9.伝説の英雄への道、その一歩目。
「ふふ~ん! あたしにかかればこんなものよ! さあ! これで最後の一匹! やっちゃいなさい、ロシュ!」
ブン! と大剣を振って刃についた血を落とし、背中の鞘に納めると、赤いポニーテールを揺らしながら、プレサは得意げに胸を張った。
イニアが僕にいった次の戦闘の機会はすぐに訪れた。
背の高い木々が立ち並ぶ、森の中の遭遇戦。奥へと進む途中、突然10体ほどのブラッディウルフの群れに僕たちは襲われた。
一度戦いはじめたら決して逃げだすことのない、血に飢えた狼の名前のとおりの獰猛で危険な魔物。単体ではD級だが、群れで襲ってくればC級相当。
E級冒険者の僕ひとりならば、正直死さえ覚悟する展開だが、そこはA級冒険者クラン【流星の矢】。群れに向かってプレサが飛びこみ、大剣を数度振るうだけで、あっという間にひとりで蹴散らしてしまった。
「ロシュ」
「うん、イニア。やってみる!」
けど、僕にとってはここからが本番だ。前に出ていたプレサが下がり始めるのと同時に、僕は右手を前に突きつけた。
『グルウウウウッ!』
仲間の死体には目もくれず、最後の一匹となったブラッディウルフが魔物の本能かなにかで攻撃の姿勢を感じとった僕へと向かって、まっすぐに駆けてくる。
一度息を吐くと、僕は詠唱を開始した。
「渦巻け、飛べ。【空気の弾】」
空気の塊を手から撃ちだす風の初級魔法を構築し、溜める。
次に天恵を発動。沸騰させた【お湯】つまりは【熱湯】をブワっと手のひらから生みだし、それを。
「いっけぇ!」
ドォンッ!
魔法で一気に押しだした。
『グルァッ!?』
高速で射出された【熱湯】の塊は、ブラッディウルフが避けようとした瞬間、すぐ目の前で破裂。そのまま【熱湯】の雨となって襲いかかった。
『グルァアアアウウウウッ!?』
予期せぬ熱さと痛みにもん絶し、ブラッディウルフが地面を激しく転げまわる。
「ロシュ」
「うん、イニア! やってみる!」
となりに立つイニアに返事をすると同時に僕は駆けだした。
「ふふん? 思ったより速いじゃない? 粗削りだけど少しは闘気も使えてるみたいだし、これは鍛えがいがあるかもね!」
途中で立っていたプレサのそんなつぶやきを耳にしながら、僕は右手で腰からショートソードを抜き放った。特別に適性があるわけじゃないけど、一番小回りが利くから選んだ僕の愛用の得物。
『グルウウウウゥゥゥッ!』
けれど僕が肉薄するころには、ブラッディウルフはすでに体勢を整え直していた。戦意はまったく衰えていない。むしろ全身に火傷を負った怒りに、目を血走らせている。
『グルウァァァッ!』
ショートソードの間合いの一歩手前。ブラッディウルフが僕に向けて跳びかかり、大口を開けてきた。いつもなら完全に出鼻をくじかれた形。そこへ。
「うおおおおおっ!」
左手を虚空に振り、生みだした大量の【熱湯】を思いきりぶちまける。
『グルァアアアッ!?』
「うあああああっ!」
空中で身もだえるブラッディウルフ。その首目がけて、僕はショートソードをまっすぐに突き出した。
『グル……ァ……?』
「はあっ! はあっ!」
【熱湯】が自分に降りかかるのも気にせずに、無我夢中で。
そのまま僕はドサリと地面に腰を落とす。
「ちょっ!? ちょっとロシュ!? あんた、大丈夫なの!?」
すると、僕の戦闘の様子を見守っていたらしいプレサがすごい勢いで駆けてきて、肩を後ろからつかんできた。そのままクルっと180度ひっくり返される。
「火傷は――!? あれ? ない、わね……?」
「ん。大丈夫」
「ええ。心配ありません」
安堵と困惑の顔を見せるプレサの後ろから、とんがり帽子を揺らしながらイニアがシャルティーを伴ってやってきた。
「こんなこともあろうかと、念のためあらかじめシャルティーに耐火、耐熱の効果のある【水聖の護り】をかけてもらった。だから、あと一分くらいはたとえ火であぶられても大丈夫」
「ええ。集中されていたせいか、ロシュはまったく気がついていなかったみたいですけど」
「イニア~! シャルティ~! 先にいってよ~! あたし、心配しちゃったじゃない!」
「ん。よしよし」
半ベソで抗議の声を上げるプレサの頭をイニアがあやすようになでた。体つきの小さなイニアがプレサをなでると、まるでしっかり者の妹が泣き虫の姉をなだめているかのようだ。同い年のふたりだけど。
というかそもそもは僕のせいか。そんなに心配させたなんて、プレサに悪いことしちゃったな。
「どうだった、ロシュ?」
「イニア」
近づいてきたイニアの青い瞳に見つめられ、座ったまま見つめ返す。
「ん。ロシュ。これで貴方は初級魔法と同じ魔力で、それ以上の攻撃方法を手にいれた。そして、もうひとつ。近接戦闘でも有効な攻撃手段をひとつ手にいれた。今後は、いまみたいに自滅しないように工夫して使わないといけないけれど。でも、ほかの誰にも真似できない貴方だけの方法で」
「僕だけの……!」
グッとこぶしを握る。まだ、さっきまでの興奮が胸の中にくすぶっていた。
イニアたちA級冒険者とは比べるまでもないけど、でもE級冒険者の僕があんなにあっさりとD級魔物を倒せるなんて……!
「ん。わたしが少し思いついただけでも、これだけの成果が出せた。ロシュ。貴方も、もっと考えてみて。大丈夫。貴方の天恵は必ず応えてくれる。だって天恵は創造神が貴方に与えた、貴方だけの、貴方のための能力なのだから」
すっと小さな手が差しのべられてきた。
僕を見つめ、ほんのりとイニアが口元をほころばせる。
「わたしが保証する。ロシュ、貴方は必ずもっと強くなれる」
「うん、イニア。僕、もっと考えてみる。もっと強くなってみせるよ。必ず!」
イニアの手を握り、立ち上がる。
目の前には、僕が強くなると疑いなく信じてくれるイニア。その向こうには、僕を本気で心配してくれたプレサと守ってくれたシャルティー。
強くなりたい。この最高の仲間たちの役に、少しでも立てるように。その背中に追いつけるように。
これがE級止まりの名ばかり冒険者として、ずっとくすぶっていた僕の心に火がついた瞬間。
やがて伝説の英雄ととうたわれる僕の、その最初の一歩目。
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