49.昼食会と、招待。
「さあ、みんな。たくさん食べてくださいね」
前髪の隙間から片側だけのぞく薄緑の瞳がうれしそうに細められている。朗らかに微笑むメイド服を着たミューニーのそんな発言から、僕の歓迎を兼ねた昼食会ははじまった。
香辛料やハーブのにおいもかぐわしい、照り照りに焼かれた一羽丸ごとの鳥。焦げめまで美味しそうな、いまオーブンからだされたばかりのグツグツとした熱々のグラタン。色とりどりの新鮮な野菜がふんだんに盛られて、イニア特製のドレッシングが回しかけられたサラダ。極めつけに、ミューニーがタネからつくった、見るからにふわっふわの焼きたてのパン。
豪勢な昼食に心から歓迎されていることが伝わってきて、思わず僕の顔も笑みくずれる。
ふとミューニーと目があった。いままでのようにあわててそらされたりもせず、やさしく微笑みかけられる。
心臓がドックンと大きくはねた。風呂場で倒れたあと起きてからずっと、僕はなんだかおかしかった。笑顔を返しながらも、心臓はずっとドキドキと脈打っていた。
「おいひい~! この鳥、いふらへもたふぇれひゃうわ~!」
満面の笑みで両手にフォークをもったプレサが切り分けられた鳥肉を突き刺しては、次々と口の中に運んでいく。
「んん~! この焼けたカリッカリととろけたトロットロのチーズのハーモニーがたまりません~! ああ、創造神よ! 感謝いたします~!」
金色の瞳と頬をチーズのようにとろけさせ、シャルティーが感極まったように祈りを捧げる。
「ん。最高の素材に、最高の調味料。ある意味、これが最高の料理」
美食家っぽい雰囲気をかもしだしつつ、よくよく考えると単なる自画自賛な気がしなくもないイニアが特製ドレッシングのかかったサラダをじっくりと咀嚼する。
で、僕はといえば。
「さあ、ロシュさん。どうぞお召し上がりください」
「う、うん」
ミューニーの白くたおやかな手が、ふわふわにやわらかなパンをちぎり、僕の皿にのせる。
「はい。次はこれです。実はなかなかの自信作なんですよ?」
パンをほお張っている間に、今度は照り照りに焼かれた切り分けられた鳥肉の、特に脂ののった美味しそうな部分だけを皿にいれられ、食べやすいようにさらに丁寧にひと口大に細かくされた。
「ふ~、ふ~。はい、どうぞ。少し冷ましましたので大丈夫だと思いますが、熱いので口の中を火傷しないように気をつけてくださいね?」
脂ののった鳥肉に舌鼓を打っていると、スプーンにすくった口分のグラタンを、ふ~ふ~と吐息で冷まされてから口もとに差しだされた。
「はい。お野菜はしっかり摂らないと、元気で動けませんから。好き嫌いしないで、ちゃんと食べてくださいね?」
たくさん盛られたサラダの中からひょいひょいと野菜を手際よくとり分けられ、皿の上に栄養バランスのしっかりとられたミニサラダをつくられた。
ミュ、ミュー二―、いったいどうしたんだろう? ものすごくグイグイくるし、ありえないほどかいがいしく世話をされているし、ものすご~く甘やかされている気がする。
えっと、僕、なにかしたかな? 特になにも思いあたらないんだけど……?
