第1話 出会い
全てが自分が思い描いていた通りに進んでいた。
このまま自分の人生はもっと楽しくなっていく、そう確信していた。
男の名前は大森ユウ。年齢は20歳。
設立された総合格闘技団体『アサルト』期待の新人だった。
他の選手に比べて一回り身体は小さかったが、試合数をこなしていくうちに実力も着実に身に付け、徐々に人気も集まってきていた。
団体の代表からお世話になっていた事も含めて、自分は死ぬまでこの団体に所属する、お世辞ではなく本気でそう思っていた。
そう。
…あの男が来るまでは。
団体の人気も徐々に高まってきた頃、突然代表の中島が新しい1人の男を連れてくる。
その男の名前は杉村と言い、長身の顔がいかつい男だった。
中島は代表を辞任し、後任に杉村を代表とすると言った。
この男とは合わないかもしれないな、とユウは思った。
案の定、杉村が代表となってからはアサルトは低迷を辿る事になる。
所詮は杉村は素人だった。
経営の経験などなかった為、上手くいかないのは当然である。
最初の内は幾分我慢していたが、ついに所属選手に対するファイトマネー未払いが発生し始めた。
これ以上は団体の存続に関わると判断し、ユウは前代表の中島にコンタクトを取る事にした。
ユウ『中島代表、このままだと団体の存続にかかわってきます。自分自身、約束されたファイトマネーも払われていませんし、他の選手からも不満の声が上がっています』
ユウは中島に必死に訴えたが、中島は冷めたような口調で静かにこう言った。
中島『俺にはもう関係ない事や。あいつの思い通りにさせたらいい』
その言葉を聞き、ユウは団体からの離脱を決断する。
ユウ『じゃあ自分辞めます。お世話になりました』
そしてユウは団体から正式に離脱した。
そして家に帰ってユウは日課であるTwitterアプリを開き、団体からの離脱を発表するツイートをした。
それから数分後、アサルト代表杉村が新しいツイートを書き込んだ。
そこにはとんでもない事が書かれていた。
『当団体所属の大森ユウは素行不良により本日付けで解雇にしました』
ユウは目を疑った。
とんでもないデマだった。
しかしあっという間に杉村のツイートは拡散され、もう鎮めようがつかなかった。
ましてや団体の代表のツイートだ。
それを信じる者は多く、ユウの評判はあっという間に
地に落ち、文字通り社会的に抹殺された様だった。
その杉村のツイートが原因で、呼ばれるはずだった他団体からの誘いもなくなり、ユウが格闘家として生きていく事はほぼ不可能になった。
それ以降、ユウの人生は大きく変化することになる。
毎日大量のアルコールを浴びるように飲み、怒鳴り声を撒き散らすなどでトラブルが絶えなくなった。
時には自分の首を吊り自殺を図った事もあったが、未遂に終わった。
自分の居場所など、どこにもなかった。
ユウ『俺にはもう何も残っていない。地位も名誉も仲間も、全て失った』
生きる事が嫌だった。
生きる事が苦痛だった。
そしてまた自分の首を吊り自殺を図るも、やはり死ぬ事はできずまた一命を取り留める。
その繰り返しだった。
ダメダメな毎日だったが、ある日ユウは何となくで偶然見つけたゲームセンターに入ってみる。
最近オープンしたのか、大きめのゲームセンターで最新のゲームがたくさん並んでいた。
しかしユウが目を付けたのは、稼働から5年以上が経っている『ゴッドブラッド』というゲームだった。
ゴッドブラッドは自分自身がプレイヤーとなり、次々と現れるモンスター、通称"悪神"を討伐していくハンティングゲームだ。
最大4人まで協力プレイをする事ができ、稼働から5年以上経った今でもそれなりに人気を集めてるゲームだ。
ユウ『やってみるか…』
元々ゲームは好きだった為、プレイする事に特に抵抗はなかった。
プレイするのは初めてだったが、思いのほか面白かった。
幸いこのゲームは専用のカードさえ作ればプレイするのに料金はかからなかったので、ユウはこの日、ゲームを何度もプレイした。
初めてゴッドブラッドをプレイした日から1週間が経った。
ユウはこの日もゲームセンターを訪れ、真っ先にゴッドブラッドの台に向かう。
ゴッドブラッドに出会って、ユウは少しだけ心に余裕ができた気がした。
少なくとも、ゴッドブラッドをプレイしている間だけは、嫌なことを何も考えずに、ただ純粋にゲームを楽しめた。
ユウ『今日はどのミッションに行こうかな』
プレイするミッションを考えていると、誰かが話しかけてきた。
???『良かったら一緒にやりませんか?』
その声に振り向くと、そこには1人の少女が立っていた。
歳は18歳ぐらいだろうか。
身長はユウよりも少し低いぐらい。
格闘家を廃業して以降、ユウに話しかけてきた人物など誰1人いなかったので、ユウは困惑した。
久しぶりに誰かに話しかけられた、懐かしい感覚に一瞬浸っていた。
???『あの、ダメですか?』
少女は少し困ったような表情で再びユウに問う。
懐かしい感覚に浸っていたユウも少女のその言葉に我に帰った。
ユウ『…自分で良ければ』
それから2人は1時間ほど一緒にゴッドブラッドをプレイした。
ユウにとっては初めての協力プレイだったが、かなり楽しめた。
少女はゲームの経験が長いのだろうか、ほとんど死ぬ事なく次から次へと悪神達を討伐していった。
ユウ『君は強いなぁ』
ユウはお世辞ではなく素直な気持ちを少女に伝えた。
???『これでも一応ソロでクリアしたんだよ♪』
少女はにっこりと笑顔を浮かべてそう答えた。
ユウ『これを1人で!?』
2人が今一緒にプレイしていたのは、回復アイテムなどの補充無しで4連戦を勝ち抜かなければならないサバイバルミッションと言われる難関だ。
それも通常難易度に+99を追加して。
それをソロでクリアしているという事は少女は相当の腕前という事になる。
ユウ『流石にそれは強すぎるな…』
ユウがそう言うと、少女は微笑んだ。
絶対自分でも上手いと思ってるだろ、とユウは心の中で思ったが口には出さない。
???『あっ、そうだ』
少女は一瞬何かを思い立ったような声を出した。
???『いつもやってるんですか?』
ユウ『最近はいつもやってる』
少女が問うとユウは正直に答えた。
すると少女はまた笑顔になってこう言った。
???『じゃあまたやりましょうね♪』
少女のその真っ直ぐな笑顔がユウには少し眩しく、同時に少し羨ましかった。
ユウ『…タイミングが合えば』
本当はもっと良い答え方があると思ったが、ユウは素っ気なく、そう答えた。
???『ありがとう♪』
少女はまた笑顔でそう言った。
???『今日はそろそろ帰りますね』
少女はそう続けた。
少女のそのセリフで、ユウは少女の名前を確認していなかった事に気付いた。
ユウ『そういえば、君、名前はなんて言うの?』
マイ『私、マイって言います♪ 赤加美マイっていいます♪』
マイはそう答えた後で、ユウにも名前を問う。
マイ『あなたの名前は?』
ユウ『…大森ユウ』
マイ『ユウさんですね♪ また一緒にやりましょうね♪』
そう言うと少女は帰っていった。
この出会いが後々のユウの人生を大きく変える事になるとは、この時点では誰も知るよしがなかった。