6.魔法収納とティータイム。
「ん。いい香り」
「本当ね~!」
「わ~! 楽しみですね~!」
心地いい風が吹き、うららかな日ざしが降りそそぐ。
ここは魔界跡地へと続く森を半ばまで進んだところにある、開けた広場。
用意されたのは、魔法でつやつやに磨かれた、切り株のテーブルと人数分の丸太の椅子。
席に着き、いまかいまかと待ち望むのは、目を輝かせた3人の女の子。
トレードマークのとんがり帽子をちょこんとテーブルの端にのせた青色の髪の女の子、イニア。赤色のポニーテールを揺らす、プレサ。そして、3人の中で一番食事を楽しみにしているのだろう、ひときわ瞳をキラッキラに輝かせる、金色の長い髪をなびかせた、シャルティー。
その注目を浴びながら、僕はごくりと喉を鳴らすと、そっと右手をかざした。
切り株のテーブルの上に置いたイニアたち愛用のガラスのポットに、天恵で適温に調節した【お湯】を注ぐ。
中の茶葉が踊るようにかき混ぜられ、かぐわしい香りが立ち昇る。
シャルティーとプレサがのぞきこむように香りを吸いこんでうっとりとする中、緊張しながら蓋を閉めた。
それから、とんと砂時計をポットの横に置く。
「この砂時計が全部落ちたら飲みごろだよ」
「ん。わかった。ありがとう、ロシュ。じゃあ、お楽しみはあとにとっておいて、まずは食べよう。シャルティー、お願い」
「はい、イニア。それでは」
イニアの呼びかけにうなずくとシャルティーが金色の瞳を閉じ、両手を組んで祈りのポーズをとる。イニアとプレサもそれにならった。席に着いた僕もあわててそれに続く。
「創造神よ。今日もわたくしたち地上に生ける子らに恵みと慈しみをくださり、心よりの感謝と祈りを捧げます。それではみんな、遍く生命に感謝し、ひとときの糧をいただきましょう」
「いただきます!」
「ん。いただきます」
「い、いただきます」
び、びっくりした……! 食事の前のお祈りなんて、もうずっとしてなかった。まだ僕の両親が健在だった子どものころ以来だよ。
ギルドに来る冒険者の中に、そんな信心深いひといるわけないし。しかもシャルティーにいたっては正調式なんて。
ん? でもギルドに来る冒険者の中にも少ないけど神巫女っていたよね? でも、あんなお祈りやってなかったような気が?
「ん~! 美味しいです~! 熱っ々のピッツァ~! ああ、創造神よ! 感謝いたします~!」
「ほんふぉうね~! チーズたっふりふぇとろっふぉろ~!」
「ん。プレサ、美味しいのはわかったから食べてからしゃべって。はしたない」
満面の笑みで、それでも上品に熱々のピザを口に運ぶシャルティー。大口を開けて頬張るプレサ。 ちまちまとちぎりながら少しずつ口に入れるイニア。ついでにプレサに小言をいう。
三者三様の食べ方ながらも共通しているのはとても美味しそうに、幸せそうに食べているということ。表情はわかりにくいが、イニアの口元もほんのりとほころんでいた。
「でも、本当にあったかい食事が出先でとれるのってうれしいですね~! 駆けだしのころを思えば、天国です~! ああ、幸せ~!」
「本当ね~! あたしたちが【流星の矢】を結成して間もないころなんて、いつも大荷物抱えてたし、食事は日持ちのするボソボソとした携帯食だったものね~! 本当に魔法収納さまさまだわ~!」
バスケットに山と盛られたポテトフライをシャルティーとプレサがサクサクと音を立てながら、じっくりと味わう。
イニアといえば、こっそりと自分の分をいつのまにか用意した小皿にこんもりと確保して、モソモソとマイペースにかじっていた。
僕もちょこちょことバスケットに手を伸ばしながら、近くに置かれた小箱に目を向ける。
魔法収納。特殊な魔法のかけられた袋やカバン、あるいは箱などの入れ物、その総称。
かけられている魔法特性は用途によってさまざま。一番多いのは見た目よりも多くものが入れられる魔法である【拡張】。あるいは【状態維持】など。
といっても当然入れられるものに制限はあるし、【拡張】ひとつとっても小中大、あるいは入れるだけで出すのはダメなど(※冒険者ギルドなど、中身を出すことができる専用の施設がある)性能も値段もピンキリだ。
