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仮面屋  作者: 湯本 椛
4/6

その4

読者の皆様の中にも天使と悪魔がいるはずです。

ちなみに私は、ほぼほぼ毎試合悪魔の勝利ですね(笑)


欲しいものを手に入れて、欲しいものに恵まれて。

今の生活は、私には十分すぎるほどに幸せなものだった。


『魅了の仮面』を手にしたあの日から、私は一度も仮面屋を訪れてはいない。

もう一度、今度こそお礼だけを持って訪れるべきなのだとは思う。だが、どうにも足が向かない。

ひょっとしたらあの仮面屋を、仮面屋の店主を不気味だと思い始めているのかもしれない。


……いや、今考えればそもそもが不気味だった。


道を塞ぐように店を構えることが、他人に影響を与えるほどの力を持つ仮面が、そして人の心を見透かすあの店主が。

その不気味さが脳裏にこびり付いているからこそ、思い返せば半年間、あの仮面屋に寄っていないのだろう。

だからもう、あの仮面屋のことは綺麗さっぱり忘れようとしていたのだ。

本当に忘れられないとは知りながらも。




しかし、仮面屋と私の関係はそう簡単に断ち切れるものではなかったと思い知らされるのだった。




時は流れ、生徒会選挙から数ヶ月が経った。

季節は夏。夏といえば、学生にとって最も長い休みが訪れるシーズンである。

そんな夏休みの真っ只中、私は保本君との初デートに緊張を隠せず家のリビングをうろうろとしていた。


待ち合わせ時間から一時間も前のことであった。


ひとまず落ち着こう、そう思い私は玄関扉を開けて家の周りを散歩し始める。

二十分ほどだろうか、近所にある書店まで歩いてから家まで戻ってきた。

書店では無意識のうちに『デート必勝法』と帯に書かれた本を購入していた。我ながら無駄な買い物をしたと、玄関扉の前で本の中身を見ながらため息を吐く。


そこではたと、郵便受けから飛び出している大きめの茶封筒に視線が引っ張られた。


普通ならば配達員が手渡すほどのサイズだろう、それがなぜ直接郵便受けに不相応に入っているのだろうか。

訝しげに、だからこその興味もありげに、私は郵便受けから茶封筒を引っ張り出した。

差し出し人の名前は……見当たらない。

中身を見てみれば見当がつくかもしれない、そう思った私は茶封筒を開けてみることにした。

すると、中にはさらに梱包された何かが二つ入っていた。そして一枚の手紙も。

手紙にも差し出し人の名前は見当たらず、ただ一言。


【これが最後の品になります】


それだけ書かれていた。

もしかしたら私宛ではないかもしれない、けれども私は梱包されているその何かを開けなければいけない衝動に駆られたのだ。

衝動のままに、私は中身を確かめる。


すると、そこには二つの仮面が入っていた。


同時に差出人がはっきりとする。

それぞれの仮面に紙切れのようなものが付いていて、一つには『天使の仮面』、もう一方には『悪魔の仮面』と書かれていた。それ以上の説明はないためどのような効果があるのかはわからない。

