第1話 嫁との出会い
小学校を卒業し、中学校生活に幕をあげるはずだった春休み。
私の親友だったイシカワ=セイは記憶を失った。
卒業式の後、もうすぐ中学生だしゲーセンに行ってもよくない!?とクラスの友達が言った。その話にみんな賛成。
随分と前のことだから忘れてしまったけど、かなりの多人数でゲーセンに行ったと思う。
その中にはセイもいた。
「おい!早く渡らなくちゃ赤信号になっちゃうぞ!」
「急げ急げ!」
ゲーセンがある駅の前の横断歩道、車が多くとても危険だった。なので私も急いで渡ろうとしたのだ。けれど、
__ズテンッ!!__
転んでしまった。
横断歩道だから車は止まってくれてるだろうし、少し位遅れても大丈夫だと思った。
━━けれど現実はそんなに甘くなかったのだ。━━
私たちと同じ方角へ走っていた車、その1台がスピードを下げないまま曲がってきた。
赤信号になる直前だったから急いだのかは知らない。
けれど、私の後ろを走っていた車は倒れている私に気付くことなく突っ込んできた。
そして、その時に事件は起きたのだ。
「○○、危ない!」
最近よくあるラノベのように、私をかばって助ける代わりに、自分が犠牲になってなって車にひかれてしまったのだ。そう、セイが。
セイの頭からは大量出血。すぐに救急車が呼ばれて病院へと運ばれた。
「セイ...?セイ?大丈夫?」
みんながセイに呼び掛ける間に手術が行われた。
手術は無事成功。
みんなが安心した次の日にセイは目を覚ました。
私はセイが目を覚ましたことを聞いて、いてもたってもいられず、病室まで向かった。
「セイ!ごめんね..ごめんね、私のせいでセイが...」
「お前、だれ?」
「え?」
━━現実はそう甘くない。━━
衝撃的な一言だった。
お医者さん曰く、脳に後遺症が残ってしまい今までの記憶を忘れてしまったらしい。
私はショックで立ち直れなかったまま隣町まで転校。おそらく彼は、私の名前もわからないままだっただろう。
私があの時転んでいなければ...、私があの時ゲーセンに行こうとしなければ...、最近でも思い出してしまうことがある。
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俺の名前はセイ。
4月2日誕生日の牡羊座。中学生になる前に記憶を失ったけど、その後勉強を頑張り何とか入学。今は私立友会高等学校の3年生として、入学式のイスや校旗の後片づけ、及び雑用係を買って出ている。
「お前、クラスでもそこそこモテるんだからこんなことしなくても彼女ぐらいできるだろ?」
彼の名前はエジマ=ユウキ。中学からずっと同じクラスで、苗字も近いから俺の席の後ろだ。
「何を言ってんだよユウキ。俺はモテたいんじゃない、先生からの評価をあげて部活を作りやすくしてるんだよ。」
髪は黒、身長もそれほど高いわけではなく目立たないように思えるが、俺は意外にモテてるらしい。ユウキが言うなら...。あれ?でも俺、1回も告白されたことないよっ?!
