21.帰り道と、真実。
「まあ、しかたないじゃない? やっと怪我が治って起きて、ボーっとしながら下着をつけてたら、ロシュがイニアをひざまくらしてて、しかも寝てるイニアになにかいたずらしてるのが見えちゃったんだから。これは悠長に服なんて着てる場合じゃないわ! って思っちゃったのよ。まあ、結局ぜんぶ取りこし苦労だったわけだけど。――ふっ!」
暮れはじめた魔界跡地の空の下。
鋭い呼気とともにプレサの大剣が死せる竜の体に振り下ろされた。
もちろんちゃんと服は着ている。シャルティーも。
「そうですよ~、ロシュ? わたくし、早とちりしてもう少しで折檻しちゃうところだったんですから~。えーと、爪はこっち。食肉用はこっちの袋ですね~」
プレサの手で次々と解体されていく竜の巨体。
それをシャルティーが選別しながら用途ごとに次々と魔法収納の袋に詰めていく。
「せ、折檻……?」
「ふふん! ロシュ、シャルティーの折檻は怖いわよ~? しばらくトラウマになるくらいにはね? 未遂に終わってよかったわね~? ――はあっ! よーし! これで終わり!」
「は~い。お疲れさまでした~。プレサ、その細切れにした頭はこっちの袋に入れちゃってください~」
ものの数分で片づけられた竜の巨体。
魔界跡地の大地にはもう、激闘のあととしておびただしい量の血のあとが残るのみ。
それもそう遠くないうちに魔力へと還り、大気中の魔力とともに徐々に魔界跡地の大地に染みこんでいく。
そうして魔力を蓄え、いつかまたこの魔力が枯渇した大地も、生物が棲めるように変わっていくのだろう。それが何十年、それとも何百年先かは僕にはわからないけれど。あるいは、もっと早いのかも含めて。
「さ~て。竜の解体もすんだし、そろそろ昨日の拠点にでも戻るかしらね?」
「そうですね~。もうすぐ日も暮れそうですし~。さすがにこんな寒々しいところで夜を明かしたくはありませんね~」
「え? でも、イニアがまだ?」
「ん……。すう……。すう……」
あいかわらずイニアは僕のひざの上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
当然起こさないために僕も動けない。だんだん足がしびれてきた。
「え? あたしが背負うけど? ロシュ、いっとくけど、正直一度そうなったイニアは朝までもう絶対に起きないわよ?」
「え?」
「はい。えっとたしか、イニアの天恵【並列】の副作用でしたっけ~? 常に複数の思考を同時に行っているせいで、普通のひとよりもイニアは脳を酷使しているんだそうです。だから、一度眠りについたら、深く深く脳を休めているせいで、まず起きないんですって~。まあ全部イニアの受け売りで、わたくしには難しいことはよくわかりませんが~」
「さ、これでわかったでしょ? というわけで、さっさと出発よ。急がないと本当に夜になっちやうわ」
「う、うん」
こうして僕たちは、竜との戦場。魔界跡地の岩場をあとにした。
「ロシュ。今日あんたが見たとおりよ。世間でいわれているみたいに、あたしたちは無傷で勝ってきたわけじゃない。シャルティーの天恵【慈愛】。具体的には、シャルティーが愛する、あ~、ちょっと語弊があるわね? まあ、信頼するものと身も心も捧げあい、ともに眠りにつくことで相手のすべてを癒す。の効果で、街に帰る前にすべての傷を治してただけよ」
「はい。そうですね~。もちろん、わたくしたちにA級冒険者の実力はあると自負してはいますが~。ただ世間一般でいわれているような、ほかのA級の方々よりも飛び抜けて強いなんてことはないでしょうね~。知っているみなさん、すごい方ばかりですから~」
「そうね! ま、あたしたち以外は、どいつもこいつもひと癖あるやつばかりだけどね!」
両となりを歩くふたりが話す真実に、僕の中でいままで聞いてきた【流星の矢】の伝説がガラガラと音を立てて崩れていく気がした。
でも、同時に納得もしていた。
だって、実際に会って接した彼女たちは物語の中の英雄のような、現実離れした完璧な存在じゃなかった。
とっても強いけど、等身大の可愛い女の子たちでしかなかったのだから。ちょっと抜けてたり、変わったところも含めて。
「まあ、でもちょ~っとだけ、罪悪感みたいなものもないわけではないわね。意図的に世間に勘違いさせてるわけだし?」
「そうですね~。わりと徹底してますもんね。小さな怪我でも、わたくしの天恵や回復薬で必ず治してから街に入るようにしてますし。それに服をこまめに洗ったり、香水や香油でにおいにも気をつけたりしてますしね? あ、そういえばもともとイニアがロシュを誘ったのもそれが理由でしたね。あ~、でも出先でもお風呂に入れるっていいものですね~! 昨日の露天風呂、最高でした~!」
「そうね! たしかにあれは最高だったわ! 思いっきり体伸ばせたし! あたしもお礼いっとくわね! ありがと、ロシュ!」
両どなりを歩くふたりから、まぶしいばかりの笑顔を向けられる。
でも、そんな風にあらためてお礼をいわれると、ちょっとこそばゆいような気持ちがしてきて僕は顔を赤らめ、視線をそらした。
「あ、うん。どういたしまして。――え? って、え? ちょっと待って!? いま意図的に世間に勘違いさせてるっていわなかった!? ど、どうしてそんなこと!?」
「あ~、すべてはイニアの提案ですよ~?」
「そ。あたしもシャルティーも同意してるけどね~?」
「イニアの……?」
「ん……。すう……。すう……」
ちらりと後ろへ視線を向けた。
僕の背中に負われ、あどけない顔で気持ちよさそうに寝息を立てているイニアには、まだ起きる気配はまったくない。
少しでも自分ができることをしたいと、プレサに頼んで僕が背負わせてもらったイニア。
その体はやはり見た目どおりに軽く、この華奢な体であの巨大な竜と対峙し、見事に討ち果たしたなんて、一部始終を見ていた僕でもまだ信じられないような気持ちが残ってしまっている。
でも、そんなイニアが【流星の矢】が無傷で戦ってきた英雄だって、意図的に世間に勘違いさせるなんて、いったいなにを考えてそんなことを……?
「あ~、ロシュ? 気になるんなら少し長くなるけど、くわしく話してもいいけど?」
「そうですね~。いずれはお伝えするつもりでしたし~。天恵【慈愛】も見ていただいたいまが、ちょうどわたくしたちの秘密を話すいい頃あいかもしれませんね~? どうされます~、ロシュ?」
気がつけば、いつのまにか僕は足を止めていたらしい。
少し先で僕を待つふたりの真剣なまなざしが僕を見つめていた。
「うん。お願い。教えて。プレサ、シャルティー」
「わかったわ。それじゃあ歩きながら聞いてもらえる?」
「そうですね~。夜が更けないうちに昨日の拠点に帰りたいですし~」
そうして、ふたりは話しはじめた。
――創られた【英雄】。
そう、【流星の矢】の秘密と真実を。
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