第3話 身体測定・体力テスト「後編」
なんか特徴を書き忘れてたみたいですっ!
エジマ=ユウキ :黒茶の髪
オオカワ=カオリ:黒の髪
セイ君とは家の方向が違う。彼の家は電車で2駅先の街にある。それとは違い、私の家は学校から徒歩で行ける近さ。家賃が安いアパートがセイ君家の近くになかったのでしょうがない。
しかしカオリとは同じ方角だったため、現在一緒に帰っている。
「ひどいよユミ。運動得意って先に言ってくれてたらほかの人と体力テストしたのに...」
「運動得意なの言っちゃったら一緒に回ってくれなかったんでしょ?」
そんな会話をする。いかにも親友同士の会話らしく、私はそんな状況に浸っていた。
するとカオリが急に、
「ねぇ、なんで朝、セイ君に抱き着いたの?もしかして悲しく別れた元カレとか?」
と聞いてきた。
クラスの人全員の前で抱き着いたのだ。聞かれて当然だろう。聞かれるとは予想はしていたけれど、ここで聞いてくるとは思わなかった。
元カレどころかいま彼、いや、結婚しているなんて絶対に言えないよなぁ。けれど答えなかったら逆に怪しまれる。
凡人の脳みそをフル回転させ、何とか解決策を考えた。
私の元カレに似てたから?ダメだ。彼氏がいたことのない私から考えれば、今度彼氏の話をすることになった時について行けない。ボロが出てしまう。
同じ小学校だったら?これもダメだ。まず小学校が同じだけで抱き着くなんてありえない。逆に怪しまれる。セイ君にもこのことがばれてしまう。バレて下手に気を遣われたら、それこそこれからの関係がぎこちなくなる。
私の思い出の人に似てたから?これならうまくいくのではないか?「思い出の人」と曖昧に表すことで、親戚・元カレ・片思いの相手、何でも対応できる。これで行こう。
「ちょっと私の思い出の相手に似てたから...かな?」
私は視線をカオリに向けて答えた。これでどうだ!これ以上詮索されたら私の脳みそは追いつかない。
カオリは少し目を細め、口をとがらせる。
ヤバイ、確実に怪しまれている。そもそも、自分の言葉がぎこちな過ぎた。こんな答え方をされたら、いくら言葉が完璧だからと言って、怪しまないほうが不自然だろう。
「ふぅん...そっか。なんか絶対隠してるけど、今は詮索しないでおいてあげるよ。私はここ右だから、じゃぁね。」
一言そういうと、カオリは小さく手を振り、右に曲がる。
神様ありがとう。ちょうど分かれ道がここにあると知っててカオリにこの話をさせたんだよね。
私は救われた。神様は信じていなかったけれど、今日から信仰しようかな?
1人でそんなことを考えるのもなんか馬鹿らしい。
頭がつかれた。
「なんか...帰ろう。」
私は1人黙って家まで帰った。
お風呂に入りながらふと考える。
今日は持久走以外の種目を終わらせた。先生は明日持久走をやると言っていた。
私の目標は、セイ君に合計得点で勝つことだ。別にセイ君が1番になるって決まったわけではないけど...。
けれどセイ君は今日、明らかに眠そうだった。これで勝って喜んでも、セイ君が本調子でなかっただけかもしれない。
そう考えると、罪悪感であふれた。小学校の頃の出来事からといい、私はセイ君と会うと罪悪感で押しつぶされそうになる。
母に結婚を申し込んだのだって、小学校の時の出来事の償いである。
同窓会の時、久しぶりにセイ君のお父さんにあったという私の母。彼が自分の病について話しだし、息子の結婚相手を探しているといったときに、母からの電話が届いたのだ。
最近はLINEのメールが主流というのに、わざわざ電話でだ。今思うと、よっぽど自分の口で話したかったという母の考えが伝わる。
内容は、
「あなた、セイ君と同じ小学校だったわよね?どう?セイ君と結婚したくない?」
私は母が何を言っているのか、最初はわからなかった。ただお酒に酔っ払い、急に電話をしたくなったのだろう。そう思ったのだ。
けれど相手はセイ君。自分のせいで記憶を失った男子だ。少し母の話の続きを聞きたくなった。
「セイ君が、自分の結婚相手を欲しがってるんだって。高校生なのにあの子、意外と強欲よねぇ。」
そんな母の言葉に、私は思わず本当の出来事かどうか訪ねた。
答えはYes。
自分のせいでつらい人生になってしまった彼が、結婚を求めている。
あの時、何もできなかった自分への憎しみが、母への返事をYesにしたのだ。
何もできなかった自分への罪悪感からの結婚。そこには、愛も憬れも、何1つとして存在しない。それは、彼の人生の一部を無くしてしまったが故の、私の一生をかけた償いだった。
って、そんな話をしたかったんじゃない!