ラブコメ主人公によくあるような地味キャラではないけどな。
「そうか、お前ゲーム部を作りたいんだったもんなぁ。でもEスポーツとかじゃないただのゲーム部なんて、いくら頑張っても無理だと思うぞ?」
俺だって無理なことぐらいわかってる。それでもゲーセンに対するこの愛を部活として形にしたいのだ。
「まっ、せいぜい頑張りな。ゲーム部を申請するときは俺が部員になってやるからよ。」
そう言ってユウキは体育館から出て行った。
ー学校の帰り道。ー
部活を作るには同好会を作んなくちゃで、部活を作るときに必要な人数は4人。
誘ったらみんな入ってくれると思うけど、なんか違うんだよなぁ。
なんていうかこう、仲が良い人だけで作りたいというか...。難しいよな。
そんなことを考えていると、気づいたら家の前にいた。
小さいころに母が交通事故で他界したため、親父との2人暮らし。大きいような気もするが2階建ての一軒家だ。
今までは親父が仕事から帰ってくる前にご飯を俺が作るといった流れだったが、高2辺りから違う。親父の病気が発覚し、毎週病院通いでほとんど働いていない。そんな中でも貯金をためて学校に通わせてくれている親父には感謝しかない状態だ。
「ただいまー。」
俺がいつも通りドアを開けると、普段はリビングのソファでテレビを見ているはずの親父が玄関に立っていた。
「セイ、俺、昨日の夜同窓会に行ったんだ。お前が朝早くて話すことができなかったけれど、中3の時、せめて俺が死ぬ前には結婚しろよって言ったよな?」
「何いきなり。まぁよくそんな話してたような気がするけど。」
「俺、あの時の予想より早く死ぬ。持ってあと1か月らしい。明日から俺は入院することになった。」
「え?よしてよそんなウソ。冗談はいらないから。」
俺はほとんど親父に育てられてきた。そんな俺にとって、大切な父親といられるのがあと1か月というのは悲しすぎた。
しかし、そんな俺の悲しみを知らない親父は、俺の感情を横流しするように話を続ける。
「嘘じゃない。それで話を続けるが、お前と結婚してもいいって人を昨日同窓会で見つけた。俺の友達の子供で、お前と同い年らしい。
今日は引っ越しやら手続きやらで忙しかったらしくて..明日からお前と同じ学校に通うから。
それと、婚姻届けはさっき病院帰りに出してきちゃったから。」
親父は、まるで業務連絡を読み上げるかのように早口に、かつ棒読みで答えた。
早口すぎて聞き取れなかった言葉もあったけれど、とりあえずは理解した。つまり俺は結婚したらしい。ん?結婚...。結婚?うん..結婚。
ほんの数秒間だけ玄関に沈黙が広がる。頭の処理を追いつかせる、ほんの数秒。けれどそれは、俺には数分のように感じた。
「はぃ?え、何?自分の子供の許可をなしに、自分の子供の婚姻届けを出してきちゃったの?俺まだ18歳になって間もないのに...。」
それは突然告げられ、セイの生活を一変させることとなる。
そしてその言葉と同時に、数秒間の沈黙が再来するのだった。
よくよく考えてみる。親父はこう見えて、嘘はつかない主義だ。生まれてからほぼ毎日会っている俺にはわかる。つまり本当に俺は結婚してしまったということだろうか...。
そして自分が発した言葉についても考える。自分の意志で結婚したかったと言ってはいるが、それは本当だろうか。
答えは否。これは建前だ。
別に俺は、自分の結婚を勝手にされることはどうでもいい。好きな人ができないまま恋人すらできないより、いっそのこと結婚してから愛をはぐくむという最近の考えに賛成なのだ。実際好きな人ができたことがないってのはあるけど...。
それより、一番不安なのは相手がどんな人なのかだ。いくらこれから好きになるとはいえ、性格が悪かったらもう終わりだし、顔が悪くても正直いやだ。少しゲスな考えになってしまってはいるが、男は大体そんなものだ、そう俺は思う。
「写真見せてもらったけど、多分お前の学校の誰よりもかわいいぞ。安心しな。電話で話も聞いたが、性格もよさそうだった。丁寧だし礼儀正しい。なんでお前と結婚して良いのかは知らないけど、まぁ良かったな。」
さすがは俺の親父だ。俺が聞きたかったことをわかっている。そして聞きたかったことをピンポイントで教えてくれるところ、親父らしい。
「うんうん良かった良かった。とでもいうと思った!?いや...、ある程度大人になって、自分で働いて食っていけるような人たちが、1度も会わずに結婚しちゃいましたーってのは聞いたことあるよ。でも、18になったばかりだよ!?高校生のうちから結婚しましたーって流れ、どんなラブコメでも聞いたことがないぞ!?」
「まぁそんなこと言わずに。名前はカンノ=ユミ。まぁ今はもうイシカワが苗字だけど。女子にはとても優しくて人気があるらしいよ。」
ん?いまこのクソ親父が聞き捨てならない言葉を言ったように聞こえたぞ...?