けれどもあの店主が送ってきた仮面だ、持っておいた方がいいのかもしれない。

確かに、気になることはいくつかある。

何故私の家の住所がわかるのか、そして私がこの二つの仮面を欲しいと思っていたわけではないことも。

不気味で不思議な仮面屋、ただ今の私を作ってくれたのは仮面のおかげだ。


……ならば。





「ご、ごめん。待たせた、かな……?」


「んー、ここでは今来たところって言ったほうが正解なのかもしれないけれど、そうだね、僕は気持ちがはやってしまって随分と前に着いてたよ」


彼らしい言葉に、私は一層彼に惹かれていく。

ちなみに、あの二つの仮面はいま鞄の中だ。悩みに悩んだ末に、結局持っていくことにしたのだ。

もしかしたら今日の私に必要な仮面なのかもしれないと、そう自分の中で結論づけた結果。

気になるとすれば一つだけ、これが最後の品だということだ。


「それじゃあ行こうか」


しかし、今は彼との時間がなにより楽しい。私は暫く、仮面だとか店主の言葉だとか、そんなものは忘れて彼の隣を歩くのだった。




目的地の水族館までは電車で三十分ほど。駅近で待ち合わせをしていたので、プラス5分もすれば着いていた。

今は水族館の目玉——イルカショーのお昼の部を見るべく、席に腰をかけて開始時間を今か今かと待っているところだ。


そんな時であった。


私たちの後ろの席に座る男子高校かと思われる四人組が声をかけてきたのは。


「あれ、保本じゃん。久しぶりじゃね?」


「マジ、保本? 隣にいるのって……もしかして彼女? ……ふーん、彼女と水族館なんてこられる地位になったんだ」


彼とあまりいい関係とは思えない話の切り出し方に、私は怯えて彼の影に隠れるように視線を逸らす。


「ひ、久しぶりだね……三、四年ぶりくらいかな、はは……」


あからさまな愛想笑いを浮かべる彼は、いつもの彼ではないように私の目に映る。


「そうだな、見ないうちにお前は随分と変わったぽいな。もっかい可愛がってやってもいいんだぜ」


「い、いや、遠慮しとくよ……」


「彼女もできて調子に乗ってるっぽいしな。あ、なんなら彼女に昔話でもしてやれよ!」


「おお、そりゃ名案だな! 保本、お前の代わりに俺がしてやろうか? お前の昔話」


ケラケラと彼を笑う四人組と、それを見て貼り付けるように笑顔を見せる彼。何も言えない、何もできないからこそ、私は私が申し訳なくなってきた。

きっとこの四人組は、中学の頃に彼をいじめていた子達なのだろう。だから彼はこんなにも萎縮して——。


「ああ、そういえば、今日はペンギンショーでペンギンの赤ちゃんが見られたんだった。待ってる中ごめんだけれど、今日はそっちを見に行かない? 今からでも間に合うからさ」


否、彼は昔とは違ったようだ。


彼らから一旦距離を取る、その選択は正しいものだと私も思う。だから私は、彼の提案にノータイムで頷いた。

後ろから刺々しい言葉が飛んでくるけれど、彼は私の手を引いて後ろを振り向くことなくイルカショーの会場を後にする。


その一方で、私は一度後ろを振り返り彼らを睨みつけていた。


何故、そんなことをしたのか。

不思議なことに私にもわからない。

普段なら絶対にしないこと、それだけが唯一わかっていることだった。




その日——水族館デートの帰り道のことだ。

強く振る舞っている彼の姿が傷を隠すようにしか見えなくて、私はただひたすら彼に笑って欲しいがために明るく振る舞った。

もしかしたら、柔和な笑みなんてものができていたのかもしれないし、慈悲深い目をしていたのかもしれない。あくまでも、かもしれない上での話だ。

けれど私がそのように意識を働かせていたおかげなのかどうなのか、彼を嘲笑う四人組と別れてからはいくつもの幸運が舞い込んできたのだ。

例えばそのあと向かったイルカショーのチケットが完売していたけれど、通りがかりの親子が急用ができたから貰ってくれないかとチケットをゲットしたり。

また水族館の抽選で見事に一等を当て、彼が水族館の年間パスポートを貰ったり。

偶然も偶然、水族館の外の休憩スペースで四つ葉のクローバーを見つけたり。

兎にも角にも、私達の周りに幸運が満ち溢れているかのようであったのだ。




そしてこの日最も奇妙なことが、帰り道に起こった。

 

これは幸運ではない、むしろ不運。しかし、私達に対しての不運ではない。さらに言えば、不運と呼ぶほど可愛いものでもない。運だとかそんなものではなく、単純に私達の目の前で起こされるべくして起きたような、そんな感じの事故であったからだ。


その事故は帰り道、交差点で起こった。

私達が水族館を出て帰りの電車に乗るため駅に向かう途中のこと。先程の四人組が後ろから私達のことを指差しながらケラケラと嫌な笑みを浮かべていた。

無視できるほどの距離でもなく、かと言ってここで正面から言葉で当たってしまえばそれこそ彼にとっても私にとっても嫌な思いをすることになってしまう。

だから足早に私達は交差点を渡った。


その直後のことだ。

大型トラックが交差点に突っ込んできたのは。


早めに渡り切っていた私達は無事であったが、後ろにいた彼らは息はあったもののすぐに救急車が来て搬送されていた。

その事故は、まさに私達が彼らを邪魔だと思ったその刹那に起こったものだったのだ。


そこで私は慌てて鞄の中身を覗いた。


するとそこには、今日の朝に入れたはずの二つの仮面がきれいさっぱり消えてなくなっていた。
























心の中で、悪魔の笑い声が響いているような感じがしたのは、私の気のせいだろうか。

『悪魔の仮面』怖すぎる案件。

『天使の仮面』は正直に言って欲しい、すごく。

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