5. 輝ける勇者
男たちが言った内容は概ね予想通りのものだった。
族長の指示の下、森の動物を狩っているという。
森の万人であるエルフにとっては許されざる行為だ。
「ディダミア、神殿ってどっちだ」
「ここからだとあっちだけど……って、ちょっと待ちなさいよ!」
筋肉ダルマとヒョロガリから情報を聞いた俺の心はさらなる怒りに包まれていた。
俺の中にぐるぐると渦巻くこの感情は多分俺だけのものではない。
俺が住んでいた森にいた『彼女』が暴れ狂っているのだろう。
ついでに一通り聞きたいことを聞いた彼らは気絶させて近くの木にぐるぐると巻きつけておいた。
「あなた魔法が使えないのよ!? その状態で武器も持たずに神殿まで突っこんでいってもやられるだけよ!」
「魔法……あぁ、魔法か。なーんか使える気がするんだよなぁ」
軽く腕を振ってみる。
右手につけられた魔封じの腕輪のせいで、俺の身体からは魔力が放出できなくなっている。
そのはずだが──ぶわり。
泉の上を一陣の風が薙いだ。
俺の右手から溢れた魔力が空気を動かしたのだ。
最初につけられた時はどうしようもないと思っていたが、今の俺はあまり脅威に感じていなかった。
本気で使えるわけではない。
後一押しがあれば魔法が使えるようになりそうな、そんな感覚だ。
「……アトラス、あなた何者? さっきも意味分かんない動きしてたし」
「うぇっ? い、いやまぁ、長年生きてたらこれぐらいはな」
嘘である。
昔勇者として色々やっていたときに身につけたとはさすがに言えない。
「だからって本拠地に無策で突っこんでいったりする!? もうちょっと何か考えなさいよ!」
全ての元凶らしい族長がいる神殿には、現在里のトップたちが宴を開いているという。
おめでたいことだ。
彼らの頭の中では、既にお花畑が広がっていることだろう。
「すまん、ディダミア。冷静じゃなかったみたいだ」
「怒るのは分かるけどしっかりしなさいよ。水の精霊も怖がってるわ」
そう言われて周囲を見る。
ここに来たときは側に寄ってきてくれていた水色の球体が、今はどこか遠巻きに俺を眺めているようだった。
「悪かったな」
彼らに謝罪すると、恐る恐るといった様子で近づいてくる。
そのうちの一匹が指に触れる。
それだけで俺の心が落ち着いていることを理解したのか、彼らは再び周囲を舞い始めた。
「ディダミア、お前が住んでいたエルフの里のことを教えてくれないか」
「……それは」
少女の顔に逡巡が見える。
話したくないことでもあるのだろうか
ヒョロガリと筋肉ダルマの話から察するに、彼女は里の中で厄介者扱いされていたようだし。
「嫌ならいいよ。強制はしないから」
「……構わないわ。具体的には何が聞きたいの?」
だが、彼女は首を横に振った。
それなら気になっていることを尋ねさせてもらおう。
「ディダミアの目から見て、里はどう映っていた? ずっと前からあんな感じなのか?」
「おかしくなったのはわたしのパパが死んでからよ」
エルフが成人するのは百年だ。
しかし、神から授けられた不死の加護が切れた彼らは五十年ほどしか生きられない。
これが意味することの一つに、『親は子の成長を見続けることができない』という点がある。
そのためエルフは里全体で子どもを育てるのが主流だ。
または契約先に神獣や大精霊がいるのなら、彼らに頼むこともある。
かく言う俺も後者のクチだ。
だが、里全体で育てられたエルフから話を聞いたこともあった。
混血の場合はもう片方の親が成人まで見守ってくれるのだとも。
「ママは知らないわ。わたしを産んですぐに里を追い出されって聞いた」
「追い出された?」
「エルフじゃなかったからって」
……なんだ、その理由。
「おかしいと思えたのはパパのおかげでしょうね」
「いい親父さん、だったんだな」
「ママがいない分もわたしに構ってくれて、寝るときには毎晩外の世界の話を聞かせてくれたわ」
『大海原を駆ける船』の話、『裸で街を歩いた王様』の話とかね」
彼女が述べるのは、はるか昔時代から続くおとぎ話だ。
幼いころ──と言っても途方もないほど過去の話だが──には、俺も両親にそういった寝物語をせがんでいた。
「あ、そうそう」
懐かしさをかんじていると、ディダミアは何かを思い出したようだ。
「一番気に入ってたのは『輝ける勇者』の話だったかしら」
「ごふっ」
言葉を聞いた瞬間、思いっきり胸の奥をぶん殴られたような感覚に陥った。
「ちょ、アトラス大丈夫!?」
「お、おう。ちょっと知った名前が出てきたものでな」
「アトラスも『輝ける勇者』を知ってるの?」
「え? えーっと、あのだな」
やばい、動揺してボロが出た。
い、いいいや、ちょっと待て。
俺は途中で勇者を辞めて逃げ帰ったはずだ。
なのになんで話が残ってんだよ!?
