13.お風呂つくって。
「イニア~、結界張り終わりましたよ~。媒体に4本魔石柱を使いましたから、ちょっと広めの張りましたけど、強度はバッチリです~。これで朝までグッスリ眠れますよ~」
「ん。ありがと、シャルティー」
「――ふんぬっ!」
イニアが出した天幕から魔石がついた小さな棒のようなものをとり出して、天幕の周囲を動きまわりちょこまかと作業をしていたシャルティーが戻ってきた。
僕はといえば、夕食の支度の真っ最中。
天幕の中に備えられていた包丁や鉄板、それと発火の魔道具などの各種調理器具をとり出して、いまは暮れはじめた魔界跡地の空の下、昼に狩ったブラッディウルフの食用肉を厚めのひと口サイズに切り分けているところだった。
「イニア、肉の大きさはこれくらいでいいと思うんだけど、どう? それと、そろそろ鉄板に火を入れたほうがいい?」
「ん。大きさは問題なし。鉄板も準備していい。それと、これを」
「――こんのっ!」
うなずくくと、イニアは懐からごそっと小瓶をとり出してきて、僕に渡す。
「これは?」
「あ、それイニア特製調味料ですね~。あ、わたくしは食器とかパン、それと昼の残りのサラダを準備しますね~」
「――せいやあっ!」
シャルティーはちらっと小瓶に目を向けると、魔法収納から次々と物をとり出し、テントからとり出したテーブルへとテキパキと配膳していく。
「イニア特製調味料? え? イニアって料理上手いの?」
「ん。それなりに。わたしは食事のとき、味わうと同時に【並列】で使われている食材の分析をしている。それで導きだした配合でつくった調味料がイニア特製調味料。味は保証する。狼肉は筋肉質でちょっと固くて脂身が少ない。だから、これを混ぜて少したたいて」
「はあ~、イニアの【並列】ってそんなこともできるんだね。うん。わかった。やってみるよ」
「――どっせぇい! とりゃああっ!」
いわれるままにトクトクと少しとろみのある調味料、タレを混ぜこみ、肉たたきでガンガンとたたく。タレにはニンニクとか香辛料がいろいろ混ぜられているらしく、食欲の湧いてくるいい匂いがしてきた。
「ん、ロシュ。焼くのはわたしがやるから、それが終わったらお茶の準備をお願い」
「うん。わかった」
「――だあーっ! やーっと終わったわっ!」
和気あいあいとしつつも、僕たちは夕食の準備を着々と進めていた。
と、ひときわ大きな叫び声と、ドサっと地面に倒れこむような音が聞こえてきて、顔を見あわせた僕とイニアは音の発生源の穴へと向かった。シャルティーも後ろからトコトコとついてきている。
「はーっ! どうよ、イニア! これなら文句ないでしょーが!」
穴底で倒れこんでいたプレサがムクッと起き上がり、パンパンと土を払いながら、ジトっとした目で顔を上に向けてきた。
まわりにはたったいま掘り返したばかりの土くれの山が点々と。
その赤い瞳には、隠そうともしないイニアへのいらだちがにじんでいた。
それもそのはず。この重労働は、イニアの「プレサ、みんないっしょに入れるお風呂つくって」のひとことから始まったのだ。
といっても、最初は順調だった。
『うっわ!? なにこれ!? 魔界跡地の地面ってこんなに脆いの!? ふふん! これなら【光剣】を使うまでもないわね! あたしとあたしの【無垢の薄紗】なら楽勝よ!』
と大剣を刺してみたら、思いのほか手応えのなかったらしい魔力の枯渇した魔界跡地の地面。そこに四角く大きな切り込みを『ふんふふ~ん♪』と鼻歌まじりに易々と入れていくプレサ。だが、そのあとが問題だった。
『ふんぬっ! こんのっ! せいやあっ! どっせぇい! とりゃああっ!』
そう。いくら地面が脆かろうが、あとはひたすら掘ってくり抜く単純作業の繰り返し。みんなでいっしょに入れる大きさの風呂ともなれば、結構な大きさにそこそこの深さ。しかも使うのは掘る道具ですらない大剣。
「あ~、疲れた~。もうやりたくない~」
見事、僕たちが夕食の準備をしているあいだの短時間でその重労働をやりとげたプレサは掛け値なしにすごかった。だが、さすがに堪えたようでその顔には疲労の色が濃い。というより、たぶん不貞くされている。
ただ信じられないことにこれだけの重労働をこなしたにもかかわらず、プレサの息はまったく切れていないし、汗ひとつすらかいていない。そこにあるのはただ、精神的疲労のみだった。
「ん。ありがと、プレサ。この広さならバッチリ。それに、かかった時間もわたしの予想より短い」
「はいはい。それほめてるわけ? まあ、しっかり肉体労働させてもらったわよ。まったく人づかいが荒いったら」
「ん。そんなプレサに、こんなごほうび」
「え? えぇぇぇっ!? そ、それ!? それぇっ!?」
とんがり帽子を揺らしてプレサが掘った四角い穴をのぞきこむイニア。ジトっとした目でイニアを見上げていたプレサだったが、イニアが懐からとり出したものを見て、その目の色が変わる。同時に穴から弾かれたように跳び上がると、一瞬でイニアの目の前へ。
「ええっ!? ほ、本当に【星屑の輝油】!? だ、だって、む、無駄使いだから買わないって、あのとき、イニア……!」
「ん。そう見せかけて実はこっそり買っておいた。これはわたしのわがまま聞いてくれた、プレサへのごほうび」
「イニア~! 大好き~!」
「ん。わたしも」
感極まったプレサがイニアにひしっと抱きついた。イニアはその背中をポンポンと優しくたたく。まるで仲睦まじい姉妹のような、微笑ましいその光景。ただ背の高さからいえば、どう見てもイニアが妹なはずだけど。
「ん。じゃあ、あとはわたしにまかせて、プレサは休んでおいて」
「ええ! 本当にありがとう! あとでじっくり使わせてもらうわ! さあ、イニア! バッチリ仕上げちゃって!」
「ん」
イニアはプレサがくり抜いた四角い穴に向けて杖を向けると、静かに唱え始めた。
「逆巻け、巡れ。【吹き荒れる風】」
イニアの天恵【並列】により、うなりを上げるいくつものつむじ風が同時に生みだされ、プレサが掘り返した土くれを巻き上げ、彼方へと吹き散らしていく。
「つるつる、つやつや。そっとなでて。【絹のそよ風】」
土くれがなくなったガランとした穴の底と側面をつうっとそよ風が何度もなで、表面を滑らかに磨き上げていく。
「ん。これで」
「露天風呂、完成ですね~!」
「さっすがイニア! そしてあたし! 完っ璧じゃない!」
杖を下ろし、イニアがふうっと息を吐いた。その後ろでシャルティーが満面の笑みでポン、と手をたたく。赤いポニーテールを揺らし、プレサはグッと親指をつきだした。
見下ろせば、そこにはツヤツヤに磨き上げられた石造りの四角にくり抜かれた広く大きな穴。
お湯を張れば、もうそこは露天風呂だった。
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