りに行った。

 知り合いの屋敷まであと二里ばかり、というところで、道は険しい山越えとなる。

 深いクヌギの林が続く。

 土地のうわさでは、それなる林中に性悪狐が住むという。

 だからここを通る人は、必ずだれかと隊を組み、山越えにかかるのであった。


 さて、知り合いの金持ちは、男の来るのを大いに喜んだ。

 以前、旅の途中で虎に襲われているのを、男に助けられた恩があった。

 それでなんとか借りを返そうと思っていたのである。

「よく来た、友よ。まあ、ゆっくりしていってくれ」

「ありがとう友よ、そうさせてもらおう」

「おい、ちょっと遣いを頼みたいんだが!」と裕福な男は下男を呼んだ。

 そしてやって来たまだ若い下男に金を渡し、街で酒とさかなを買ってくるよう命じた。

「実は道中、悪い狐の一匹に出くわしたから、懲らしめてきたんだ。君も気をつけろよ」と客人。

 下男はうなずいて、足早に出ていった。


 金持ちは咳ばらいを一つ、それからにっこりして言う、

「さて、用件はわかってるよ。金の話だろう。大丈夫、私にまかせなさい。いくらいるのかね」

 しかし客人はきょとんとして、

「なにをおっしゃる? 私はただ、あなたと酒を飲み、ご馳走をたべたいだけだ。

 金の話なんてしたくもない」

「それは本当かね?」

「本当さ」

 それからあくびを一つ、眠そうな声で

「あの召使いが帰ってくるまで時間がありそうだから、少し寝かせてもらってもいいかな。

 なんだか疲れてしまって」

「かまわないよ」

 そうして、客人はさっさと寝室に行き、ぐっすり寝入ってしまった。

「どうしたことだろう? あの男は明らかに金がなさそうだ。

 なのに求めるのは酒に食い物に寝床ときた。まるで単純な獣のよう……まさか……」

 金持ちは客人が狐の変化ではないかと疑い始めた。


 やきもきする金持ちの心配をよそに、下男はなかなか帰ってこない。

 やっと帰ってきたのは、夜も更けたころだった。

 ひどく憔悴している。

「どうした、遅かったじゃないか。それにひどく疲れているようだが」

「疲れていますし、憑かれているかもしれません」と下男は言った。

「狐の奴に会ったものですから!」

「どういうことだね」

「はい、僕は屋敷を出て、街まで下りていきました。

 行き道ではなんのこともありませんでした。

 遠くで獣が悲しそうに吠えているのを聞いたくらいのものだったのです。

 ですが街で酒さかなを買い、いざ帰り道となりますと違って。

 とたんに山道険しく、林は迷路のように感じられ、なかなか前に進めません。

 汗をかきかき彷徨っているうちに、いつのまにやら目の前に不気味な男が立っていました。

 顔は腫れあがり、眼が血走っています。

 僕はびっくりして、思わず叫びました。

 すると男は悲しげに言うのです。

《私は君の主人の家に行こうとしてこの林を通った。

 するとふいに邪な狐がやってきて、私の頭を殴った。

 それから私をさんざ痛めつけた後、私そっくりに化けて、友の家へ向かっていった。

 いま君の主人の家にいる男は狐である。

 ついては、私を件の家まで連れて行ってくれないだろうか》。

 そこで僕は考えました、ははあ、こいつは狐の罠だぞ、と。

 こいつは自分がご主人の友と言う。

 だけども本当はこいつが狐に違いない、

 なぜなら、あの虎を退治した方が狐ごときに負けるはずがないから。

 こいつを家まで連れて行けば、きっと悪さをするに違いない。

 よしここは一つ、懲らしめてやろう。

 そうして僕は化け狐をしこたま痛めつけてやったのです」

 言い終わると、下男は誇らしげににっこりとした。

 しかし主人が悩ましげに頭を抱えているのを見ると、すぐに顔色を変えた。

「どうなさいましたか?」

「どうしたもこうしたも、私にはもうなにもわからん!

 いったい、だれが恩人で、どいつが狐なんだ?」

 主人は下男に客人の様子がおかしいこと、ずっと寝たままであることを述べた。

「それはきっと、その、お疲れなのでしょう……」と若者は自信なさげにいった。

 その時、屋敷の戸を叩く音がした。消え入りそうな声がきこえてくる。

「たのむ、だれか、開けてくれ……」

 すると寝室から客人が出てきた。

「来なすったな」と言ってにやりと笑う。

「どういうことだ」と金持ち。

「あれは私がここに来る途中、林で懲らしめた狐の野郎さ。

 きっと、私に仕返ししにきたんだろう」

「友よ。君は狐ではないのか?」

「私が? 友よ、冗談を言ってはいけない。私は私だ。

 さしずめ、君は私が金の無心をしないことを怪しんでいるのだろう。

 実は、すぐに金の話をするのが恥ずかしくてごまかしていたのだ。

 それと、狐をやっつけて、疲れていたのもあって、こんな時間まで眠ってしまった。

 すまない」

「なるほど。……ええと、私はどちらの君を信じればいいのだ?」

「いっそのこと、確かめてみればいいではありませんか」

 下男はそういって扉を開けた。そこにはぼろぼろの衣をまとった、息も絶え絶えの男がいた。

「しまった!」客人はそういうと、すぐさま下男に殴りかかろうとした。

 下男はそれをするりとかわした。

「血迷ったか! 彼は狐じゃない。やっぱり、お前が狐なのか?」と主人。

「ちがう、よく見ろ! そこの瀕死の男を」

 よく目を凝らして見ると、それは下男だった。

 笑い声が屋敷にこだました。

 すでに下男を騙っていた者はどこにもいない。

 ことを察した主人と客人が倉のほうに行くと、倉はまったくの空になっていた。

「やられた! 私は狐どもを家に招いてしまったのだ」と主人。

「まったく、やられたな。しかし命は取られずに済んだ。

 さあ、若者を介抱してやろう。これからのことは、これから考えればいいさ」

 客人は、苦笑しつついった。

「おそらく、林では狐が酒盛りしているに違いない」

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