4.まずはあらためて。
黙ったまま、ずんずんと進んでいくイニアたち【流星の矢】の背を追い、僕も歩く。
やがてこの辺境の街の中心部、冒険者ギルドのある区画から抜け、この街で一番人通りの多い、街の入口の広場にさしかかったあたりで、イニアはピタッと止まってくるりと振り返った。
「ん。ここまで来ればひとまず大丈夫。ギルドでは騒がしくて、ほとんど話もできなかった。まずはあらためて自己紹介。わたしはイニア・シムラクラム。成人済みの16歳で魔法使い。天恵は【並列】。よろしく。イニアでいい」
とんがり帽子を外したイニアがほんのりと微笑んでから、ペコリと頭を下げる。
艶のある肩までの青い髪に同じ色の青い瞳、人形のように整った顔がとても綺麗だ。
少し大きめな魔法使いのマントをつけた姿は小柄なせいか、年齢よりも何歳か幼く見える。表情はあまり変わらないけど、それがまた可愛らしい。
手には色とりどりの魔石がついた小ぶりな杖を携えていた。
イニアの体つきにあわせてか小ぶりな杖だけど、たくさんの高品質そうな魔石がついているから、魔法構築の触媒としての性能はものすごく高いのだろう。
きっと僕が想像もつかないような、目もくらむような値段がするに違いない。
「ふふん! あたしはプレサ・レイロード! イニアと同じ成人済みの16歳! もちろん剣士よ! 天恵は【光剣】! よろしくね! あ、プレサでいいわ!」
両手を腰にあてたポーズで、謎に自信満々にプレサが答えた。
ポニーテールに結われた、燃えるような赤い髪に赤い瞳。生命力に満ちあふれていて、快活という言葉がとても似合う。
赤を基調とした色の軽鎧に包まれた体は全体的に引き締まっていて、動きがしなやかで凛とした雰囲気。男からはもちろんだけど、なんとなく女の子からも人気がありそう。
背には、体と同じ大きさくらいの大剣を背負っている。
でも、すごく立派な剣だけど、あれってどうやって抜くんだろう? どうやっても鞘に引っかかるような?
「わたくしはシャルティー・リェチーチ。神巫女として回復や補助をおもに務めております。見えないとよくいわれますが、ふたりと同じく成人を済ませた16歳です。天恵は【慈愛】。よろしくお願いいたします。どうぞ、シャルティーと呼んでくださいね」
おっとりと首を傾げてシャルティーが微笑んだ。
輝くような金色の長い髪に金色の瞳。清廉とした雰囲気をかもしだす美しさは、成人済みとはいえまだまだ幼さの残る僕やふたりと同じ16歳とはとても思えない。ある種の母性すら感じられ、どう見ても年上に見える。
さらに、その母性は体つきにも現れていた。豊満。表すにはそのひと言で十分だろう。
体のラインが出にくそうな、ゆったりとした白い法衣を着ているにも関わらず、布地がその豊満な胸で中から押し上げられてしまっている。
見ないようにしようとしても、どうしてもちらちらと見てしまう視覚的な暴力、つまりは成熟した魅力の持ち主だ。
でも、いくら神巫女でも護身用の武器もなにも持ってないのかな?
ちよっと不用心じゃ――ん? いま、一瞬風で法衣のすそがたなびいたとき、腰のあたりに丸い輪っかたいなものがちらっと見えたような?
「ん? どうかした? 次、貴方の番だけど」
「はいっ!? ご、ごめんなさいっ!?」
怪訝な顔でイニアが僕を見つめて小首を傾げる。
失礼なこととか含めて、考えごとをしている場合じゃなかった! ついに僕の番だ!
思わず直立不動になって、僕はあわてて口を開く。
「ぼ、僕はロシュ・ホットウォート。えっと一応、遊撃士。武器も魔法もいろいろかじってみただけってだけなんですけど。あと天恵は知ってのとおり【お湯】です。みんなと同じ、成人済みの16歳。よ、よろしく、みんな。えっと、ロシュと呼んでください」
めちゃくちゃどもりながらも、なんとか僕は自己紹介を終えた。
ちなみに僕は薄い灰色の髪に同じ色の瞳。ギルドに来る年上の女のひとから可愛いっていわれることもあるから、割と整った顔をしてるんだと思うけど、正直にいえばもうちょっと男らしくなりたい。
それはともかく、こんな綺麗な女の子に囲まれる体験なんて生まれて初めてだから、どうしてもあがってしまった。
そんな僕にイニアから茶々が入れられる。
「ロシュ。もっと楽にしゃべって。それだとたぶん疲れる。あ、シャルティーは好きでやってるから気にしなくていい」
「う、うん。わかった、イニア。そうしま――そうする」
つい長年こき使われてきた仕事のときの癖もあって敬語を使ってしまったけど、確かにこれからずっと一緒でこれだと結構疲れるし、使わなくて済むならそのほうがいい。
というか好きでやってるって、シャルティーってすごいな。本当に同じ歳なんだろうか?
「ん。さて。本当はどこかお店でゆっくり話をしたいどころだけど、そうもいってられなくなった」
自己紹介を終えるとイニアはとんがり帽子をかぶり直し、おもむろにそう宣言した。
「え? どうしてよ?」
「ん。ギルドであれだけ派手にやったら、あのB級クランでなくても報復を考える冒険者が出てもおかしくない。騒ぎを起こさないためにも、すぐに街を離れる必要がある」
「そんなあ! イニア~! わたくし、お腹空きました~!」
両腕を胸の前でそろえて、シャルティーがぶんぶんと体を左右に揺らしてイニアに抗議をし始めた。
さっきまでの楚々とした雰囲気はどこへやら。意外に子供っぽい仕草に正直驚いたけど、反面ゆさゆさと揺れる豊満な胸がもたらす僕の視覚への暴力は圧倒的だ。
「ん。もちろん補給の必要はある。だから簡単な軽食を買って、すぐに目的地へ向けて出発しよう」
「りょーかい!」
こんなやりとりはよくあることなのか、イニアは特に気にした風もなく冷静に判断を下した。それに対し、プレサが威勢よく返事をする。
「あと、紅茶の葉を人数分」
「あれ~? どうしてですか~?」
イニアの追加した注文にシャルティーがおっとりと首を傾げた。
「ん。さっきのお茶は悪くなかった。この町でのふたつ目の収穫」
ちらりと僕を見て、イニアはほんのりと微笑んだ。
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