3.合否判定と僕の道。
「ちょっと待てよ!? こんなE級止まりの無能なお茶汲み野郎がA級クラン入りだと!?」
「おいおい、考え直したらどうだ!? ロシュなんかより、このガルドさまのほうがはるかに有能だぜ!? なんたってこのガルドさまは、あのB級クラン【黒棘の檻】の期待の新人ですでにC級! いずれはB級入りも確定の」
「そうよ! ねえ、仲間を増やすのなら同性のほうがいいんじゃない? アタシだってC級だしきっと役に立」
「おい!? こいつがいなくなると、水代や燃料費が浮かなくなるじゃねえか!? ふざけんな!? 大損害だぞ!?」
冒険者ギルド中を満たす喧騒と、僕に向けられた罵詈雑言。
目の前で義足を引きずって立ち上がり、つばをまき散らしながらまくし立てるのは、血走った目のギルド長。
そのすべてをちらりと横目で見たイニアはとんがり帽子をかぶり直すと、色とりどりの魔石がついた杖を掲げた。
「シャルティー」
「いつでもどうぞ。イニア」
「はーい。あんたはこっち」
「わっ!?」
目くばせをしたイニアに金色の長い髪をなびかせ、シャルティーがうなずいた。
僕は赤髪ポニーテールのプレサに背中を引っ張られ、イニアたちのすぐそばに寄せられる。
イニアが掲げた杖の魔石がまばゆく輝いた。
「我が前で頭を上げることを許さぬ。圧せ。【重力場】」
「「「あがっ!?」」」
詠唱が終わると同時に、ギルド中の人々が見えないなにかに圧し潰されるように一斉に崩れ落ちた。
みな椅子に座っていることすらできず、床の上に次々と這いつくばっていく。
その拍子にいくつものテーブルや椅子が倒れ、カップや皿が酒や料理ごと床にぶちまけられた。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
その光景をいつの間にかイニアたちを包む光の結界の中で守られた僕は、ただあ然と見下ろしていた。
「ん。やっぱり全員不合格。それと、まだ仮とはいえロシュはわたしたちの仲間。仲間への侮辱は許さない」
イニアの杖から光が消える。
「お、お前ら、なんてことを……! ギルド中、めちゃくちゃにしやがって……!」
這いつくばったままでギルド長がイニアを見上げた。
にらみつけるその瞳の奥には、怒りとともに恐怖がにじんでいる。
右足の木でできた義足は倒れた拍子にだろう、半ばからすっぱりと折れていた。
「ん」
イニアが懐から袋を取り出し逆さに向けると、じゃらじゃらと乾いた音を立てて10枚を超える王国金貨が床の上にこぼれ落ちた。
こんな辺境のギルドではめったにお目にかかれない大金に、ギルド長の目がこれでもかと見開かれる。
「これは迷惑料とさっきのお茶代。さっきもいったけど、ごちそうさま。美味しかった。おつりはいらないから、とっておいて」
そこでイニアの目がすっと細まった。
「それとひとつだけいっておく。ロシュがどうするかはすべてロシュが決めること。なんの責任もとれない貴方にはまったく関係ない。それじゃ、さよなら」
マントを翻して、くるりとイニアがギルド長から背を向け、入口へ向けて歩き出した。
プレサ、シャルティーもそれに続く。
僕もあわててそれに続こうと――
「ロ、ロシュゥ……!」
――懇願するような響きを持ったギルド長の声に、思わず足を止めてしまった。
一瞬だけ逡巡してから振り返り、倒れたギルド長のそばに駆けよる。
「あれ!? ちょっとあんた!? い、いいの、イニア!?」
「ん。いい。さっきもいった。すべてロシュが決める。ロシュの自由」
イニアたちは振り返らずに去っていく。
「ロ、ロシュゥ……! ワシは信じてたぞ、お前は自分の身の程を知っていると」
「ギルド長」
助け起こし、椅子の上に座らせたギルド長がいい募るのをさえぎり、その手に床から拾っておいた金貨をじゃらっと握らせる。
「いままでお世話になりました。でも、僕は僕の道を行きます。お元気で」
立ち上がり一度だけ頭を下げる。
ギルド長がどんな表情をしているのかは確認せずに振り返ると、僕はイニアたちのあとを追った。
「ロ、ロシュゥ……!」
今度は決して振り返らなかった。