気持ちを切り替えろ。明日は持久走だ。
こんなことで迷っていたらセイ君に勝てない。でも私が勝ったら、少なくともセイ君が嬉しくはならないだろう。
そんな迷いが、彼にまた1つの恩を作ることになるなんて...。
次の日、体育の時間。
持久走は、男子が1500m、女子が1000mだ。校庭にあるトラックを男子が先に走り、そのあと女子が走る。
早速男子の1回目が始まった。
友会高校の持久走は、1日に2回走って終わりらしい。3~4回練習をしてから本番という学校もあるし、その中から自分のベストタイムを記録にできる学校もある。友会は短かったタイムを記録にできるほうらしい。
ていうかそれ以前に、1日に2回も本気で走るなんて...、私は好きだからいいけど、運動が苦手な人にとっては地獄だろうなぁ...。
そんなことを考えていると、男子の1回目はあっという間に終わる。
1位は当然、エジマユウキ。4分36秒だった。さすがエジマ君......って、えぇぇ!?
セイ君が1番になると思っていた私は、驚きを隠せずにいた。
たっ確かに、持久走はセイ君があまり得意な種目ではなかったけど..。それにしたって、ユウキ君が1番を取るのはおかしいと思った。
セイ君の親友であるエジマユウキ。彼がセイ君と体力テストを行っていたのは見たけど、何1つとしてセイ君に勝てていなかった。それどころか、大体の種目で下から10番以内である。
あ、たまーにいる、持久走だけはめちゃくちゃ得意でほかの運動はダメなんです系男子ってこと?聞いたことはあったけど、初めて見た。
そして私が気になっているセイ君はというと、4分40秒で2位。どっちにしても早かったし、
「くっそぉー、今年も負けた。いや、2回目で絶対に勝ってやる!」
などと言って逆に盛り上がっている。正直よくわからない。
そして自分が含まれる女子の番になった。
「よぉーい、」
先生の声が響く。そして手に持っていた、運動会の時とかに使われる、あのよくわかんないピストルのようなものを構える。
ーバンッ!!-
いよいよ持久走の1回目が始まった。
自分のペースで、足と呼吸のリズムを合わせる。
なんか胸のほうに集まる男子の視線が痛いような気がするんだけど...。そんなのを気にしていたら無駄に体力を使ってしまう。考えるのは良そう。
現在私は1位。2位との差はかなりある。行ける!このままペースを崩さずに頑張れば...!
