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5.A級冒険者クランと、僕。

「ん。だいぶ進んだし、この辺りまで来れば大丈夫。そろそろ補給、もとい食事にしよう」

「やった~! わたくし、待ちこがれておりました~!」


 イニアの宣言にシャルティーが満面の笑みを浮かべ、金色の長い髪をなびかせながらその場でクルクルと回りだす。


 無邪気な仕草だが、そのたびに、たゆんたゆんと揺れる豊満な胸がもたらす僕の視覚への暴力は圧倒的だ。


 僕とイニアたち【流星の矢】はいま、森の中を歩いていた。


 街からは少し離れたところにあるこの森は、あの街に拠点を置く冒険者にとってはわりと馴染み深い場所で手頃な魔物の狩場となっている。


 だから、ある程度は道が整備されていて歩きづらいということはない。もっとも奥のほうはほとんど手付かずでそうはいかないわけだけど。


 ただ、この森を抜けてもかつての魔界跡地。つまり、いまは何もない岩場と荒野が広がっているだけだ。そんなところにわざわざ近づこうという物好きもそうそういないのだから、まあそれでいいのだろう。


 そんな森の中を僕たちはずんずんと歩いて、たぶん半ばくらいまではたどり着いた。


 この辺りまで来ると、最初はちらほらと聞こえてきていた魔物との戦闘音やほかの冒険者の気配はすっかりなりを潜めている。


「そうね。あたしもそろそろお腹空いたわ。じゃ、準備しましょうか? えーっと。あ。イニア、あの木でいい?」


「ん」


 森の中の開けた広場のようになった場所。ちょうど大きさは、僕の住む辺境の街の入口の広場と同じくらい。


 キョロキョロと辺りを見回すプレサがやがて一本の大木に目をつけ指をさすと、イニアはこくりとうなずいた。


 え? あんなものすごく大きな、切り倒すのに木こりが10人は必要なくらいに幹の太い木、いったいどうするっていうんだろ?


「ふんふふーん♪ じゃあちゃちゃっと片づけちゃいましょうか!」


 困惑する僕を尻目に、すたすたと鼻唄混じりにプレサが大木へと近づいていき、背に負った大剣におもむろに手をかけた。


「さあ、いくわよ! 【無垢の薄紗(マリアベール)】!」


 プレサの意志に応えるかのように大剣を納めていた鞘が根元からパカっと左右に開き、どうやって抜くんだろう? とひそかに思っていた大剣が音もなくすらっと抜かれた。


 そのまま両手で腰だめに構えると、全身からとんでもない量の闘気を激しく立ち昇らせる。さらに今度はそれを見えなくなるほどに一気に体内に凝縮させていき、やがて白刃が閃いた。


「奥義! 【破邪の一閃】!」


 ヒュンッとかすかな風切り音とともに大剣が真横に振るわれた。


 一拍遅れて大木がズズッと横にずれ、そのままズウウウンッ! という、森中に響くかと思うほどの轟音とともに地面に倒れる。


 あとに残ったのは、巨大な切り株だけ。


「す、凄い……!」


 あまりの見事な技に、僕は感嘆の声を上げることしかできなかった。


「あ、あんな大きな木を一太刀で斬るなんて……!? それも、あんなに静かに一瞬で……!?」


「ふふん! ロシュ! あんた、なかなかわかってるじゃない!」


 興奮気味の僕の言葉を聞きつけてか、プレサは赤いポニーテールを揺らして満面の笑みでくるりと振り返った。さらに続けて、大剣をかまえ僕に向かってビシッとポーズを決めてくる。


「そうよ! 極限まで高めたあたしの闘気を余すところなくあたしの愛剣、【無垢の薄紗(マリアベール)】の刀身に閉じこめ、放つ一閃! まさに奥義の名にふさわしい一撃でしょ?」


 さらっといっているが、とんでもないことだった。


 人間を含むこの世界の生物がだれしも内に秘める魔力。それを意識して体の隅々にまで行き渡らせることで、自らのあらゆる能力を強化する、適性を持つ戦士職が得意とする技術を闘気という。


 その闘気をこめた強力な攻撃が、闘技。奥義とはその発展形。瞬間的に練り上げ、爆発的に高めた闘気を攻撃にこめて放つ、絶大な威力を持つ技のこと。


 だが闘気は高めれば高めるほどそのコントロールは難しく、未熟な者が使えば魔力暴発の危険性すらある。その奥義をいとも簡単に、しかも魔力の余波さえもまったくなくやって見せるなんて。


 僕が今まで見てきた最高ランクであるB級冒険者の中でも、こんな鮮やかな技を使う人は見たことがなかった。これがA級冒険者の、いやプレサの実力なのか……!


「ん。お見事」


 と、僕が内心プレサの実力に圧倒されていると、ぱちぱちと乾いた音を立てて拍手の音が響いた。

 完全に棒読みでほめながら、とんがり帽子を揺らして、イニアがつかつかと前に出る。


「見事なのは十分わかったから。プレサ、早く続きやって。まだ終わってない」


「む~! いいじゃない! こうして手放しでほめられるのなんて久しぶりなんだし! ちょっとくらい余韻に浸らせてくれても!」


 ジト目で指示するイニアの物いいに、プレサが不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「ん。わかった。なら暴発させていい?」


「え?」


「もうわたしの魔法構築はだいぶ前に終わった。おさえるのもそろそろ限界」


 そうつぶやくイニアの杖の先端の魔石は、まぶしいくらいに輝いていた。


「そ、それを早くいいなさいよ!?」


 プレサはあわてて向き直ると、再び大剣を振り下ろし、今度は倒れた大木をすばやくふたつに分けた。それから、幹についた枝を大剣で器用に断ち落とす。あせりまくった態度とは裏腹なあざやかな手際だった。


「い、いいわよっ! イニアっ!」


「ん。ありがと。プレサ」


 心底あせった口ぶりで返事をすると、プレサは後方の僕たちのほうへ向かって大きく跳んだ。


 同時にイニアの杖がさっきまでプレサが散々いじっていた倒れた大木へと向けられる。


「断て、裂け、(はし)れ。【真空の刃(ウインドカッター)】」


「え!?」


 詠唱とともにイニアの意志がこもった魔力が空気中の魔力と混ざり合い、真空の刃となって倒れた木に向かって突き進む――同時に4本!?