「何でそんなに気にしてるの?」
「いや、そのだな」
「あ!」
ぎくっ。
「もしかしてアトラス、勇者と会ったことがあるのね!」
せ、セーフ!
いや、セーフか?
「ねぇ、どんな風だった?」
「い、いやぁ、フードで隠れてたからよく分からなかったな。でもすごく強そうというか、プレッシャーはすごかった気がする」
「何よそれ、あやふやね」
はっきりとしない情報にディダミアはがっくりと肩を落とす。
彼女としては伝説の勇者サマとやらの真実を知りたかったのだろうが、こっちの内心はヒヤヒヤものだった。
「でも実際に見たことあるのなら、伝説の中だけの人じゃなかったのね」
「ちらっと見ただけだから、やってることには誇張とか嘘もあると思う……ぞ?」
「そうなの?」
「言い伝えっていうのはそういうんもんだからな!」
「じゃあ他のお話にも嘘があるのかしら」
なんとか身バレを回避できたらしい。
あっぶな、黒歴史を世界中で言い伝えられてるなんてどんな辱めだよ。
と、とにかく変なことを感づかれる前に話を戻そう。
「こいつらのリーダーは例の族長でいいんだよな?」
「ん? えぇ、あいつが穏健派だったお父さんが死んでから里を牛耳り始めたのよ。わたしは除け者として里を追い出されて、こんなところに住んでたってわけ」
……かつてのこの森に俺がいれば。
なんて考えるのはおこがましいことだろうか。
いくらハイエルフといえど時間を巻き戻すなんてことはできたりしないのだが。
「なぁ、何で森を出て行かなかったんだ?」
「わたし、この森は好きなの。生まれ育った場所だし、仲良くしてくれる動物もたくさんいるし。あんなやつらのために自分が好きな場所を出ていくってシャクじゃない」
結構色々考えるタイプなんだな、と。
彼女の話を聞きながらそう思った。
これまでそういう傾向が見えなかったというわけではないけれど、一層その気持ちが強くなる。
いいヤツなんだよな、ディダミアは。
「森を出ようと決心したのはつい最近。ハイエルフさえ味方につければ、森を抜けたからってあいつらはわたしに手を出せなくなる。そう考えたのよ」
「……それで俺の童貞を狙ってきたのか」
「だって、その、こういうのって主導権を握ったもの勝ちでしょ!? パパから聞いたわよ!」
なんつーことを教えてるんだ、ディダミアの親父さんは。
その結果俺は彼女の術中にハマり、こうして協力者となったわけだけど。
正解、とは認めたくないけれど、その教えは彼女の野望とやらに一役買っているのだろう。
「わたしが知ってるのはそんな感じ。正直、わたしは里の中で一番の問題児だから、あんまり情報が回ってこないのよね」
「大変だな」
「でも、もうすぐ狭っ苦しい生活ともおさらばよ。わたしはここを出て自由を手に入れるんだから!」
その瞳に不安はない。
一通り話すことで整理がついたのだろうか。
紫色の瞳は真っ直ぐ俺を捉えている。
「そのためには族長をぶっつぶさないといけないわよね」
「あぁ、心配ごともないようにこの森を出るために、俺たちへの脅威は全力で排除する必要がある。手伝ってくれるか?」
「任せなさい!」
目的はお互いにはっきりした。
テンションは落ち着いた。頭もすっきりしている。
されど掻きむしるような激情今はだいぶ息を潜めている。
神殿を目指し始めた俺たちの足取りに迷いはなかった。