39.紋章と、ズレ。
「そ、そっか! じゃ、じゃあ早く行こう! そうしよう! で、でさ! 【流星の矢】の拠点ってどこにあるの? この冒険者ギルド本部より北っていうと、もう貴族区画し、か……!?」
早朝を過ぎ、店や各施設が開きはじめ、王都の街がいよいよ本格的に動きだしはじめるころのことだった。
出会ってからいままで見たこともなかった、氷のようなイニアの笑み。
おそらくはそれと【並列】して立てられているであろう、仲間である僕を侮辱した冒険者たちを最高の方法で後悔させるためのイニアの計画。
それに震えあがった僕は、凍りついた雰囲気をどうにかしようと、努めて明るく口に出した。
が、途中で自分のいった言葉の意味に気がついて、思わず固まってしまう。
体から嫌な汗が勝手に吹きだしてきた。
そんな僕に、左となりのプレサとシャルティーが赤と金の髪を揺らしながら、心底面白がったような、からかうような笑みを向けてきた。
「ふふ~ん? ロシュ、ようやく気がついたみたいね~?」
「うふふふ~。そうなんですよ~、ロシュ? わたくしたちの拠点は~」
「ん。あの門の向こう」
僕の右手を握ったままのイニアが、視界の中、逆の手でピッと一点を指さした。
それは、見紛うことなき貴族門。
遠くにそびえる王家の住む城以外はこちらからは一切中が見えることのない、貴族区画全体を囲う高く重厚な壁。
そこにつながる唯一の出入り口。豪奢な装飾が施された大門をイニアはその細指で指し示していた。
「ご苦労様です! 王国の誇る【王家の剣】! 【流星の矢】の方々に、敬礼!」
「「「敬礼!」」」
「ん。ありがとう」
「ふふん! そっちこそ、ご苦労様ね!」
「お見送りありがとうございます~。心より感謝いたします~」
「どどど、どうも……!」
いつか見た光景の繰り返し。
あいかわらずのフリーパスに、立ち並ぶ兵士たちから向けられる敬愛のまなざし。
「りゅ、【流星の矢】の拠点にまで……!? も、もうゆるさないぞぉ……! あの男ぉ……!」
場違いともいえるその光景にすっかりと飲まれてしまった僕は、門をくぐる僕たちを未練がましくにらみつけてくるC級冒険者たちのことなど、すっかり頭から飛んでしまっていた。
はあ。どうにかして、こういうのにも早く慣れないとなあ。なんて思いながら。
けど、僕の考えは甘かった。
こんなのはまだまだ序の口だったのだ。
「ふ~! もうちょっとで拠点ね~! 数日しか留守にしなかったのに、なんだかずいぶん長いこと帰ってなかった気がするわ~!」
「そうですね~、プレサ。今回はロシュと出会ったりとかいろいろとあったからでしょうか~? わたくしもそんな気がいたします~」
「ん。ロシュと出会えたのは、わたしたちにとって最高に幸運だった。今回の旅は、本当に有意義」
僕のとなりに座るイニア、対面のプレサとシャルティーがくつろぎながら会話に花を咲かせる。
けど、僕はひとり、ガッチガチに緊張しっぱなしだった。
だって、だってそうだろう?
いま、僕たちが乗る、貴族区画にあるという【流星の矢】の拠点に向かっているこの馬車。
過剰にならないくらいの絶妙な装飾が施された広々とした室内に、ふかふかの椅子。
御者台に座るのは、背筋のピシっとした老紳士。
そして、白を基調とした馬車の外装に刻まれた――黄金に輝く【七色の恩寵に満たされし聖杯】――王家の紋章。
そう。いま僕たちは、王家所有の馬車に乗っているのだから。
こんなの、平常心でいられるわけないじゃないか!?
僕はなんてことない小市民だよ!?
「それにしても、段どりよく馬車が準備してあってビックリしたわ!」
「そうですね~。一時間くらいは待たされると思っていたのですが~」
「ん。それはそう。あらかじめわたしが到着時間を逆算して、準備しておいてもらった。実際は少し遅れたけど」
うん。イニアたちはもうすっかり慣れてるんだろうね!
でも、僕にはまだ無理だから!
最高の環境の中でひとり居心地悪くする僕を尻目に、和気あいあいとイニアたちのやりとりは続く。
「ふ~ん。さっすがイニアね~。あれ? ってことは、もう拠点にも連絡済みってこと?」
「ん。向こうで出発前に通信魔道具で」
「そうでしたか~。あれ? え~っと、イニア? いったい、あの子にはなんて伝えたんですか~?」
「ん? いまから帰る」
「え!? まさか、それだけ!? なんでロシュのことを伝えなかったのよ!? そうすれば、あの子にだって心がまえが――」
「ん。だからこそ、伝えなかった。そのほうが、むしろあの子のため」
そのイニアの返事に、プレサとシャルティーがピタッと固まった。
「えっと、シャルティー?」
「そうですね、プレサ。これは」
「「下手すれば最初から、覚悟を決めないといけ(ないわね)(ませんね)」
顔を見あわせたふたりは、真剣な表情でこっくりとうなずいた。
「それでは、またのご用命をお待ちしております」
「ん。ありがとう」
深々と頭を下げると、御者をしてくれた老紳士は馬車に乗って去っていった。
それを見送ると、建物を背にイニアたちがくるりと僕に向き直る。
「ん。ロシュ。ようこそ、【流星の矢】の拠点へ。見てのとおり、庭つきの一戸建て。今日から、ここが貴方の家。……わたしたちを家族だと思ってくれると、うれしい」
「そうね! 歓迎するわ! これからよろしく、ロシュ! あたしがビシビシ鍛えたげるから、覚悟しなさい?」
「はい~。ロシュ、あらためてこれからよろしくお願いいたします~。王都には、美味しいものがい~っぱいあるんですよ? 今度案内してあげますね?」
「みんな、ありがとう……! こちらこそ、よろしく……!」
視界の真ん中にとんがり帽子を外して胸に抱え、ほんのりと微笑むイニア。
その左となりに立つプレサは、笑顔で僕に向けてグッと親指を立てる。
逆となりのシャルティーはいつものように、おっとりと首を傾げた。
返事をする僕の声は震えていただろう。
みんなのあたたかさと歓迎っぷりに、感極まってしまって。
――でも、声が震えた理由はそれだけじゃない。
僕の目の前にある、【流星の矢】の拠点。
僕の背丈の倍くらいある、格子状の白い門。
そこから見えるのは、イニアが庭と呼んだ、はるか先の玄関まで続く、芝生が刈りそろえられた敷地。
そして、奥に立つのは、これまた白い二階建ての、ただしとてもとても広く大きな、立派な建物。
イニア、ひとついいかな?
この感動の場面を壊さないためにも絶対に口には出せないから、心の中だけで叫ぶ。
これ、一戸建てじゃないから!? 豪邸だから!?
あらためて、イニアたちとの感覚のズレを思い知らされた小市民だった。
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