23.朝風呂と、異常。
「はあ~! やっぱり露天風呂って最っ高~! ねえ、シャルティー?」
湯船に浸かりながら、いつもの赤いポニーテールをさらりと下ろしたプレサが両手でお湯をすくってパシャっと空中に放り投げる。
「はい~。夜に入るのもいいものですが、朝の新鮮な空気の中入るのは、また違った趣を感じますね~。ねえ、イニア~?」
肩まで浸かったシャルティーが耳にかかった金色の髪をすっと指ではらってから、はあっと息を吐いた。
「ん……。朝風呂……。いい……。好き……。すぅ……。すぅ……」
お湯に浸かりながら、イニアはほんの少しだけ青い瞳を開いてうわごとのようにそう答える。
が、すぐにまたまぶたを閉じて、気持ちよさそうに寝息を立てはじめた。
「ふ、ふたりとも! この状況、なんとかしてよ!?」
「「え~? なんとかってなんのこと(なの~?)(ですか~?)」
こ、この……! ふたりして面白がって……!
こっちを見ながらニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべるふたりにはいい加減いらいらしてきた。
が、それでも動くこともままならない、いまの僕にはどうすることもできやしない。
「ん……」
「ひうっ!?」
そうこうしているあいだに、僕の耳元にふうっと吐息が吹きかかった。
さっきからすぐ近くでずっとしている甘いにおいに、だんだん頭がクラクラとしてくる。
みんなが長く浸かれるように少しぬるめに用意したはずの朝風呂なのに、顔が熱くて仕方ない。見えないけど、きっと僕の顔はもう、ゆでダコのように真っ赤だろう。
その原因は。
「ん……。ロシュ……」
「ひゃいっ!?」
今度は、うわごとでなんか僕の名前を耳元で熱っぽく呼んでくれる青い髪の女の子――イニア。
朝に一度起き、寝ぼけまなこのままなんとか朝食もとったイニアだった。
が、竜との戦いで思った以上に消耗していたらしく、お湯に浸かったところで力尽き、再び気持ちよさそうにうたた寝をはじめたのだ。
そう。それまでずっと手を引いて支えていた僕の肩に頭をよりかからせた、超至近距離で。
「ん……」
ごくっ、と何度めになるかわからない唾を僕は飲みこむ。
だって、少しでも僕が横を向けば、あの夜に目に焼きついたときよりももっと鮮明に、イニアのあの傷ひとつない華奢で綺麗な体を凝視できてしまうのだから。
「「さ~、いつまでもつの(かしらね~?)(でしょうか~?) そのやせ我慢~?」」
この状況になってからというもの、プレサとシャルティーの僕へのからかいが止まらない。
せっかくの朝風呂だというのに、もうリラックスとかいってられる状態じゃなかった。
だが、そこでふたりのニヤニヤ笑いがすっと止まる。
「ま。これくらいにしましょうか? あんまりからかっても悪いしね? イニアにも」
「そうですね~。たっぷりとあたたまりましたし、わたくしたちはそろそろでましょうか~?」
そういいながら、プレサとシャルティーは露天風呂の中でザバッと立ち上がった。
そのままお湯をかきわけながら、どんどん僕へと近づいてくる。
「ロシュ? あたしたち、イニアを連れて先に上がるから、あんたはもう少しゆっくり浸かってなさい。からかって悪かったわね」
「ごめんなさい、ロシュ~。仲睦まじいふたりが微笑ましくて、ついわたくし~」
ぷるん。たゆん。
目の前で立ち止まり、申し訳なさそうに僕に謝るふたり。
しなやかで均整な体つきの、暴力的なまでに成熟した魅力を振りまく体つきの。
「あ、あぁぁ……!?」
まったく警戒を見せない真っ裸なふたりの天然女神に迫られて、僕の意識は消失した。
いろいろあって、いろいろあって出発が遅くなり、お昼も過ぎてからようやく辺境の街に帰りついた僕たち【流星の矢】。
ところが着いてみれば、なんだか町が騒がしい。
いや、というよりも?