私は自分のペースで走った。
それは、あと1/4でゴールまで着くといったときに起こった。
急に男子たちの視線がなくなったと思い、辺りを見渡す。
すると、休憩を取りつつこちらの様子をうかがっているセイ君がいた。こちらを見つめていたので、思わず彼を見てしまう。
それを見たとき、ほんの少し迷いが生じてしまったのだ。セイ君を見たときに毎回生じてしまう罪悪感、その感情が今、走っている途中の私を襲った。
感情が自分を襲ったとき、体は一瞬鈍くなる。その鈍さが原因で、足を外側からねじらせる。
幸い、転ぶような出来事はなかったが、左足をねじらせてしまった。
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1回目を終えた俺は、水を飲みに行った。
そして校庭に戻ってくると、すでに女子の持久走は始まってるではありませんか。
2回目の準備と言っても特にすることもない俺は、暇つぶしのつもりで女子の持久走を見た。
なんか今年の女子は全体的に早いなぁ...。そんな軽い気持ちで、先頭が誰なのか気になった。
ふと目を向けると、
「えぇぇ...!!ユミが1番!?」
そう、先頭を走っているのはユミであった。
驚いてつい声に出してしまったが、当然であろう。あんなに重たそうなものを持っているのにあんなに早いのだ。
っと、俺が少し顔を真っ赤に染めたと思ったら、
「なぁなぁセイ、ユミちゃんの胸、やばくない?あの、ブラで少し抑えられているけれども、わずかに揺れているところとか。もう目がくぎ付けだよぉ。」
隣で、俺に持久走だけ勝ってイキっているユウキとか言うクズの塊が俺の嫁さんをエロい目で見ていた。ユウキだけではない。他の男子もくぎ付けである。
俺のユミなのに...。
少々ムカついたが、その直後に良い案を思いついた。
ユミが来てからどうなったのかはわからないが、この学校には、友会高校2大美女というものがある。ほかの人とは違い、ずば抜けて可愛い美女が2人いるのだ。
1人目はコンノ=ミオ。2年4組にいる、明茶色の髪のロリっ子系妹キャラだ。全体的に貧相だが、それがたまらない!という人も多く、俺と同じ中学だった子だ。
2人目はタカハシ=カナ。俺と同じクラス、つまりは3年2組の女子。全体的にすべてが普通だが、それが良いという人もいる。また、青がかったように見える美しい髪と、可愛い顔立ちがよく、少なくともユミが来るまでは、クラスの男子が全員注目していた。
まぁ、俺は、ユミのほうが可愛いと思うんだけどね...?ね?
あれ?何の話をしてたんだっけ?っあ、そうだ、ほかの人の目をユミから離れさせる案だった。
今持久走をしているのは3年生の女子だ。もうお分かりいただけただろう。
つまり俺が言いたかったことは、2大美女で3年生のカナちゃんのほうに全員を注目させ、自分だけユミを見るということである。あ、言っておくけど、ユミを1人締めしたいわけじゃないからね!
「おい見てみろよユウキ!カナちゃん、汗をかきながら一生懸命走ってる...!可愛くーー
「うわぁ!マジだ、やべぇ。僕カナちゃんのほう見るわ。おいみんな!カナちゃんのほう見ようぜ!」
さすがはエロければ何でも良い人だ。チョロい。俺が最後まで話す前に内容を理解してくれた。しかもほかの男子だって全員持って行ってくれた。持つべきものは親友である。
さて、これでようやくユミを1人占め...ではなく、1人で静かに応援できるようになったわけだが、ユミの走り方を見て、俺は何か懐かしさを感じた。
前かがみだけれども背筋はまっすぐ伸びている、手と足の動き方がしなやかな走り方である。
「どっか見たことがあるんだよなぁ。前にあったことがあるのかなぁ。」
よくはわからないが、記憶にある光景だ。気になるので、今度聞くことにしよう。
俺はユミをじっと見つつそう考えた。
すると、ユミもこっちに気付いたのだろう。こっちを向いた。
その表情は、額の汗が軽く輝いていて可愛さ倍増。息遣いも荒くなっているところから、んん...なんかやらしいなぁ...。あ、決して喜んではないよ。決して。
俺がユミを見ながら変なことを考えているとその時、ユミの姿勢が若干斜めるのが見えた。