「すみません! お待た――え?」
イニアたちにはすぐに追いついた。
入口の手前。そこには異様な光景が広がっていた。
「お。これなかなか美味えな? か~、この酒もイケるねえ」
「ギャハハハ! ほ~ら、食えよ? もったいねえだろ~?」
「や、やめっ、ぐべっ!?」
いくつものテーブルに無造作にゴツゴツとした手が伸ばされる。
無事だった料理や酒の入ったカップをつかんでは、他人のものであることはおかまいなしに次々に中身を口へ運んでいく無精ひげの男、ワードナ。
床に落ちてグチャグチャになった料理の残骸をわざわざすくっては、ニヤニヤと笑いながら這いつくばる冒険者たちの口の中へ無理やりに押しこもうとするスキンヘッドに刺青の男、ゴズ。
悪名高きB級クラン【黒棘の檻】による蛮行がそこで繰り広げられていた。
イニアたち【流星の矢】は微動だにせず、ただそれを見つめている。
杖を握り、剣の柄に手をかけ、いつでも動けるように保ちながら。
「お? なに怖い顔してんだよ? せっかくの美人ぞろいが台無しだぜ? 別にお前らに何もしやしねえよ。もう用は済んだんだろ? さっさと出ていった出ていった」
つまみ食いをやめないまま、ワードナが片手をブラブラと振って入口に向ける。
「ん。貴方たちは合格みたいだけど?」
「はっ! 思ってもいねえくせに冗談キツイぜ? 品行方正、清廉潔白で名高いA級クランのお嬢さま方と、俺たちみたいな後ろ暗い仕事で食いつないでるギリギリB級クランとじゃあ、住む世界が違うってな」
「ん。わかった。でも、もう一つ確認。さっきのわたしたちの攻撃について、思うところはないの?」
「あー、攻撃? そうだなあ。ゴズ、どう思う?」
「ギャハハハハ! あん、攻撃ィ?」
「ひいいっ!?」
今度は這いつくばる男の頭目がけてグチャグチャになった料理をぶちまけていたゴズがゆらりと立ち上がった。
「あんな殺す気もねえ手抜きの魔法攻撃、対処できねえほうが悪いに決まってんだろ? 魔法で障壁を張るなり、俺たちみたいに闘気で魔力強化した肉体で耐えるなり、いくらでも対処できるだろうが? ホレ、そこの期待の新人サンみたいによ?」
「て、めえ……! ロ、シュ……! 【流星の、矢】……! ふざけ、やがっ……て!」
驚いたことにガルドは床に倒れていなかった。
息も絶え絶えだが、テーブルに突っ伏しながらも、濁り血走った目でこっちをにらみつけている。
「まあ反応が遅れて一瞬モロに食らったせいで、身動きとれねえみたいだけどな? それでもなんにもできなかったこいつらよりマシだろ~?」
「ひっ!? やめっ!? がぼぼっ!?」
「ギャハハハ! ほうら。たんと飲めや~! 俺のおごりだぜ~? ま、俺の金じゃねえし汚えし、混ぜすぎてどんな味するかもわかんねえけどな~?」
床にこぼれた酒をわざわざカップにかき集めたものを倒れた男の口にゴズが無理やりに流しこむ。
「ま。つ~わけだ。大した恨みもないのにA級クランとことを構えるほど俺たちも馬鹿じゃない。俺たちは無防備でモロに魔力攻撃を食らったせいで、あと一分は動けないこいつらの代わりに冷めきる前に腹ごしらえしたり、ちょっとしたストレス解消したいだけだ。ほら、わかったら行った行った」
片手で料理をつまみながら、ワードナが再び手をシッシと振った。
警戒しながら真横を通り過ぎるイニアたち。
その背を追って僕も続いた。
「ロシュ……! 必ず思い知らせてやるからな……! E級のお茶汲み野郎が……! このガルドさまをコケにして、ただで済むと思うな……!」
入口の手前。
真横から聞こえてきた地の底から響くような怨嗟の声にびくりと身を震わせる。
あわてて僕は開かれたままの扉の向こうへと身を乗り出した。
「――まあ、いまはやらねえよ? 世間知らずの小娘ちゃんたち。くくく。やるんなら勝ち確で、が俺のやり方なんでな?」
外に出て扉を閉めるその一瞬、ドロリと濁った泥のようなつぶやき声がかすかに耳に届いた気がした。
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