もちろん、本来すぐに効果が消える魔法を特殊な方法で刻印し、魔力さえあれば半永久的に機能し続けるような高価な魔法道具にE級冒険者の僕の手が出るわけもなく、実際に見るのも使うのもこれが初めてだった。
だが、イニアたちはさすがはA級冒険者。王国に名を馳せる【流星の矢】だった。その魔法収納を大小あわせてさまざまに持っていたのだ。
いま食べている熱々のピザもその恩恵のひとつ。手のひらサイズの小箱から熱々の料理がみょみょんと出てきたときには、正直自分の目を疑ってしまうほどだった。
さらにそれを、今度は小さな手提げ袋(もちろんこれも魔法収納)からとりだした食器へと盛っていく。割れやすいガラスや陶器製のものも多く本来なら持ち運ぶことなどありえないが、高度な状態維持魔法がかけられているらしく、中にある限りまったく割れる心配はないらしい。
料理をとり出した小箱にいたっては【保温】や【鮮度維持】まで可能となると、いったいいくらするものなのかまったく想像ができない。
というかしたくない。E級冒険者の僕の金銭感覚では、聞いたらたぶん倒れそうで。
「ん。シャルティーのいうとおり、あたたかいものを食べられるのはとても幸せ。でも、これからもっと幸せになれるかも」
ボウルに山と盛られていたサラダを自分の小皿に黙々と移し替えていたイニア。
その言葉とともに丸太の椅子から立ち上がると、食器が入っていた手提げ袋の中からいそいそと可愛らしい花柄の紅茶のカップをとりだし始めた。
それから両手でカップを包みこみ、目を閉じてつぶやく。
「ぬくもり、ひだまり。あたためて。【日向のめざめ】」
4つのカップにそれを繰り返し、ひとつひとつ丁寧にそれぞれの前に置いていく。
「ん。対象の温度を上げる魔法。紅茶のカップはあたためたほうが美味しいって、前にどこかで聞いたことがある。それじゃ、あとはよろしく。ロシュ」
ちょうどイニアがカップを全員の前に置き終えたとき、砂時計の砂がすべて下に落ちた。
噛んでいたピザをごくんと飲みこむと、イニアが差しだしてくれたナプキンで口元と手を拭き、僕は丸太の椅子から立ち上がった。
緊張しながら、蒸らしていた紅茶が入ったポットの蓋をふわっと開ける。
「わ~、なんだかさっきよりいい香りがします~」
「本当ね~」
「ん」
3人の注目を浴びながら、手にしたスプーンでゆっくりと2回上下にかき混ぜ、紅茶の濃度を均一にする。
「それではお注ぎします」
それからポットを持ってひとりひとりの席をまわり、風味を壊さないよう、ゆっくりと丁寧にカップへと注いだ。ついギルドのときの癖で敬語になってしまったのはご愛敬だ。
「どうぞ、あたたかいうちに」
自分の席に戻った僕が立ったままそう口にすると、みんながいっせいにカップへと口をつけた。
固唾を飲んでそれを見守る。
「ん。やっぱり美味しい。なんだかホッとする味。幸せ」
「本当ですね~。なんだか、うっとりしてしまいます~」
「うん、美味しいわ! やるじゃない、ロシュ!」
みんなのその言葉に、僕の緊張の糸がふっと切れた。
丸太の椅子にどさりと座りこむと、はあと息をつき、自分用に用意されたカップにも紅茶を注ぎ、ほっとひと口。
よかった……! 不味いっていわれたら、どうしようかと思ってたよ……!
正直この紅茶を飲んでもらうまで、食事の味もロクにわからないほどに緊張していた。
でも、これでようやく――
「……ひょっとして?」
――と僕が人心地ついていると、カップを見つめて何かを考えこんでいたイニアがぼそりとつぶやいた。それから何を思ったか、まだ熱いだろうカップの中身を一気にくいっと飲みほしだす。
「プレサ、シャルティー。悪いけどそのお茶、すぐに飲みほして。確かめたいことができた」
空になったカップを置くと、真剣な表情でふたりにそう告げた。
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