8.最高の天恵。
「ロシュ。冒険者が旅をするにあたって、最も大切なことはなに?」
「え? えっと?」
うららかな日ざしが差しこみ、心地よい風が吹く森の中の広場。
切り株のテーブルを囲み、食事を終えて僕が淹れた紅茶をイニアたち【流星の矢】の3人はゆったりと楽しんでいた。
そんな中、突然投げかけられた問い。
けれど名ばかり冒険者だったこの6年間、一度も旅に出たことがない僕にわかるはずもなく、つい言葉を詰まらせてしまう。
すると、ふっとイニアが横に顔を向けた。
「プレサ」
「あたし? ふふん! そんなの決まってるじゃない! 強いことよ!」
ガタっとわざわざ席から立ち上がり、赤いポニーテールを揺らしながら、自信満々に胸を張って答えるプレサに、イニアはきまり悪そうな顔をした。
「ん。ごめんなさい。聞きかたが悪かった。前提を変える。普通のひとが旅をするにあたって、最も大切なことはなに? シャルティー」
「わたくしですか~? 普通、普通……。う~ん。申しわけありません、イニア。イメージするために、まずどのような方が普通の方なのか教えていただけないでしょうか~?」
水を向けられたシャルティーは、金色の長い髪をさらりとなびかせながら、上品そうにおっとりと首を傾げた。イニアはあきらめたように首を振る。
「ん。ごめんなさい。伝えるのが難しい。答えをいうと、水の確保」
「ああ! それは確かに大切ね!」
「そうですね。大切です」
イニアの口にした正解に、プレサがポンと手を打ち、シャルティーはこくこくとうなずいた。ピッと人さし指を立てて、イニアが続ける。
「そう。人間が生きていくのには水はかかせない。王都には食べなくても人間はしばらくは生きていけるけど、水が飲めないと数日しか持たないという研究結果がある」
「え~! イニア~! わたくし、ひもじいのは嫌です~!」
その言葉に、金色の長い髪を揺らしながら、駄々をこねるようにシャルティーがぶんぶんと体を何度も左右にひねった。
年齢に見あわない幼い仕草だが、そのたびに、たゆんたゆんと揺れる豊満な胸がもたらす僕の視覚への暴力はあいかわらず圧倒的だ。
「安心して、シャルティー。わたしも嫌。話を戻すと、旅をするときには水の確保はかかせない。そうなると、必要なのは水場。でも、いつも見つかるとは限らない。なら、どうする?」
「最初から、持っていきます?」
シャルティーがおっとりと首を傾げる。
「普通はそうする。ただ魔法収納でも制限にひっかかって大量の水を運ぶのは難しい。かといって普通に運ぶとかさばるし、重い。そんなにたくさんは持ち歩けない」
「ふふん! そんなことないわ! あたしなら、樽のひとつやふたつ、軽く運んでみせるわよ!」
「プレサ。だいぶ前にそうしたことあるけど、どうなった?」
「魔物に破壊されて、全身水浸しになったわ……」
そのときのことを思いだしたのか、赤いポニーテールをしょげさせて、プレサはガックリとうなだれた。
え? 前にやったの!? 樽運んだの!?
イニアとプレサの冗談のようなやりとりの中で判明した衝撃の事実に、正直開いた口がふさがらない。
「そう。でもロシュがいれば、そんなことをする必要はない。いつでもどこでもわたしたちは美味しい紅茶が飲めて、良質な水分がとれる」
こくりと僕が淹れた紅茶を飲み、イニアはほうっと息を吐いた。
「本当に冒険者向きの、最高の天恵」
「本当ですね~。ああ美味しい~。なんだか、うっとりしてしまいます~」
余韻を楽しむようにうっとりと目を細めるイニアに、シャルティーも追随する。だが、そこでプレサがきょとんと首を傾げた。
「あら? でも、たぶんロシュが一番気にしてるのって、自分の天恵が戦闘向きじゃないことじゃないの? イニア、そこのところはどうなわけ?」
「ん。それもわたしに考えがある。ロシュ、まず貴方の天恵について確認したい。貴方の天恵である【お湯】は自由に出し入れ可能で、ある程度温度調節もできる。あと味も。これは、今日貴方を見ていて立てた、わたしの推測。あってる?」
「あ、あってる……」
正直驚いた。まさか、僕の天恵の仕様を今日ほんの少し見ただけで、そこまで把握するなんて。いや、考えてみれば【味】のことに気がついたのはイニアのほうだ。これがA級冒険者の、いやイニアの観察眼なのか。
「へー? やっぱり便利な天恵ね。でも、出しすぎて疲れたりとかはしないわけ? あたしの【光剣】がそうなんだけど」
「ううん。疲れたりはしないけど、一度止めると出した時間と同じ時間の休止時間が必要なんだ」
横から入ってきたプレサの問いに、僕はうなずきながら答えた。
「ん。これで天恵についてはわかった。次はロシュ、貴方の戦闘方法について確認したい。自己紹介のときに遊撃士といっていたけど、前衛も後衛も対応可能、つまり、武器も魔法も使えるということでいい?」
「うん。前にギルドで調べたけど、めずらしいことに一応僕には、闘気と魔法両方の適性があるらしいよ。剣、槍、斧、弓ほかにも色々。ひととおりの武器はかじってみた。どれもそこそこで、特別に適性があるわけじゃなかったし、特に魔法なんて独学だから初級魔法どまりだけど」
請われるままに説明してみたものの、あらためてこの6年、自分はなにをしてきたのだろうと思ってしまう。遊撃士なんて格好つけていっても、いまの僕はただのどっちつかずだ。
「へえ。ロシュって器用なのね! あたしは剣だけで、体術はともかくほかの武器はてんでダメね! もちろん魔法なんて、ひとっつも使えないわよ?」
「そうですね。わたくしも武器なんて触ったこともありません」
とつい自分を卑下していたら、意外にもプレサが感心したようにうなずいてくれた。シャルティーはおっとりと首を傾げている。
ん? えっと、シャルティー? いまテーブルに立てかけてある、その見るからに使いこんでいるっぽい、その革製の鞭は? 武器じゃないなら、それなに?
と思わなくもなかったけど、ほかのふたりがスルーしたので僕も黙っていることにした。
「ん。だいたいわかった。ロシュ、次の戦闘でわたしのいうとおりに戦ってみて。きっと貴方は、もっと強くなれる」
イニアは青い瞳で僕を見つめ、力強くうなずいた。
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