「オイ!? てめえ、ぶつかっておいてだんまりか!」
「はあ!? アンタこそ、どこ見て歩いてんのさ!?」
「このガキ! オレの女に色目使ってんじゃねえぞ! ヒック!」
「ああ!? なんだ酔っ払い! 意味わかんねえ因縁つけてんじゃねえよ!」
「ぐっ!? てめえ、ジジイ! やりやがったな!?」
「へっ! 口ほどにもねえ野ろ、ぐべっ!?」
「てめえがな! ボケが!」
街をぐるりと囲む外壁。
衛兵が守護する門をくぐり、街の中に入ってすぐの各区画へと通じる広場。
ここは、この町の唯一の出入口で当然ひとの往来も一番多い。
そんな広場をいま、異様な雰囲気が包んでいた。
「おらあっ!」
「ぐぼっ!?」
口論に、そこから発展して殴り合い。
そんないさかいが広場のあちこちで際限なく繰り広げられている。
格好から判断すると、おそらくはそのいずれもが冒険者同士。
さすがにまだ武器を持ちだすような者はいないようだったが、それもいつまでもつかわからないほどに、広場全体は異様な興奮と熱狂に包まれていた。
それは、いまや巻きこまれるのを恐れる無関係な街のひとが、コソコソと気配を消して通り過ぎなければいけないほどに危ういもの。
「え、なにこれ? ちょっと雰囲気悪すぎじゃない? な~んかにぎやかだから、街に入る前はてっきりお祭りでもやってるのかと思ったわよ?」
そういってプレサが肩をすくめる。
「本当ですね~? いくら冒険者には血の気の多いかたが多いといっても、ちょっとこれは~」
シャルティーがおっとりと首を傾げる。
「ん。異常」
とんがり帽子を揺らして、イニアがこくりとうなずいた。
たっぷりと寝て、いまは目もパッチリだ。普段からわりと眠そうな目ではあるけど。
でも、なんでこんなことに?
僕の耳が拾える範囲では、いずれも原因はやれ肩がぶつかっただの、色目を使われただの、にらまれただの些細なことだ。
そんな小さなことでここまで怒るほど、この町の冒険者はみんな短気だっただろうか?
(それでは、ごゆっくり)
(ありがと~)
(おう。すまねえな)
ギルドで僕がお茶を汲んできたひとを思いだしてみても、そんな気はぜんぜんしないんだけど。
「なめてんじゃねえぞ、クソが! ごらああっ!」
「ぐおっ!?」
「――きゃあっ!?」
と僕の視界の端。にらみ合っていた男たちの片方が突き飛ばされ、地面に倒れるのが見えた。
さらに、その後ろを通り抜けようとしていた、まだ洗礼式を終えたか終えてないかくらいの、ワンピースの上にエプロンを着けた小さな女の子がそれに巻き込まれて、地面に強く尻もちをついていた。
おつかいでもしていたのだろうか。手に持っていた大きな籠が投げ出され、中から小ぶりな林檎がひとつコロコロと地面に転がっていく。
「はわわ……! ま、待って……!」
服が汚れるのもかまわずあわてて四つん這いになり、女の子が果物を追いかけはじめる。
「やりやがったな! このカス野郎! てめえはこれでもくらいやがれ!」
「ぶっ!?」
「ああっ!?」
だが女の子の伸ばされた手が届く寸前、突き飛ばされた男が地面を転がる林檎をわしづかんだ。そのまま自分を突き飛ばした男の顔面へと思いきり投げつけてしまう。
突き飛ばした男の鼻先をガンッと直撃してから、林檎は無残にもぐしゃりと潰れて地面に落ちた。
「ハッ! いいザマだぜ! だがこんなもんじゃすまさねえぞ! カス野郎が! このオレを本気で怒らせやがって!」
「てめえ……! クソが……!」
突き飛ばされた男が立ち上がり、突き飛ばした男を血走った目でにらみつけた。その手がおもむろに懐に伸びる。
顔面を果汁まみれにし、鼻血を垂らした突き飛ばした男も、同じように懐に手を伸ばした。
「「てめえ! もう許さねえ! ぶっ殺してやる!」」
「ひいぃぃっ!?」
そして、ナイフを手にして同時に叫ぶ。
悲鳴を上げ地面にへたりこむ女の子のすぐそばで、目を血走らせたふたりの男が抜き身の刃物を持って対峙しあった。
一触即発。その目にはおそらく、お互いの姿しか映っていないだろう。
「う、うう……!」
女の子はたまらず頭をおさえた。その瞳には大粒の涙が。
「バッッッカじゃないの!? あんたたち! 子ども巻きこんでんじゃないわよ!」
そのとき、にらみあう男たちの背に甲高い声がかけられた。
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