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仮面屋  作者: 湯本 椛
2/6

その2

みなさんにとって、文化祭は楽しみな日ですか?

私の中では楽しい思い出に含まれます。

翌日はすぐにやってきた。文化祭当日だ。

ケタケタと揺れるこの不気味な仮面を鞄に入れたことを確認し、私は家を出る。


学校までの道、私が目にするほとんどの生徒があからさまに浮かれていた。

演劇で使う衣装だろうか、重そうな紙袋を二つ腕に下げた女子生徒も忙しさが嬉しいと言わんばかりに私を追い抜く。

昨日までは怠そうにクラスの手伝いをしていた同じクラスのガラの悪い彼も、文化祭当日にはワクワクを隠せないようで、いつものメンバーと騒ぎながら校舎に入っていく。

けれど私は今日も一人。文化祭なんて早く終わってしまえと、そんなことを願いつつ階段を上がっていく。

ただ、今日の私にはこの仮面がある。そのことがほんの少しの勇気となって、今だけはいつもより強い私でいられた。

私の出番はお昼休憩のすぐあと、ステージ発表の一番最初だ。

きっと私をいじめるあの子たちは、私のことなんて今は忘れて文化祭の始まりの合図を今か今かと待っているに違いない。

クラスの前準備を手伝う私は、作業をしながら彼女らいじめっ子達のことを思い浮かべた。そして、彼女らが私の顔を見て笑い転げている姿を想像し、それがなんと気持ちの良いものだろうかとステージ発表までのモチベーションを高める。

それでも不安になる時は、仮面を鞄から出して心を落ち着かせる。私なら大丈夫だと。


なんせ、今日の私は誰よりも面白いのだから。




後ろに何かを控えた時ほど、時間の流れが早く感じるのは気のせいではないだろう。お昼休憩が終わって、私の出番がもうすぐそこに来ていた。


「その……頑張ってください」


ステージ裏で、気が弱そうな放送部の後輩に言葉をかけられた。

いつもの私なら、その言葉がどれほど嫌だったか。おそらくこの後輩は私が嫌がらせでステージ発表をしなければいけないことを知っているのだ。

そんな無責任な言葉をかけてくるくらいなら——そう思ってしまう。

けれど、今日の私はいつもの私ではない。

仮面を片手に、私は覚悟を決めてステージ脇のカーテンをどけた。そして、後輩に言葉を残して一歩を踏み出す。


「うん、見てて。実は私、すっごく面白いから」


そして私は、仮面を被った。




——そこからの時間、私はなにもしていないに等しかった。お昼前とは違う意味で、時が過ぎるのが早いように感じた。

出し物はとても単純なもので、スクリーンに私の顔を映すだけ。題目は変顔全集というもので、ただただ私が変顔を披露していくだけ。どれだけすごいお笑い芸人でも躊躇う出し物だと、自分でもそう思う。成功のビジョンがあまりにも見えないものだから。


けれども。


誰も彼もが笑っていて、いじめっ子達も笑っていた。

目に見えてわかる。成功だった。






私はこの日を境に有名人になった。

それと同時にいじめはなくなった。

私は勝利したのだ。この仮面と共に、文化祭を乗り越えその先を手に入れたのだ。


仮面はもう手元にはなかった。店主の言う通り心の引き出しにしまわれたのだろう。でもそれはいつでも取り出すことが可能で、最近はもう一度あの変顔を見せてくれと頼みにくる人が多いためよく取り出している。

心の引き出しからこの仮面を取り出すたび、私は思わずにはいられないのだっだ。

ああ、私の人生は本当に一変したのだと。




文化祭から一週間が経った。

店主にお礼を言うため、私はあの店の前に立つ。少しだけ『仮面屋』と書かれた看板のその文字が薄くなっているような気がしたけれど、これは気のせいだろう。


「おじゃまします……あの、店主さんいますか?」


初めてお店に入る時ほどではないが、それでもやはり恐る恐る足を踏み入れる。

奥から声が聞こえた。遅れて足音が聞こえてくる。


「はいはい、居ますとも居ますとも。お、この前のお客さんじゃないか。また来てくれたんだね、いらっしゃい。それでどうだったかい、うちの仮面の被り心地は?」


「今日はそのことでお礼をと思って。店主さん、本当にありがとうございました。あの仮面のおかげで、今は毎日が楽しく思えて仕方ないです!」


私は深く頭を下げる。そんな私を見る店主は、なぜか静かに笑いだした。


「えーっと……」


店主の笑いに戸惑いを隠せない私だったが、やがて店主は笑うことをやめて私の肩をポンと叩いた。


「いやね、なにも可笑しくはないのだけれどさ。そうだね、可笑しくて笑ったというよりも、君がうそをついていることが見え見えでね」


「うそ、ですか? そんなつもりは——」


「いいや、うそだよ。なにも隠せやしていないのさ、お客さんの本心は。今日はお礼を言うために来た、お客さんはそう言っだけれど本当はもう一つの目的があったんじゃないかい?」


「それは……」


店主の言葉は不気味であった。しかし、私がこの仮面屋に来た理由がお礼のためだけではない、このことが実は本当であるのだ。まったく、店主の言う通りなのだ。

「……店主さん!」


「おっと、またなにかが欲しいと言う顔だね。うんうん、わかるよわかる。お客さんが次に求める仮面、それはきっとこれだね?」


そう言って、店主は懐から一つの仮面を取り出したのだった。


仮面の名前は——『魅了の仮面』


看板の文字ってすぐ薄れるものなんですかね?


たかだか一週間で、そんな変化に気づくほどに薄れますかね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虐めっ子とあんな感じで対決するなんて。 でも確かに文化祭出し物で晒し者は辛すぎるので、確かに主人公にとってあの仮面は必要な物だったのかも。 虐められっ子が一転、人気者になって嬉しいのは…
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