「おいクソ親父、女子にはって言ったよな。女子にはって。男子にはどうなんだよ。おい。」
「それは明日自分で調べればいいだろ。今話すことはもうないし、ご飯食って風呂入って早く寝ろ。」
玄関に立ちながらいつまでも言い争ってたって仕方ない。
俺は親父に言われた通り、ボーっとしたままご飯を食べ、ボーっとしたまま風呂に入り、ボーっとしたままベッドに入った。
写真を見た限りだとめっちゃ可愛かった。でも性格がまだわからないし、そもそもとしておかしいんだよ。心の準備も何もないまま、高校生で初対面結婚とか。
親父の病気が悪化しているのも気になるし。
しばらく自分の父親について考える。
けれど、涙は流さない。
自分の母さんが死んだときに誓ったのだ。ここでは思う存分に泣く。弱音も吐く。その代わり、それ以降は決して泣かないし、弱音も吐かない、と。
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親父のことを考えてもつらくなるだけだ。やめにしよう。
そう気持ちを切り替え、さっき見た写真の子をもう1度思い出す。
何回も言うようで悪いけど、めっちゃ可愛かった。正直、俺の好みドストライクだ。
顔立ちも整い、クラスで1番、いや、学校で1~2位を争う可愛さだったのは間違いない。男子にはモテモテだろう。
自分の嫁がそうだと思うと、変な妄想をしたくなってしまうほどだ。
けれど性格がなんか不安だしな..。
でもめっちゃ可愛かった。
高校生で結婚とかバレたら大騒ぎになるし..。
でもめっちゃ可愛かった。
あぁもう頭の中がまとまんない!今こんなことを考えたってどうにもなんない。なんかつい気にしてしまうけど、もう寝るか。
その夜、寝よう寝ようと頑張ったが一睡もできなかった。
ー次の日の朝。-
学校へ着き、自分の教室である3年2組へと入る。そして、廊下側の1番前にある俺の座席へと座った。
「なぁセイ、お前知ってるか?今日このクラスに女子が転校してくるんだと。進級してから2日目で転校生とかありえないけど、かわいい子だったらお前どうする?」
後ろの席に座るユウキが話しかけてきた。
気にしないように気を付けて登校したのに早速その話かよ...。
クラスは朝からその話でもちきりだった。
どの教室に転校するのか知らなかったけど、まさかこの教室だったなんて。
「めっちゃ可愛い子だよ。赤茶の髪でロングの子。」
俺は昨日見た写真の内容をユウキに話した。
「マジかよ。やった!てかなんでお前知ってるの?」
ん?しまった。つい口が滑って言ってしまった。このことが他の人にバレると絶対面倒なことになってしまうから黙ったままでいようと昨日の夜に決心したのに。
どういう風に胡麻化せばいいだろう。
家の近くに引っ越してきたのを見た?これだと今度つれて行ってよなどと言われ、厄介なことになる。
実は俺の結婚相手?絶対に言ってはいけない。
あっ、それなら...
「えっと...、職員室に全く知らない子が入っていくのを見て。紅色のリボンをしていたから3年生だよなぁって思って。」
この学校は学年ごとに制服のリボンが分かれている。1年生が黄色、2年生が水色、3年生が紅色だ。
「ちっ、なんだ。お前にもついに春が来たのかと思ったのに、残念だよ。確かに、よく先生の雑用をやってるセイだからわかることだよな。みんな職員室なんてほとんど行かないもん。」
「だっ、だよな。」
何とかごまかすことができた。
考えてみたら、初恋もしていない俺は、当然付き合ったこともない。俺は付き合いもせずに結婚したってことか?はぁ、せめて1度くらいは誰かと付き合いたかった...。
俺が机に腕を丸めてうずくまっている間に、ユウキに言った情報が一瞬でクラス中に広まる。
そして、男子たちはほとんど俺の周りに集まった。
「身長は高かった?」
「性格よさそうだった?」
「見た目何カップ??」
男子の様々な質問に答える。
あ、自分の嫁さんの胸のサイズは、見た感じどれくらいだったかなんて答えていないよ。そもそも嫁さんじゃなくたって答えてない。うん...。断じて答えていない。でも確実にEはあったよな...。
「はい、そろそろホームルームを始めます。席についてー。」
そんな話で盛り上がっていると、担任であるイリエ先生が教室に入ってきた。男の体育の先生だ。低い声が印象的だが、男女平等に優しいので人気である。
