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41.お茶会と、見落とし。

「おいひ~! やっふぁり、ミューニーの手づくりクッキーはおいひいふぁ~!」


 テーブルに前のめりに身をのりだし、両手を使って次々と焼きたてのクッキーをほおばりながら、僕の対面に座るプレサが赤い瞳を輝かせ、満面の笑みを見せた。


「はい~。わたくしもこのクッキーを食べるとああ、家に帰ってきたんですね~って気がいたします~」


 金色の髪をさらりとなびかせ、上品に首をかしげながら、そのとなりでシャルティーがおっとりと微笑む。だが、その皿の上にあったはずの10枚ずつ用意されたクッキーは、いつの間にかプレサにより早くきれいになくなっていた。


「ん。美味しい。クッキーも、それにこの紅茶も」


 僕のとなりに座るイニアがひと口クッキーをかじってから、青い瞳を閉じ、味わうように紅茶をゆっくりと口に含む。それから、ほうっと息を吐いた。


 【紅茶】とイニアが口にだした瞬間、メイド服を着て近くに立ったままみんなの様子を見ていたミューニーの視線がチラリと僕を向いた。僕が目をあわせようとすると、すぐに薄緑の瞳をそらされてしまったけれど。

 なにを隠そう、この紅茶は僕とミューニーの合作だ。具体的には、僕が天恵でだした【お湯】を使ってミューニーがひとりずつ丁寧に淹れてくれた。


 うん。間違いなく、いつもより美味しい。このクッキーにもよくあってるし。

 あ。もしかしたら、他人(ひと)に淹れてもらったから、なのかな? 僕、いつも自分のぶんは自分で淹れてるし。


 僕の分のクッキーと紅茶を味わいながら、そんなことを思った。



「ふうぅ~! 美味しかったわ~! で、ミューニー? いつまでそこにつっ立ってるわけ? 早くそこに座って、いっしょにお茶しましょうよ?」


 用意された10枚のクッキーをすべて平らげたプレサが口の端をペロリとなめながら、ミューニーに座るようにうながす。


「ううん、プレサ。私はいいの。焼き加減を見るために何枚かクッキーをつまんだから、もうお腹に入らないし」

「でしたらミューニー、お茶だけでもいかがですか~? 知ってます~? ロシュが天恵でだしてくれた【お湯】で淹れたお茶って特別に美味しいんですよ~。美味しくな~れってロシュのあったか~い気持ちがい~っぱいこもってるんです~。ね~、ロシュ?」

「う、うん」


 そんなふうにあらためていわれると、なんだかものすっごく照れるけどね。


「わ、わかったわ。じゃあ一杯だけ……」


 そういって控えめにうなずくと、ミューニーがおずおずと僕の左ななめの席に腰を下ろした。

 それから、お茶を淹れるためにポットへと手を伸ばす。


「あっ……!?」


 が、その手がポットをつかみとるよりも先に、僕がポットを奪いとった。

 悪いとは思ったけど、ひとつ思いついたことがあったので。


「ねえ、ミューニーの紅茶、僕が淹れてもいいかな? ミューニーはそのまま座っててよ」

「は、はい……。お願い、します」


 強ばった顔になりながらも、うなずいてくれた。

 僕はミューニーのために、美味しくなるように精いっぱい心をこめてお湯を淹れ、この5年辺境の冒険者ギルドで培ったお茶汲みとしての技術を駆使して、注いだ。


「あ、美味しい……!」


 前に下がった紺色の髪から、片方だけのぞく薄緑の瞳が真ん丸に見開かれる。


「ね? やっぱりお茶って自分で淹れるより、誰かに淹れてもらったほうが美味しいでしょ? だから、これからもミューニーには僕が淹れてあげるね。かわりに、僕にはミューニーが淹れてくれるとうれしいな」


 そういってにこやかに微笑みかけると、ミューニーは頬を赤く染めながらも、こくりとうなずいてくれた。


「は、はい。お願いします。そ、それと……私でよければ、よろこんで」


 早口で一息にいいきると、気恥ずかしさを隠すように、あわてて僕が入れた紅茶を口に運ぶ。



「……ねえ? な~んか、ぜんぜん大丈夫な気がしてきたんだけど?」

「そうですね~。薄々思ってはいましたけど、ロシュって案外相手と距離をつめるのが早いですよね~? というより、もうこれは~」

「ん。天然たらし」


 まさか、そんなやりとりがすぐそばでくり広げられているとはつゆ知らず、僕は僕が淹れたお茶を頬を染めて美味しそうにこくこくと飲むミューニーの顔をじっと見つめていた。


 少しは仲よくなれたかな? なんて思いながら。




 お茶会が終わると、僕はみんなに邸の中を案内された。

 その結果わかったのは、この邸の中の厨房、トイレ、風呂場(というより広すぎて大浴場)、案内されたすべての部屋、はては廊下に至るまで、高価で貴重な魔道具が惜しげもなく設置されていて、快適そのものだということだ。まさにイニアたちが貴族同然の生活を送っているということがわかった。

