10.いらだちと、飴。
「ふう。こんなものかしらね? 血抜きも選別もしたし。まあ、これ以上は魔法収納にも入らないし、あとはさっさと埋めちゃいましょう」
「わあ~、今夜はお肉いっぱいですね~。楽しみです~」
「ん~。魔石が少ない。ほとんどが欠片。D級魔物じゃ仕方ないけど」
「はあっ。はあっ」
森の中の遭遇戦。
D級魔物のブラッディウルフの群れ(実質C級相当)を退治した僕とイニアたち【流星の矢】。といっても、僕が倒したのは一匹だけだけど。
息をつく暇もなく素材の検分と解体が始まり、いまようやく終わったところ。
10体以上もの解体は初めてで、すっかりヘトヘトになった僕は、ひとり草の生い茂る地べたに、直に座りこんでいた。
イニアたちといえば、さすがはA級冒険者。いつも綺麗にしていて泥臭いイメージがまったくない【流星の矢】だったけど、慣れた様子で手早く解体を進めて、食用肉、毛皮、爪など利用可能な部位だけ選別して、手際よく魔法収納へと次々にしまっていた。
でも、考えてみれば当たり前のことではある。いまは超有名A級冒険者だけど、イニアたちにも当然下積みの時代があったんだから。やっぱりE級冒険者の僕とは経験値がまるで違う。
あと、僕なら見つかっただけで思わず小躍りしてしまうくらいに貴重なはずの魔石を見て、渋い顔をしたりする価値観(金銭感覚)とか。
「ロシュ? 大丈夫? 出発できそう?」
座りこんでボーっとそんなことを考えていると、いつのまにか近づいてきたイニアがとんがり帽子を傾けて、座りこんだままの僕を上からのぞきこんできた。
「だ、大丈夫……!」
「ん。わかった」
正直にいえばまだヘトヘトもう少し休みたかった。けど、これ以上足を引っぱるわけにはいかない、とやせ我慢をして笑顔をつくりながら答える。するとイニアはひとつうなずいてから、サッと身をひるがえして僕のそばから離れていった。
それから、おもむろに魔法収納の袋に手を突っこむと何かをとりだす。
「嘘ついてるのがよーくわかった」
不機嫌そうに唇を尖らせながらイニアが地面にブワっと広げたのは、大きな敷物。
ただなんだかくたびれていて、色もだいぶあせている。ところどころに繕った跡もあり、上質なものばかりに身を固めているいまのイニアたちには、正直似つかわしくないものだった。
「わあ! 懐かしいわね、それ!」
「本当ですね~。しばらく使っていなかった気がします~」
その敷物を見て、離れたところにいたプレサとシャルティーが感嘆の声をあげながら近よってくる。
「ん」
イニアは靴を脱ぎ、ぽすっと敷物の上に腰を下ろした。とんがり帽子を横に置き、ちょいちょいと僕に手招きをしてくる。
「ロシュ。ここでしばらく休憩するから、早くこっちに来て」
「う、うん! じゃあ紅茶を淹れ」
「いらない。いいから、早く」
「は、はい!」
無表情でイニアに詰められ、ついつい敬語になってしまった僕。おそるおそる近づいて靴を脱ぎ、少し離れた位置に腰を下ろす。
「んん」
と、ぴくんと眉を跳ねさせると、イニアがひざ立ちですすすっと近づいて距離を詰めてきた。
って、近っ!?
目と鼻の先。少し手を伸ばせば届く位置で、イニアがぺたんと座りなおす。長いまつ毛に彩られた青い瞳がすぐそばでじっと僕を見つめていた。
「ロシュ」
人形のように整った顔が肩までの青い髪を揺らして小首を傾げ、艶やかな桃色の唇を動かす。すっとしなやかな白い指先がまっすぐに僕の顔に向けて突きだされた。
「はい。あーん、して?」
「うええっっ!?」
「ん」
驚きのあまりに大口を開けた僕の口に、コロンと何かが放りこまれた。あわてて口を閉じると、甘さがじんわりと広がっていく。
と、イニアもたぶん僕へのと同じ、黄色い丸いものを自分の口にコロンと放りこんだ。
って、これは、飴?
たぶん蜂蜜を固めてつくった、ちょっとクセのある素朴な甘さの。
「あ~、ふたりして何いいもの食べてるんですか~。イニア、わたくしにも~。あ~ん」
「ん」
靴を脱いで敷物に上がったシャルティーが近づいてきたかと思うと、イニアに向けて口を開け、体を振っておねだりをしはじめた。
まるで親に餌をねだるひな鳥のような幼いふるまい。だが、そのたびにたゆんたゆんに揺れる豊満な胸のもたらす僕の視覚への暴力は圧倒的だった。近いし。
「わあ~、懐かしい甘さですね~♪」
イニアにコロンと口の中に放りこんでもらうと、シャルティーはとても幸せそうな笑顔を見せた。
「あー、それも久しぶりねー! イニア、あたしにもちょうだい? あーん」
「ん」
プレサも靴を脱いで敷物に上がったようで、イニアのとなりからひょこっと顔を出すと、同じように口の中に飴を放りこんでもらう。
森の中に4人そろって敷物に座り、コロコロと飴を転がすだけのゆったりとした時間が流れた。
「素朴だけど、やっぱり甘くて美味しいですね~。前はよくこの飴のお世話になりましたし~」
「ん。手が離せないときとか」
「そうねー。手が離せないといえば、あのときとか、すごかったわねー」
「あ、あのとき?」
「ああ。ロシュは知らないわよね。昔ね――」
飴を転がしながら、リラックスした口調で話すプレサ。だが、その内容は壮絶なものだった。
まだ【流星の矢】が無名だったころの話。
攻略していた迷宮型の魔界でイニアたち3人は見事に罠にハマり、おびただしい数の魔物がひしめきあう部屋の中へと無理やり放りこまれた。
逃げることもできず、満足に補給をとることすらできずに、背中をかばい合いながら、ただただ襲いくる魔物を狩り続ける消耗戦。
「ん」
そんな中、隙を見てイニアが定期的に口の中に入れてくれる、冒険中の保存食として用意していたこの手づくりの飴だけが、口の中に広がる優しい甘さが、最後まで気力を奮い立たせてくれたという。
「あのあと夜どおし戦って、無事に迷宮を脱出できたときに見た朝日のまぶしさったらなかったわね……! ボロボロだったけど」
「ええ、プレサ。わたくし、あのとき創造神に、いま生きていることを心から感謝いたしました……!」
そ、そんなすさまじいことがあったなんて……。
世間では、どんな高難度依頼でも傷ひとつつけずに涼しい顔でやってのけるっていうイメージの彼女たちだけど、やっぱり下積み時代にはそんな苦労があったのか……。
と物思いにふけっていると、イニアがそっと口を開いた。
「ロシュ。いまプレサが話したみたいに、どうしても無理をしないといけないときは必ずある。だからこそ、休める余裕があるときはしっかりと休まないといけない。そうじゃないと、大事なときにがんばれないから」
「イニア……。うん、わかったよ。ごめん。もうやせ我慢はしない。約束するよ」
「ん。わかれば、いい」
短く返すイニアの口元は、少しだけほころんでいた。
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