そしてついに!、俺の花嫁と初の顔合わせだ。
「おっ、セイ、いよいよ本人ご登場だな。」
「本人ってw。」
皆、先生の指さすドアの向こう(廊下)に注目する。そして俺も注目した。何より気になるのだ。どんな性格なのか、俺のことをどんなふうに思っているのか、が。
先生が一通り俺の妻であるユミさんについて説明をする。この時間、おそらく誰もが地獄だっただろう。1分にも満たないはずなのに、1時間以上に感じた。
みんなの顔がだるそうになり始めたその時、ついにそれらしき言葉を放った。
「4月の学校が始まって2日目だが、今日から転校生がこの教室に来る。入ってきなさい。」
先生の言葉と同時にドアが優しく開かれ、別世界の人間が入ってきた。その人は教卓の前で止まる。そして自己紹介を始めた。
「はい。えっと...、カン..あっ、イシカワユミです。苦手なものは大体ないけど、トラウマがあってゲームは苦手です。残り1年だけですけどよろしくお願いします!」
彼女の自己紹介が終わると、教室は男子も女子もざわめいた。
「なにあの子、かわいすぎない!?友達になってくれるかなぁ?」
「セイから聞いてたけど、予想の何倍もかわいい!」
「もうユミちゃん天使。明日にはユミちゃんファンクラブできてそう。」
良いことと良いことの両方でクラスが騒めく。いや良いことだけだったからこの表し方は正確ではないけど...。
そんなことを考えていると、クラス中の声をかき分けて先生が言った。
「静かに!!名前順に考えて、ユミさんの席はセイの後ろな。ユウキ、席を1つずらしておいてやれよ。」
クラスの誰もに先生の声は届いた。クラスメイト全員が黙ったからだ。しかし、それは先生が話しているからではなかった。
「...。ユミさん、なんで泣いてるの?」
1人の女の子がユミちゃんに聞いた。すると、ほかの人も一斉に聞き出す。
「もしかしてセイの後ろじゃいやだった?」
「いやいやセイは大丈夫でしょ。ユウキがダメなんじゃね?」
「おい!なんで俺になるんだよ。」
少しでも教室の空気を良くしようと、さりげなくボケを入れてくる。
しかしユミはそんなクラスメイトの話を無視し、今度はこっちに向かってきた。そして泣きながら俺に抱き着いた。ん?俺に抱き着いてきた!?
「セイ君良かった、よかったよぉ。ごめんね、私のせいで..私のせいで。」
クラスのみんながまた一斉に話し出す。
「おいセイ、どういうことだ?お前、さてはもうユミちゃんに仕込んどいたな?最低やろーめ。」
「違うって、何が何なのか俺もさっぱりっ、ユウキもなんか言ってくれよ!!」
「セイ、今抱き着かれている事実があるのに嘘を貫き通そうとするのはさすがにないんじゃないか?」
ユウキにまで裏切られた。何とか誤解を解かなくては...
ユミちゃんは俺のことを知っているようだった。ということは、俺は彼女に会ったことがある?いや、俺はこの人を初めて見る。ってことは、会ったのは俺の記憶がない小学校時代よりも前...?
「ユミちゃん?俺..あなたと会うの初めてだと思うんだけど。」
周りの男子から..いや、なぜか女子からのさっきも感じるが、俺はこの人を知らない。よそよそしいいい方になってしまったが、まず初対面なのかを聞く必要があった。
そして俺が一言そういった途端、何かを思い出したかのようにユミちゃんの顔が赤くなる。
ユミちゃんは俺から1歩離れた。
「べべ別にあなたが好きで抱き着いたわけじゃないし..そこんとこ勘違いしないでよね。あとユミでいいから。」
俺はそういわれて一瞬キョトンとした。
しかしこの謎の抱き着きのおかげで理解できた。親父が言っていた、女の子には優しいの言葉の意味。女の子には文字通り優しいのだ。けれど、男子には厳しい、いや、もしかするとツンデレなのか...?
「わかったよユミ。とりあえず感情を抑えて。何が何なのかは知らないけど、まだホームルームが終わってないから。」
ユミは顔はまたまた赤く染め、元はユウキが座ってた席に静かに座った。
なんでいきなり抱き着いてきたのかはわからない。この先どうなるのかが全く分からない。けれど今はホームルーム中。
俺は、いや..俺たちクラスメイトは、先生の話が終わり休み時間になるのを待つことにした。