その3
恋だとか愛だとか、難しいですよね。
頑張れ主人公。
仮面屋を後にした私の鞄には『魅了の仮面』が入っている。この仮面もまた、『笑いを誘う仮面』と同じく心の引き出しにしまわれるらしい。
『魅了の仮面』の効果は名前の通りで、仮面を被った人が普段の何倍も魅力的に見えるというもの。
魅了的に見えるというのは、見る側によって様々なように映るようで。艶美に映ることもあれば、カリスマ性溢れるように映ることもあるそうだ。
しかし、私にとってはどう映ろうが魅了さえできていれば問題ないのだ。
ただ一つ、今となってできた大きな望みを叶えるために……。
いじめを受けていた頃——私がまだ仮面屋と出会う前のことだ。
私には恋だとか愛だとか、そんな青々とした春に手を出す余裕なんてものはこれっぽっちもなかった。……なかったけれど、それでも興味くらいは持っていた。
それは、ある一人のクラスメイトが私に優しくするから芽生えた、小さな小さな興味だ。
彼は私がいじめを受けていた頃から、自然と私の中にいた気がする。今では沢山の人が私の中に住んでいるけれど、そのずっと前から彼は住んでいた。
大丈夫、と心配するだけの人ならば何人かはいたけれど、彼のように手を差し伸べてくれる人はいなかった。
彼が唯一だった。
始めは土足で私の中に入り込んでくる彼が、何もわかっていないような気がして腹を立てたこともあった。
けれど、傷ついている人をそのままにしておけない彼の性分が見せかけてのものじゃなくて本物だと気づいた時、私は申し訳ない気分になると同時、自然と彼が私の中で大きな存在になっていくことを感じていた。
それ故に私は——彼の隣にいたいと望むのだ。
今ならわかる。
これが恋と呼ばれるものなのだと。
そのために私ができること……。
放課後の生徒会室、私は相談したいことがあるとの体で彼と二人で話せる機会を得ることに成功していた。生徒会室で話しているのは、彼が一年生ながらに生徒会副会長だからだ。
「話すのは久しぶり、だよね」
「そうだね。君は随分と有名になったから、少し遠い存在になってしまったようにも思えるよ」
「そ、そんなことはないって」
いつぶりだろうか、彼と話すのは。
いや、面と向かって話すのはもしかしたら初めてかもしれない。そんなことを考えながら、私は本題に入っていく。
「それで今日話しがしたかったのは、私から君に一つお願いしたいことがあるから」
私の言葉に彼はゆっくりと頷く。私のタイミングで切り出してくれればいいと、優しい目をして見つめてくる彼。
ああ、やっぱりこの人の隣がいいと、恋することを覚えた私は少し赤くなりながら口を開いた。
「君に、私が生徒会長になるための手伝いをしてもらいたいの」
一瞬驚いたようにも見えた彼だったが、すぐに目をつぶって何かを考えると、また優しい目を向けてきた。
「うん、わかった。いいよ、君が生徒会長になるなら僕も楽しいしね」
「た、楽しくはないと思う、よ……」
「いやいや、楽しいよ。君はとっても面白いし、それに僕にはない勇気を持っている」
「勇気……?」
首を傾げる私に少し悩むような仕草を見せる彼だったが、どうやら話してくれるようで、前置きにあまり他の人には話して欲しくない話だと、そう言ってから話し始めた。
「僕も中学の頃、少し前の君みたいな扱いを受けていたことがあったんだよ。まあ、君ほど辛いものではなかったかもしれないけれど、いじめを受けていたっていう自覚はあった。結局、僕は中学卒業までどうすることもできなくて、それで地元から離れたここの高校に入学したんだ。僕がいじめられていたってことも周りは知らないし、何よりまっさらな状態から始められることが生きやすかった」
昔を懐かしむように、けれども悔いるように彼は続ける。
「いわゆる高校デビューってやつだね、僕がやったのは。中学の頃の過去は捨てて、高校で楽しく過ごそうと思ったんだ。だから生徒会に入って、それで副会長にもなった。ここの高校では生徒会の一員ってだけでスクールカーストの上位に居られるって風潮は知っているよね? そのおかげで今は楽しくやれてる。本当に、昔に比べたら楽しくね」
そこで話は終わりだろうかと、私も聞きたいことがあって口を開こうとするが——。
でもね、と彼は言う。
「どうしても、昔を思い返してしまうんだ。今でも。そんな中、君を見つけた。少し前までの君は昔の僕を見てるみたいですごく辛くて、その辛さを紛らわすために僕は君に声をかけていたし、手も差し伸べた。だから僕は何も優しくない、むしろ君を理由に安心していた卑怯なやつさ。それからというもの、僕は昔の自分を君に重ねてきた。——だからこそ、君がこの前の文化祭で自分の世界を変えて見せたことがとてつもなく凄いと思ってしまうんだ。僕には到底できないことを君はやってのけたんだから」
言い切って、彼は荷を下ろしたかのようにほっと息をついた。
彼の言ったこと全てに救われたような思いになって、私は胸がいっぱいになっていた。気を緩めれば涙が溢れてきそうな、そんな状態だ。
それと、彼も私と同じ境遇に置かれていた時代があったのだと知れたことが、なぜだかとっても嬉しかった。それはおそらく、少し彼との距離が近く感じたからだろう。
「君は生徒会長になりたい、それでいいんだよね?」
「……うん、なりたい。君と——保本くんと一緒に生徒会長になりたい!」
私は初めて彼の名前を呼んだ。
彼はにこやかに、二人で生徒会長にはなれないから僕はまた副会長かな、と笑った。
「それじゃあ……改めて、応援演説よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。次期生徒会長さん」
「む、フラグみたいな呼び方だなー」
久々に心から笑ったような気がした。笑わされたのではない、笑ったのだ。
それに、こんなにも砕けた話し方をしたのは彼が初めてかもしれない。それがどれだけ嬉しくて、どれだけ感慨深いものだったか。
こうして私は生徒会長への道を着実に一歩踏み出したのだった。無論、私が生徒会長を目指す理由は彼の近くにいたいからというものだ。
そしていつかは、彼と一緒に隣を歩きたい。
その思いを胸に、私は生徒会選挙がある五月までの約半年間、仮面と共に多くの人との関わりを掴んだ。いかに多くの人から指示されるかを考えての行動であり、そのための仮面——『魅了の仮面』。
魅力があれば人は寄ってくる、という一見して安直に思える私の考えは、しかしながらうまい具合にはまっていて。
そして気が付けば学年は一つ上がり、生徒会選挙では他の会長候補者に私の影を踏ませることもなく、ぶっちぎりの獲得票数で私は会長の座を獲得していた。
もちろん隣の席——副会長の席には保本くんがいた。
思いを伝えるまで、そう時間はかからなかった。
最初の生徒会会議を終え、私と彼だけが残った生徒会室。
そこでようやく、彼の中に私は住むことができたのだ。
保本くんが良い人でよかったね、主人公の私。
あと『魅了の仮面』がチートすぎるw