始まり始まり
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「うちらの高校にさ、「キラー・クイーン」ってのがいるらしいよ」
入学早々、片鞠高校におかしな噂が流れておりました。キラー・クイーン。彼女は一体何者なのでしょう。葉瀬集中学出身で、でもそんな中学校は存在していないとか。クイーンと言いながらも本当は男だとか。実は外国の殺し屋だとか。男を殺し続けるクイーンだとか。噂に様々なフカヒレがくっつき過ぎて、実態を憶測することはとても困難。
それでも噂は噂。風化するのも早いもので、気が付けば話に出す人は数えるほどになりました。
それでもそれでも、彼は知りたかったのです。大辻健くんは知りたかったのです。クイーンが美少女というところだけを信じて。
「トラジック・コメディ!」
「上記〜ってわけ。とりあえず今日は教室という教室を見てまわる予定だ」
「前置参照〜ってわけか。でも今更だよな針井」
「だよな間開。今更キラー・クイーンなんてネタか何かか?」
大辻くんは放課後、級友の針井くんと間開くんにキラー・クイーン捜索を持ち出しました。でも二人はとても乗り気じゃありません。逆にDSで対戦ゲームには夢中です。
「明日マック奢ろう。それでどうだ?」
ちらっと財布に相談してみると、駄菓子屋を手ぶらで帰るほどお金がありました。あとカードにバイトの貯金があるはずです。
「マックってパソコンだろ? そんな金あるのか?」
「吉マクドナル野屋だよ」
「マクドって言え」
マックとマクドでは意味が違うそうです。味も変わるそうです。
針井くんと間開くんはどうする? と迷っているようす。一ゲーム終えてまた針井くんはどうすると聞き、間開くんはどうすると聞きました。さらに一ゲーム終えて針井くんは以下同文と言いました。
「DS疲れたし、いっちょやるか」
「そうだね」
夕日が街を包む頃、二人はやっと動く気になりました。主役であるはずの大辻くんが見当たりません。夢中になってるうちに既に行ってしまったようです。一時間近くどうすると言い続けていたのですから当然でしょうか。
何はともあれ、捜索開始。まず隣の教室とかは無視。同階の社会科準備室を覗きました。名前の通り社会科の先生が作業する部屋です。誰も居ないようです。地球儀に大きな壁掛けの日本地図。雑多としている仕事場ですが、机に丁寧に書かれたルーズリーフがありました。それだけが綺麗に置いてあるので目立つのも当然です。
「おい間開、見てみろ」
「これは日本史の中期テストじゃないか!」
二人は先生が戻って来やしないかとドキドキしながらも、テスト範囲を書き写しました。二人はこの日、いけないひとになったのです。曰く不良と言うやつです。
一方その頃大辻くんは、部活棟の方にいました。この学校の特徴の一つ、旧校舎を建て替えた広くて大きな部室のみの建物。それが部室棟です。三階では美しいブラスバンドが、地下の元ボイラー室からはギターの轟音と慎ましやかに低音が聞こえます。大辻くんはまず一通り見ることにしました。扉の名札を頼りに、野球、サッカー、バスケ……様々な部活名が確認できます。
「映画研究会?」
みしらぬ部活にぶつかりました。たしか新入生歓迎会では、そんな部はなかったはず。暗幕に遮られた教室を見て、ふと疑問に思いました。何か臭う。大辻くんは時計よりも静かに扉を開けました。遮光が徹底してあり、光が入って気付かれることはありません。外の暗幕を通り、ちらりと中の暗幕を捲ると、女の子がぽつんと一人。涙をボロボロとこぼしていました。
「これぞ究極の愛よぉ」
内容もタイトルもわからない、外国語で白黒映画ということしか見てとれない。謎に謎々していると、突然オカンが走りました。ぞくりとして振り向くと、細いキツネ目の男が。思わず叫びそうになりましたが口を塞がれ、教室の外へ引きずり出されました。
「いけないねぇ一年生君。部員でもないのに勝手に入って」
上履のカラーは青。どうやら三年生のようです。ちなみに二年は赤、一年は緑です。大辻くんは謝ろうとしましたが、いや謝らなくていいと牽制され、持っていた紙コップを渡されました。中身は珈琲牛乳のようです。
「まぁ飲みなよ一年生君」
ニコリと穏やかな笑顔。どうやら悪い人ではないようです。
「ありがとうございます、先輩」
大辻くんは紙コップに口つけました。
「君、クラスと名前は? 僕は久米忠ノ介」
「一年三組、大辻健ッス」
久米先輩は三組かぁ、と何かくすくす笑いました。
「三組なら由紀様の担任だったね。君、うまくやれてるかい」
たしかに三組は勇田由紀先生だ。オトナの魅力溢れる29才既婚。特に厳しいところもなく、かといって甘いわけじゃない、優しい先生。少なくとも大辻くんはそんな印象を持っています。
「別になんていうか、普通ですよ」
そうかそうかと久米先輩は意味深な笑みを浮かべました。
「いや何ね。彼女の女王様っぷりはまだ……」
女王! キラー・クイーンと何か関係があるのではないでしょうか。
と、そこでガラッと映研の扉が開き、目の泣き腫らした女の子が出てきました。彼女は久米先輩と目が合うと、目で何かを受け取りました。
「くーちゃん、その子入部希望?」
「まだだよ。部についても話してない」
可愛らしい金髪の……金髪は校則で良かったのでしょうか。久米先輩をくーちゃんと呼ぶ辺り親しい間柄のようです。
「私、高槻ニーナ。今日はもう帰るんだけど、今度映研について聞いてね」
にこっと笑い、ギュッと大辻くんの手をとりました。約束だよ、と念を押してまたスマイル。そしてじゃあねとニーナちゃんは走って帰っていきました。彼女が見えなくなった後、久米先輩は後片付けだと言って教室へ。大辻くんはギュッの感触に立ち尽くしました。
「エーと。何をするんだっけ」
そう。キラー・クイーンを探すこと。女王様と呼ばれた勇田由紀先生について聞きたいところ。でも彼の少年の心はニーナちゃんでいっぱいです。すっかり忘れて帰ってしまいました。
「おい間開、見ろ! 生物?の試験範囲だ!」
大辻くんがお花畑にいるころ、間開くんと針井くんはテスト問題をコンプリートしていました。
「しかし俺ら悪いな」
「最低ってのはよくわかる。だがな針井、据膳食わぬは……据膳食わねど……高楊枝と言うじゃねぇか」
生徒手帳にびっしり書かれたテスト範囲に、ついニヤリとしてしまう二人。高笑いしたいのを抑えて、よしこっそりと去りましょう。高校生活をおもしろおかしく過ごすためにばれてはいけないのです。ばれたら首がハリウッド映画みたいに吹き飛ぶに違いありません。そうならなくても“清雄士道”行きになるでしょう。清雄士道とは真の生活指導部、教育理念は清く正しく士道に殉じ……曖昧なので割愛。とにかく危ないところなのです。というわけで黒い二人はこっそりと理科室を抜け出しました。
暗転しまして舞台は自宅、一人の悩める男の子がいました。彼は大辻健くん。高槻ニーナちゃんの顔を浮かべると胸がどうにかなってしまうのです。出会いは一時間も経たない過去。でもこの胸のモヤモヤは恋病なのかお昼のアンパンなのかはわからないでいました。
つずく。