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仮面屋  作者: 湯本 椛
6/6

その6

彼女らの物語に幸あれ。


「どうして……」


私が尋ねると、彼は当たり前だと言わんばかりに答えてみせる。


「君が泣いていると思ったから」


「……でも私、保本くんは悪くないのに——んっ!?」


すると唐突に、私にそれ以上喋らせないように彼は私の唇を摘んだ。その手はすぐに離れたが、私はそれ以上何かを言う気にはなれなかった。


「何も言わないで、今から言う僕のわがままを聞いて。……いいかな?」


聞いて、と強要しているのにも関わらず、すぐ後にお願い風を装うあたりたちの悪い聞き方だ。

けれど断ることはなく、自然と首が縦に動いてしまう。


「君はさっき、自分でなんとかしなきゃいけないことだって言った。でも僕は君の抱える何かを一緒に抱えたいんだ。わがまま、だとは思う。無理に君の心に踏み入っているのかもしれない。けれど、このわがままをどうか受け入れて欲しい。僕には君にわがままを聞いてもらう、その権利がある……と信じているから」


言葉の後半、恥ずかしさからかすぼんでいくように弱くなっていく彼の声だったが、それでも私にはちゃんと届いていた。

ああ、だから私はこの人が良かったのだ。彼じゃなきゃいけない理由がそこにはあった。


——だから。


「……うん、そうだね。私にも話さなきゃいけない義務があるって、今はそう思うよ」


いままでのことを全て、彼に話そうと私は思えたのだ。







素直に話した。全てを話した。

突如として私の目の前に現れた仮面屋のことから、仮面の力のことまで——本当に全てを。


「……そっか。だから君だけの問題だと自分を縛っていたんだね」


「うん、でも違ったよ。もっと早く、保本くんには話しておくべきだった」


「そうだね。僕も相談して欲しかった、というのが本音だよ。……ただ、ほんの少しの違和感は文化祭のあの日から僕の中で生まれていたんだ。君の中の勇気が恐ろしいほどに成長しているように僕には見えて……うん、正直怖かった」


彼は微かに笑みを滲ませながら、文化祭の時の心情を明かしてくれる。


「それから、君がどんどん君じゃなくなっていくようにも見えた。それもまた怖かった。だからこれは魔法かなにかのせいじゃないのだろうか、そんなことを思ったりもしたんだ。流石に仮面の力だとか、そんなことまでは思わなかったけどね」


彼は薄々感じていたらしい。私が私でない表情をしていることに。貼り付けた表情——仮面を被っていることに。

きっとそのことは、彼が文化祭前の私を見ていてくれたから気づけたことだと思う。私を気にかけてくれた彼だけが、唯一分かっていることだったのだ。

それを知り、私の思いは一層膨れ上がる。彼への想いが。


「そう、だったんだね……やっぱり保本くには敵わないや」


心からそう思うからこそ、言葉として表に溢れるのだ。彼には敵わない、それはこれから先もに違いない。


「それで、これからどうするんだい? 仮面の力はもう君にはコントロールできない、そのことが本当なら——」


「仮面屋に行くよ。そこでちゃんと話をして、自分で解決してくる」


彼の言葉を遮り、私なりの覚悟を示した。

彼は一瞬考え込むようにして黙ったが、飲み込みきれない言葉を口にする。


「僕も一緒に行く、って言ったら——君は困るかい?」


「困りはしないけれど……でも、こればっかりは私一人でなんとかしたいんだ。君には頼らないとか、一人で抱え込むとかじゃなくてね。私が仮面の力を使わなくたって、自分と向き合って本当の意味で変われる機会だと思っているからそうしたいの」


彼に歩み寄り、私は彼の手を両手で包む。そこに額を押し当てて、ゆっくりと目を閉じる。


「だからお願い、信じて待ってて」


私は目を閉じて両手に力を込める。だから彼のことを見ているわけではない。

けれど自然と、彼が頷いてくれることは分かる。分かるのだ。

そしてまた、彼は優しく私の頭を撫で、胸の中で私を優しく励ましてくれる。


「君を送り出す前に言っておかなきゃいけないことがあるんだ。これだけは忘れないで。僕は君がどんな君でもこうしてあげたいし、僕がこうしたい。僕の知る君の良さは、僕の中での君の魅力は、君が仮面を手にするもっと前から君の中にあった。だから、君は君らしくいればいい。無理に誰かを笑わせなくたって、魅了しなくたって、不幸や幸運を身に纏わなくたっていい。君は君でいいんだ。僕が好きな君は——花奏は、仮面がなくたって変わらないから」


気がつくと頬を涙が伝っていた。

それと同時に、私の中で一つの答えがまとまったのだ。私は私でいいのだと、本当は仮面なんてなくたっていいのだと。

そう、彼が思わせてくれたから。






彼の胸で励まされ、安らぎを得て、そして一つの答えを見つけることができた。それは覚悟でもあり、決意でもあり、彼との約束のようなものでもあると思う。

その思いは胸にしまった。だから、大丈夫。


ガラガラガラと音を立て、私は仮面屋の扉を恐れなどなしに開く。しかし、そこにはいつも並んでいた仮面は一切なく、ただ椅子が一つとそこに店主が背中を向けて座っていた。


「お客さん、うちは基本的に返品は受け付けていないのですよ。いや、正確には返品してもらうことが不可能、と言ったところでしょう。だってそうじゃないですか。心の引き出しにしまわれているんですよ? とても取り出せたものじゃありません」