「逆巻け、巡れ。【吹き荒れる風(ワールウインド)】」


 真空の刃がふたつに分けられた大木の幹のうち、上の細いほうを輪切りにした瞬間、ほぼ同時にイニアの次の魔法が発動する。


 ごうっと、うなり声を上げて生まれた小さな竜巻は輪切りにされた丸太を空中に巻き上げると、ズドドッと地面に垂直にめりこませた。綺麗に4つ、等間隔。ちょうどプレサが斬り倒した巨大な切り株のまわりををぐるりと囲むように。


「つるつる、つやつや。そっとなでて。【絹のそよ風(シルキーウインド)】」


 杖を向けたイニアが告げると、さあっとさわやかなそよ風が巨大な切り株と丸太の上をなでるように通っていった。

 すると、切り口に溜まっていた木くずが吹き散らされ、切り株と丸太の表面がまるで磨かれたようにつるりと綺麗になっている。


「ん。これで椅子もテーブルもできた。お待たせ、シャルティー。食事にしよう。ところで結界張った?」


「あっ!? 忘れてました~! すぐに張ってきます~! 低級の魔物除けと、中級以上の感知用でよかったですよね~?」


「ん。お願い」


「わかりました~!」


 あまりの驚きに、言葉を発することすらできない。いま、僕はそれほどに信じられないものを目にした。


 自らの肉体に魔力を作用させる闘気とは逆に、世界に満ちる魔力に作用し、都合のいいように書き換える。適性を持つ魔法使いが得意とする技術、それが魔法だ。


 人間の矮小な魔力で世界に満ちる膨大な魔力に無理やり干渉するのだから、ひとつの魔法を使うためにかかる負荷は、当然いうまでもなく大きい。


 だから、魔法の同時発動、連続発動、ありえないほどに精密なコントロール。いまイニアがやったことは、どれひとつとっても神業に等しく、ひと言でいえばありえなかった。少なくとも僕は、たとえB級冒険者でもほかにできるひとを知らない。


 極めつけは、最後に使ったそよ風の魔法。あんな戦闘に向かない魔法は、一般的にはまったく需要がなく、知る機会もないはずだ。

 それを当然のように扱うイニアは、いったいどれほど深い魔法の知識をもっているのだろう? まさか本当に噂どおりに、最強といわれる終局魔法や王家のみに伝わるという秘匿魔法まで?


「ふふん! どうやら驚いてくれたようね! どう? ウチのイニアは凄いでしょ!」


 いつの間にか僕の横に立っていたプレサが胸を張って、自分のことのように自慢してきた。


「天恵【並列】によって可能とした、魔法の複数同時構築と時間差構築? あと同時発動だったっけ? 前にイニアが説明してくれたわ。難しいことはよくわからないけど」


「イニア~、みんな~、結界張り終えましたよ~。これでこの広場にはオークくらいなら絶対近寄れませんし、もっと上位の魔物が近寄ってきても感知できます~。ゆっくりお食事できますよ~」

「ん。ありがと。シャルティー」


「え!?」


「お疲れ、シャルティー! で、どうかしたわけ? ロシュ?」


「い、いや。なんでも」


 で、D級魔物のオークが低級扱いなの? E級の僕でも慎重に戦えば決して倒せないわけじゃないけど、新人冒険者なら運が悪ければ命を落とすこともある相手を?


 そ、それにこの広場を全部結界で包んだだって? この広さを包もうと思ったら、たとえばC級なら神巫女カミナギが最低でも10人は必要なはずなのに。しかも2種類同時に結界を張るなんて!?


 あらためて、いやいまさらながらに僕は思い知っていた。


 A級冒険者、そして【流星の矢】。次元が違う。比べるのもおこがましいくらいに。E級の、それもほとんど名ばかり冒険者の僕とは、住んできた世界が圧倒的に。


 ほ、本当にいいのか? 僕なんかが彼女たちと一緒にいて? いまからでも、あの辺境の街に戻ったほうが――


「ロシュ」


 ――激しく心がざわめく中、僕を呼ぶ声に顔を上げた。


「早くこっちに来て。みんなで食事にしよう。それと、さっそくだけど、さっきみたいに美味しいお茶を淹れてくれる?」


 ほんのりと微笑むイニアの青い瞳がまっすぐに僕を見つめていた。


 そうだ。いまさら僕はなにをいっているんだ。


 最初からわかっていたことじゃないか。僕とイニアたちの住んできた、見てきた世界がまるで違うなんてことは。


 それでもイニアは僕に手をのばしてくれた。僕はその手をとったんだ。


「うん。わかった。心をこめて淹れさせてもらうね」

 

 だから、いまはただ全力で応えるだけだ。


 今、僕が持つただひとつの価値――天恵【お湯】で。

お読みいただきありがとうございます。


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