公共生活基盤 2
ちょっと間隔開いてましたが、また書いていきます。
エイジの家にやってきた薬師は、村長のボーナとさほど年の差を感じさせない老婆だった。
豊かな白髪と鋭い目つき、気難しそうな表情で、背が低い。
手には樫の木の杖を握っていて、村外れにある家から急かされてやってきたのか、わずかに息が荒かった。
この人、ボーナさんと似たタイプだ、きっと。
気が強そうだなあ。
一目見たときに、エイジはわずかに気おくれした。
これまで多くの交渉ごとを繰り返し、多少人馴れしたとはいえ、生来の職人気質がなくなったわけではない。
直感的に、この人は苦手だ、と思ってしまったのだ。
「タニアか。ふむ、熱があるみたいだね。脈は……ちと速いか。ほら、舌だしな。目を開くよ。ちょっと背中叩くからね。肺に水は溜まってないか」
「そんなことで分かるんですか?」
「ああ。体の異常は色々なところに出る。一つ一つの兆候を調べて集めていけば、どの薬が必要かはすぐに分かるのさ」
ドーラの発言には断定的な響きがあった。
それだけ自信があるのだろう。
エイジにしても人の体のことは分からないが、自分で扱っている刃物についてならば、傍目に訳の分からないような見方、調べ方で詳細な判断ができる。
薬師としてのドーラの目利きを疑っても仕方がない。
専門家を相手にするときは信用し、疑問があることは素直に教えを乞うことが良い。
「まあ寝不足と疲労とで風邪を引いてしまっただけだね。心配はいらないよ」
「そうですか。良くなりますか?」
「ああ。一週間もかからない。早速薬を調合してあげよう」
ドーラが背負子から植物を取りだし、砕き始める。
ドーラは根や葉、種など、種々様々な植物、あるいは動物の一部を細かい粉末状にまで砕いた後、エイジに家の竈を使って、湯を沸かすよう指示した。
ぐらぐらと煮えたぎるお湯に薬を入れて煮詰めると、独特な臭気が部屋に立ち込めた。
ドーラがタニアに近づくと、薬湯を湯呑からゆっくりと飲ませる。
「ほら、タニア。これを飲みな」
「う……にがっ……」
「タニアさん、大丈夫? ……すごい臭いですね」
「う゛ぅぅ……まずいよぉ」
「良薬は口に苦し、鼻に臭しさ。よく効くからちゃんと飲みな」
「そんな言葉初めて聞きましたが、言われて見ればもっともです。ちなみに砂糖を混ぜても構いませんか?」
「ああ、そりゃ構わないが、あんなもの手に入るのかい?」
「ええ。私が製造に関わったので」
「ふうん……。まあそれで飲みやすくなるなら良いよ」
「ありがとうございます」
苦みに顔を歪めて泣き言を言うタニアだったが、薬が効いたのか、あるいは熱で体力が尽きているのか、再び眠りに落ちていく。
エイジは額の汗を拭うと、手拭いを井戸水で冷えた水に浸けたあと、絞ってもう一度額に乗せた。
タニアの表情がわずかに緩む。
ドーラはそんな世話をするエイジを横目に、年寄とは思えない機敏な動きで薬を分けた。
「これを小分けにしておくから、麦粥みたいな滋養のあるものを食べさせた後に飲ませるんだね」
「ありがとうございます。何か起きたらすぐに相談させてもらいます」
「ああ。さて、じゃあお代は鍬と鉈でも貰おうかねえ」
「分かりました。作り置きもありますが、注文を受けてから作る誂え品でも良いですよ。どちらにされますか?」
「こっちまで来るのが面倒だし、作り置きで良いよ」
「……でしたら、ドーラさんの身長や体つきだと、この辺りがおススメですかね」
棚に保管してあった小さめの鍬や鉈を背負子に乗せる。
どれも小さめに作っていて、体つきの小さな女性用のサイズだ。
「薬草園の管理も大変だからねえ。タニアが元気になったら、一度手伝いにきな」
「……分かりました」
これからまだ世話になるかもしれない以上、断れる要求ではなかった。
渋々了承したエイジだったが、どうしても声は小さなものになってしまう。
ドーラはそんなエイジの反応にニヤリと笑みを浮かべると、呵々大笑した。
「なあに! しっかり働けば一日で終わるさ!」
「お手柔らかにお願いしますよ。私も本当に忙しいので」
「いいっひっひ! さあどうかねえ」
これでは薬師なのだか魔女なのだか分からない。
やっぱりこの人、苦手だ。
エイジは苦笑いを浮かべ、タジタジとなった。
その夜。
薬の影響もあってか熱がいくらか下がったタニアが申し訳なさそうにしていた。
整った眉がへにょんと下がった表情は、見ていて許してあげたくなってしまう。
「エイジさん、ごめんなさいね」
「タニアさんが悪いわけじゃないですよ。私だっていつ体調を崩すか分からないですし」
「でも……」
「でもは禁止。