こちらが何を要件にやってきたのか、なんの話をしたいのか、何も言わずとも答えが返ってくる奇妙な空間だ。

やはり店主は私の心が読めるようで、言葉の続きが飛んでくる。


「覚悟って言ったってね、そんなものは人間口だけってところで、所詮は薄っぺらいものにすぎないんですよ。ああ、いまは口にすらしてないから心だけってところですね。口にさえ出せないのならなお弱い。ですのでお客さん、ここはどうかお引き取りくだ—」


「薄っぺらくなんてないです!」


ここで初めて、店主が口を閉じた。

会話、と言うにはあまりにも稚拙で、いわば言葉の殴り合いのようなもの。となれば、今は私のターンだ。


「決めたんです、私は私の中に。私だけじゃない、彼の決意も含まれているんです! だから店主さん、いままでの仮面を返させてください。今だから分かるんです、もとから私には仮面なんて必要なかったって! 貼り付けの私なんて、私じゃないんです!」


「……ふむ、なるほど。お客さんには仮面は必要ないと、今になってそんな難癖をつけるんですね。それももとよりいらなかったと言い捨てるもんだ、酷すぎるねまったく」


「そ、それは……確かにそうですけど……」


言っていることになんの間違いもない、そのことがただただ無情に私の前に現れる。

ただ、どうしても引けない。私に引くことは許されない。


「け、けれど、店主さんが私の家に送ってきた二つの仮面。これらに関しては私は欲しいなんて——」


「言っていましたよ、心がね。仮面はお客さんの望むように形を変えて、そしてお客さんのもとへ届く。実のところ、私は何もしていないんですよ。お客さんがこの店に入って、望んで、それが形となって表情となってあなたに張り付く。ああ、それとコントロールができなくなってきたと思われているようですが、それは自業自得と言った方がいいでしょう。だってそうでしょう? 多くを持つ者は、その多くを制御しきれるはずがないんです。仮面は普通一人につき一つ。けれどもお客さんは強欲でした。二つ目を欲した時点で三つ目も四つ目も仮面は完成していた、これが真相です」


言われるがまま、当時の自分の強欲さが今の私を苦しめていた。

ただ、私の決意は揺らいではいなかった。


「でも今は違う!」


ここまでいって納得のしない私の大声に、店主びくりと体を浮かせる。

依然として背中を向けたままの店主に私は歩み寄り、椅子の向きを無理やりに変えて——。


——そこで、店主の顔が私の顔であったことを知る。


「……見てしまいましたね。そうです、これは見たまんまお客さんの顔です。もう一つ真相を語るとしましょう。お客さんに渡していた力を持った仮面、あれらすべてが私の顔です。私は私の顔を渡すことであなたの顔をいただいていたのです。……まぁ、私も私で顔を変えたかったのですよ。普通の顔が欲しかった、と言うのが願い。こうも力を持った表情を多く持つと、生きづらいものなんです。お客さんは身をもって知ったと思いますから、説明の必要はないでしょう?」


「……そうですね」


予想だにしない事実。

だけれども、私の心は落ち着いていた。


だって、それなら私と同じじゃないか。


「それならなおのことです。仮面を返させてください」


「ん!? お客さん話聞いてました!?」


「聞いてたから言ってるんです。私が仮面を必要ないと思ったのは、ある人に私は私でいいって言われたからです。きっと店主さんだって、店主さんのままでいることに意味があるはずなんです!」


「……何故そこまでして」


店主さんの言葉に、迷いなどなく私は答える。


「私は私が嫌いですけど、私を好きだって言ってくれる人がいるなら、そんなわたしも好きになってみたいんです」











それからしばらく、私は店主さんと話の続きをした。そしてまた新たに取引をしたのだ。


私の心の引き出しには、やはり鍵というものがなくなっていて、仮面を店主さんに返すことが可能であったようだ。店主さん曰く、自身を失うことに僅かな心残りがあったからこその結果だと言う。故に、私は私を取り戻し、店主さんは店主さんの表情達を自分の引き出しに再びしまった。


ただ、私の条件ばかりを飲んだわけではない。

かわりに私は、いままでの出来事を無かったことにした。

つまりは文化祭前、いじめを受けていた頃に戻るということだ。

店主さんにとってはそれが都合が良いらしい。まて以前の私のように仮面を欲しがっている人を探すようだが、いつかは自分を認めて欲しいと思う。生きづらい力ではあるけれど、それすらも認めてくれる誰かが現れて欲しいとも。


そんなわけで、現在は文化祭当日。ステージ発表はもうすぐ、といった時間である。

けれども私の心は静かだ。緊張はするけど、恐怖はない。だって、仮面はないけれど揺るがない決意があるのだから。


彼との約束はきっと今も残っている。この世界でも残っている。


だから。

私は前を向いていける。




初投稿、最後まで走り切れたことがまず嬉しいです。


次回も頑張っていこう!

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