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95.白うさぎと、刈り。

 【首刈り兎(ボーパル・バニー)】。


 実在するかどうかも定かではないお話の中だけに登場する魔物。愛らしい外見に気をゆるませた冒険者の命を一瞬で刈りとるという死の使い。まあいってみれば、冒険者はいかなるときも油断してはいけないという戒めの逸話のようなものだ。


 たたずむドゥエの背中を見ながら、僕はなぜかそんなことを思いだしていた。




「げひゃひゃ! そりゃあ悪かったなあ?」


「げははは! まあそう怒るなよ? だいなしにしたその服のかわりに、オレたちが新しいのを買ってやるからよ!」


「くははは! もちろん男を愉しませるためだけにある、大事なところが丸見えのスケスケでエロエロのやつだけどな!」


「ひひひっ。その前に油落とすために風呂に入れてやらないとなぁ? なーに心配するなぁ。たーっぷり可愛がって、たーっぷり味見してやるぜぇ?」


「げひゃひゃひゃ! そのあとは新しい飼い主をすぐに見つけてやるさぁ! うれしいだろぉ?」


 最低だ……! この男たち……!


 日の暮れかけた王都居住区画の路地裏。


 僕とドゥエの全身に油をぶっかけた男たちが下卑た笑い声をあげる。異口同音にドゥエをなぶり、食いものにする未来をその腐った息を吐く口で語る。


「ゆるさ、ない」


 ドゥエはまっすぐに駆けだした。まず正面に立つ男に向かって、低く低く地を駆ける白うさぎのように。


「ひひひっ。そっちから来てくれるとはなぁ?」


「お? けど、思ったより速えな?」


「おい、刃物は使うなよ! あの綺麗な肌に傷でもつけたら、それこそだいなしだからな!」


「うるせえ! いわれなくてもわかってる!  さあ、捕まえ――っは?」



 たぶん声をかけられた、ドゥエに向かってこられた男も最初から刃物を使うつもりはなかったのだろう。


 だから、いま考えればその結果は必然だった。



「ゆるさ、ない」


 無造作に前に伸ばされた男の両腕をドゥエが低く低くかいくぐり、


「がぐばっ!?」


 なにが起きたのかもわからない一瞬の間に男の腰にさげた剣を奪い、その心臓をひと突きにすることは。



「「「は……?」」」


 三人の男たちの間の抜け声が響く。ズルリ、とドゥエが剣を抜いた。刺された胸からは鮮血が吹きだし、事きれた男の体が前のめりに倒れる。


「ゆるさ、ない」


 右手に抜き身の剣をひっさげて、返り血でその白い服と肌を真っ赤に染めたドゥエは、ふたたびそう宣言した。暗く光る赤い瞳が男たちを順番に射貫く。


 それは、いまや男たちにとって『殺す』という宣言とほぼ同義で。



「……お前ら、本気でやるぞ! この小娘(ガキ)、普通じゃねえ!」


「「お、おう!」」


 だから、男たちの対応はすばやかった。


 槍を、斧を、杖を、それぞれの得物を手にドゥエを前に戦闘陣形をつくりはじめる。



 ……結論からいえば、僕はなにもできなかった。


「ゆるさ、ない」


 この白うさぎのような幼い女の子が――現実にあらわれた【首刈り兎(ボーパル・バニー)】がこの場にもたらした、一方的な殺戮が終わるまで。

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