「「あっ……!」」
そんなことをボーっと考えながら手を動かしていると、パンのおかわりをとろうとしたときに、ふと僕とミューニーの指先が少しだけ触れた。
「ご、ごめんっ!」
過去に【男性】から受けた経験、そして天恵【乙女守護聖獣】のてん末から、きっと【男性】がすっごく苦手で、触れられることにもものすごく抵抗があるだろう。とっさにそう思ったから僕は、誠心誠意謝った。けど。
「い、いいんです……」
ミューニーが恥ずかしそうに頬を染めてうつむき、僕から視線を外した。
さっきまでグイグイきていたとはとても思えないほどに初心で控えめな仕草。
「だって、自然な、ことですから……」
「え?」
僕と目をあわせようとしないまま、少しだけ震えた形のよい唇が動く。
「気になる【異性】をつい見ちゃうのも、触れあって、ドキドキするのも……だから、いいんです。ロ、ロシュさん……なら……」
そのミューニーの言葉に僕の中でなにかがストンと胸に落ちた気がして、ふっと気持ちが楽になる。
そうか。なにもおかしなことじゃないんだ。
僕は、となりに座ったまま目をあわせようとせず真っ赤になってうつむくミューニーを見つめ、それから楽しそうに食事を続けるみんなにひとりひとりゆっくりと視線を送った。
だって、ミューニーだけじゃない。僕は、イニアにも、プレサにも、シャルティーにだって、出会ったときからドキドキしっぱなしなんだから。
『リィィィィィィィン』
昼食を終えて、みんなそろって食後のお茶を楽しんでいたまったりとした時間。
そんなとき突然聞こえてきたその澄んだ音に、全員の視線がいっせいにそこを向いた。居間の片隅の窓側の壁に設置された、細長い箱のような魔道具が青白く発光し、鳴り続けている。
すっ、と立ち上がったイニアが歩みより、その魔道具についた手のひらサイズの魔石に触れると、そこから『声』が流れだした。
『やあ。【流星の矢】の諸君。我が親愛なる【王の剣】よ。任務ご苦労だったね。君たちの無事の帰還、私も心より喜ぼう』
朗々と室内に響く【男性】の声。青年のようにも、壮年のようにも聞こえる、年齢を感じさせない不思議な声。静かに発せられているその声を聞いているだけで、なぜか自然と背筋が伸びた。
『さて。帰還後さっそくですまないが、件の【竜】討伐の報告もかねて、私の今夜の晩餐に君たちをぜひ招待したい。どうだろう? 受けてもらえるかな?』
ば、晩餐? しかも今夜だって? そんなことを急にいいだすだなんて、い、いったいだれなんだろう、この『声』? ……って、あれ? このひと、さっき我が【王の剣】って、いわなかった? ……って、てことは、まさか!?
その僕の考えを裏づけるように『声』の問いにイニアが答えた。
「はい。殿下。よろこんでお受けします」
で、殿下!? お、王族!? そ、それも、お、王子ぃ!?
『フフフ。受けてもらえて、なによりだ。イニア嬢。それでは、本日の夕刻……そうだな。17時に迎えをだそう』
「はい。殿下。楽しみにしております」
『ああ、私もだ。イニア嬢。ああ、そうそう。いい忘れるところだったよ。もし可能であればミューニー嬢も来てくれると、なおのことよろこばしいな。もっとも無理にとはいわない。いままでどおり彼女の意思を第一に尊重しよう』
僕が視線を向けると、ミューニーがうつむいたまま、そっと息を吐いた。見たところ、どうやら行く気はなさそうだ。万が一にも王族の前で天恵が発動したときのことを考えると、たしかにそのほうがいいのかもしれない。……いまは、まだ。
だが、僕がそんな半分他人事気分でいられたのは、この瞬間までだった。
『ただし、新しく加入したという噂の【彼】だけは、必ず連れてきてくれたまえ』
ザッ、といっせいにみんなの視線が僕へと向いた。
僕はなにひとつ言葉を返すことも反応も示すこともできず、ただただ固まるしかない。
『それでは、今夜。楽しいひとときを期待しているよ』
その言葉を最後に、『声』は途切れた。
このときの僕は、まだ知らない。
まさかこの夜が、僕の【運命】を決定づけることになるなんて。
僕はまだ、なにも知らず、気づくこともなく――
え、謁見はともかく、お、王族との晩餐なんて、聞いてないよっ!?
――ただただ小市民らしく、震えていただけだった。
お読みいただきありがとうございます。
これで2章【王都編】 序盤の1、ミューニー編がひと区切りです。
勝手なお願いではありますが、今後の励みとして、評価や感想などお待ちしています。
2章はまだはじまったばかりです。今後ともぜひおつきあいをよろしくお願いします。




