7.美味しいお茶と、転換点。
「ええ~! まあ、いいけど」
「まあ、イニアがそういうのでしたら」
午後のうららかな日ざしが降りそそぐ森の中の広場。
少々の不満を口にしながらも、イニアにならってプレサ、シャルティーもまだ熱いままのカップの中身を一気に飲みほしていく。
それにあわてるのは、いうまでもなく僕だ。
え!? どういうこと!? 何かまずかった!? 僕、何かやらかした!?
困惑する僕を尻目に、イニアは底に紅茶が少し残る3人のカップとポットを手元に集め、青い瞳をすがめると、杖をそこに向けた。
「しとしと、ゆらゆら、さらさら、流せ。【躍る清流】」
杖の先からぽうっと4つの小さな水の玉が生まれ、それぞれのカップとポットの中へ落ちる。
水の玉がぱんっと弾けると、水しぶきが中でぐるぐると跳ね回った。数秒後に消え去ると、顔が映るくらいにピカピカに磨かれたカップとポットだけが残った。
「む~? ねえ、イニア? いくらなんでもちょっと魔力の無駄使いしすぎじゃない? 前に覚えた古代魔法の一つだっけ、それ? いまよりまだ技術が発達してなくて、すべてを魔力でまかなってたってやつ。たしか、効果が魔力消費に見あってないんじゃなかったっけ? わざわざそんな魔法使わなくても、綺麗にしたいんなら普通に手で洗えばいいんじゃない?」
いぶかしむプレサが諭すように言葉を投げかける。だが、イニアは静かに首を横に振った。
「だめ。この魔法なら、目に見えない汚れまできちんと洗い流してくれる。これからする検証のためには、絶対に必要な過程」
有無をいわさないイニアに、プレサはうっと押し黙ると席に座り直した。
決意を秘めたようなイニアの青い瞳がまっすぐに僕を見つめる。ある種の凄みすら感じる表情に、思わず唾を飲みこんだ。
け、検証って、い、いったい何をさせられるんだろう?
「さあ、ロシュ」
おもむろに魔法収納のひとつをごそごそと探りだしたイニアがドン! とテーブルの上になにかを置いた。
「ん。もう一回紅茶を淹れて? 今度はこの茶葉で」
小瓶のふたを開けながら小首を傾げるイニアに、僕はガクッとテーブルの上に崩れ落ちた。
「え!? なにこれ!? いつもより美味しい!」
「本当ですね~。なんだか、うっとりしてしまいます~」
「ん。やっぱり。これでわかった」
さっき淹れた紅茶とはまた違った、柑橘類のようなさわやかでかぐわしい香りが森の中に漂う。
湯気の立つカップに口をつけると、プレサはすぐに驚きの声を上げた。シャルティーが頬に手をあて、ほうっと息を吐く。イニアは確信したようにひとつうなずき、僕へと顔を向ける。そして、こう口にした。
「ロシュ。貴方の淹れてくれるお茶は、美味しい」
シーン、とあたりが静まりかえる。
自信満々で重大なことのように宣言するイニアに、僕たちはいっせいに顔を見あわせた。
「え、え~っと?」
「ごめんなさい。いいかたが悪かった。ロシュ。貴方は天恵で普通より美味しい【お湯】を出すことができる」
困惑しつつも口を開いた僕に、イニアはすぐに続きを口にした。
「普通より美味しい?」
「【お湯】ですか?」
プレサとシャルティーがそろって左右に首を傾げた。
「そう。ロシュ、貴方はこの【お湯】をポットに注ぐとき、何を思った?」
「え? えっと、どうせなら美味しいお茶を飲んでほしいなって」
「そう。ロシュ、貴方は天恵で出す【お湯】の味を変えることができる。いつもわたしたちが飲んでいる紅茶がより美味しくなったのがその証拠。もちろん、【お湯】の味は濃くないから、極端には変わらないだろうけど」
「え!? し、知らなかった……!」
イニアが淡々と口にした事実に、僕はガンッと頭を殴られるような思いだった。
でも確かにいわれてみれば、僕の淹れるお茶の評判自体は冒険者ギルドでも高かった。ちゃんと淹れ方の勉強をした成果もあったとは思うし、半分からかいが混じってたとは思うけど。
あれ? でも、だからどうだっていうんだろう? 別に僕のできることが何か変わるわけでもないのに。
「ん。わたしの思ったとおり、すばらしい天恵」
「え?」
目を細めてカップに口をつけながらほうっと息を吐くイニアの言葉に、僕は目を丸くする。
「飲むだけでホッとする。ロシュのおかげで、これだけ美味しいお茶をいつでも飲めるわたしたちは、幸せもの」
「うんうん! イニアのいうとおり! そこらのお店よりもずっと美味しいわ! やるじゃない、ロシュ!」
「ええ、本当ですね~。はあ。なんだか、うっとりしてしまいます。ロシュ、感謝いたします」
3人は朗らかに、本当に幸せそうに、僕が淹れた紅茶を楽しんでいた。
「あ、ありがとう、みんな……! そんなに喜んでくれて……! 冒険者にまったく向いてない天恵だけど、僕、やっとこの天恵のこと、好きになれそうだよ……!」
この6年。ギルドできっと、何万回、何千人へと紅茶を淹れてきたけど、これほど喜ばれたことは一度もない。
思わずこみ上げてくるものを上を向いて必死にこらえた。
「ん? ロシュ、それは違う」
「え?」
聞こえてきたイニアの言葉に、再び正面に向き直る。
「その天恵は最高に冒険者に向いている」
僕をまっすぐに見つめる真剣な青い瞳。
これがきっかけだった。
イニアのそのひと言はいままでの僕を変える、転換点となったんだ。
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