 もっとも、貴族と違ってその魔道具を動かすための魔力は自分たちでまかなっているから、その点だけは違うけれど。



「じゃぁ、あたしたちは自分の部屋にもどってるわね~」

「ふあ~。朝早かったし、お昼までひと眠りしましょうかね~。愛用のベッドが恋しいです~」

「ん。あとはお願い、ミューニー。ロシュも、またあとで」


 そういって、2階にあるという自室へと続く階段を上っていくイニアたち。


「じゃ、じゃあよろしく。ミューニー」

「は、はい。こっちです、ロシュさん」


 ふたりっきりになると、さすがにまだまだぎこちない。でも、最初に僕を見たときに見せたような警戒心はだいぶ薄まっているように見えた。

 ただ、僕はといえば。


 ふわり。


 とても甘い、甘い蜜のようなにおいだった。思わず近くで吸いこんでみたくなるような、ぺろりとなめとってみたくなるような、そんな甘い、甘い蜜の誘惑。ミューニーが動くたびに、漂い、僕を誘ってくる。

 僕は、胸の奥底からこみあげてくる衝動に必死に耐えていた。


 こんなの、どう考えても普通じゃない。おそらくはこれこそが、イニアがいっていたミューニーの天恵。

 なにを目的とした、どういう効果のものなのかもわからない。僕にわかるのは、この甘い誘惑に耐えるのは、血気盛んな若い冒険者の男には、たしかに難しいだろうということ。

 もうひとつは、いままで漏れ聞こえてきた話から察するに、おそらくはこの天恵がもたらす効果がミューニーの意思とは違うということ。


 だから、僕は耐える。


 大丈夫。僕ならできるさ。だって僕は自慢じゃないけどイニアのいうとおり、裸の女の子を見て卒倒する初心(うぶ)奥手(ヘタレ)男なのだから! ……本当に自慢じゃないよね。


「あ。ロシュさん、この部屋です。どうぞ」


 前を歩いていたミューニーが振り返って、僕に微笑む。

 まだまだぎこちない笑顔だけど、最初の挨拶のときの取り繕った表情よりも、ずっと自然に見えた。

 この笑顔が見れるのなら、初心(うぶ)奥手(ヘタレ)なのも悪くないかな? なんて思った。


 案内された部屋はとても広く、見るからにふかふかのベッドとひとり掛けのソファー、書き物をするための小さな机と椅子、それと天井には高価な照明魔道具が設置された、まるで高級宿を思わせるような、とても立派な部屋だった。


 こ、この部屋で今日から僕が……!?


 あまりの場違いさに、僕があんぐりと口を開けっ放しにしていると、なにか勘違いをしたのかミューニーが申しわけなさそうに口を開いた。


「ご、ごめんなさい……。この部屋はもともと客室だったので、最低限の家具しかそろってなくて……。あ、あの……! 私、事情があって外にでることはできませんけど、お部屋に足りないものとか、欲しいものとか、わ、私にしてほしいこととか……! 相談なら、いつでものりますから……!」

「え!? な、なんのこと……?」


 意を決したように薄緑の瞳を潤ませて、勢いこんだミューニーが僕を見つめる。

 だが、部屋の豪華さに圧倒されて、心ここにあらずの放心状態にあった小市民の僕は、ほとんどミューニーの話を聞いていなかった。かろうじて返せたのは、まぬけな返事だけ。


「い、いえ……! な、なんでも……なんでもありませんから……! わ、私……! ちゅ、昼食とか、いろいろ準備がありますので、こ、これで……! ろ、ロシュさんはお部屋でゆっくりしてくださいね……!」


 とり繕うかのように早口でそういってのけると、ペコリと頭を下げ、ミューニーはあわただしく部屋をでていった。僕はぽかんとそれを見送ってから、ふかふかのベッドに身を投げだす。

 なんだか王都に着いてから、いろいろと目まぐるしくて疲れてしまったようだ。目を閉じてほっと息を吐くと、部屋に残る甘いにおいが鼻の奥をくすぐった。


『ロシュ、さん……』


 甘い、におい。すぐ近くで、息づかいが聞こえてきた。手のひらには、ふたつのやわらかな感触が。全身をあたたかいぬくもりがつつみこんで――


「だめ……だ!」


 ――僕は、はっと目を開けた。


 いつのまにか眠ってしまっていたらしい。ぐっしょりと汗をかいいていて、気持ち悪い。

 はあ。となんともいえない気分になりながら、さっぱりして気分を変えようと部屋をでてのそのそと廊下を歩く。さっき教えられたばかりの大浴場の扉を開け、脱衣所で服を脱ぎタオルを手にとる。


 たぶん、この時の僕はまだ、寝ぼけていたんだと思う。

 だから、致命的な見落としをした。


「ふっ……! んうっ……!」


 扉を開けると、そこには、むせかえるような甘いにおいが立ちこめていた。

お読みいただきありがとうございます。

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