直後、走り方が急に少し変わる。俺が見覚えのある走り方をしている、ユミだったからこそわかった。他の人にはわからないくらいの走り方の変動だったかもしれない。
最後まで走ろうと頑張っているようだが、顔が苦しそうだ。明らかに足をくじいている。いや、ねん挫かもしれない。
先生も見ていなかったので、おそらく俺以外誰も気づいていないだろう。
走り続けて怪我が悪化でもしたら最悪だ。今すぐ棄権させるために、俺は1歩足を前に出す。
・・・。
しかし本人は頑張って走っているのだ。もしも俺が途中でケガしても、せめて1回目ぐらい最後まで走らせてほしいと思う。
俺は前に出した足を引っ込め、持久走のゴール地点まで走った。
俺がゴールについてからユミがラストスパートに入るまでは速かった。
「え?はやっ...」
などという声も聞こえてくるが、口に出してしまうのはしょうがないと思う。
もう1度言うが、あんなに重いものを持っているのだから。
そして、ユミは足を痛めてるであろうに、最後はそれを顔に出さずにゴールした。
「ユミちゃんおめでとう!1位だよ」
や、
「3分32秒、すごい、10点じゃん!」
などという声が男子から上がるが、それどころではない。
俺は先生にすぐさま事情を話し、ユミをおんぶして保健室へと向かった。
・
・
・
保健室に入りユミをベッドに座らせると、保健の先生はすぐさま診察を始めた。
ユミの左足を触り、状態を確認する。
その左足首は赤く腫れ、とても痛そうな状態だった。
診察が終わったのだろう。ユミの足から手を離すと、保健の先生は、
「これはねん挫だね。セイ君ありがと。もう1回走ってたら骨折しちゃうところだったよ。」
といった。
その言葉を聞き、俺も肩が緩みベッドの上に座る。
「保健室の湿布切らしてるから、職員室から持ってくるね。ちょっと2人で待ってて。」
ナースの服を着た、学校の先生で1番美女な保健の先生は、1言そういうと職員室へ湿布を取りに出て行った。
ーシーン...ー
保健の先生が出て行ったことにより2人きりになる。
夫婦がそろっているのにとても静かな状態でなる。とても気まずい。
何か話を吹っ掛けたほうが良いのだろうか。そんなことを考えていると、
「セイ君...、次男子が持久走だったじゃん。こんなことしてよかったの...?」
ユミが聞いてきた。
何だこいつ。まさか自分が悪いことをしたとでも思ってるのだろうか?
「別にいいんだよ。一応持久走も10点だし。それに、自分の嫁さんが足を怪我したらそっちを優先するのが夫として当然だろ?」
「でも...。ユウキ君に絶対勝つぞ!って意気込んでたし。私のせいで...」
ユウキに勝つぞ?...って、そこまで聞いてたのか。
それにしてもネガティブすぎる。昨日階段で俺をからかったときの明るさはどこに行ったんだよ。
困った。ここまでネガティブになられると解決策が思い浮かばない。こうなったら一体どうすればいいんだ?
すると、
「ごめんなさいっ!!」
半泣きの状態で汗と涙が分からなくなったユミが、俺の胸に顔を擦り付けた。
人に頼った結果、よっぽどいやな経験でもあったのだろう。相当悲しんでいる様子だ。
この状態で俺にできることはただ1つしかない。
両手を大きく広げ、そのままユミの背中へと回す。
「いいんだよ、別に。俺にとってお前は、唯一無二のお嫁さんなんだから。親友との対決よりも、自分のお嫁さんのほうが大切だ。そんな大切な人が骨折するくらいなら、俺が骨折してやるよ。だから安心しな。」
優しく、そっと呼び掛けてやった。
その瞬間、ユミの涙はおさまり、すぐさま笑顔に戻った。
「ごめんね..面倒かけちゃって!それにしてもセイ君にとって、私はそんなに大切なんだ...(ニヤニヤ」
「それはっ...そうだけど。もう涙おさまったなら離れて!」
「ヤダッ、もっとセイ君と一緒にいたい!」
「えぇ...」
抱き合ったまま、しばらくの時間が過ぎた。その間に何かを話すことはない。それでも心は温かかった。
この後、抱き合った状態の時に保健の先生が帰ってきて、あんたたち何やってるの!?と怒られたのは、また別の話である。