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4. 侵入者

 

 ディダミアは俺の腕にすりつぶした薬草を塗り、長く太い葉を巻いてくれる。

 彼女の顔は今まで見たどの表情よりも沈んでいた。


「……ごめん、アトラス。友だちのことなのに、わたし何もできなかった」

「こうやって手当てしてくれてるだろ、それだけで十分だ」


 切り株に座ってディダミアを待っている間に水の精霊たちが治癒魔法をかけてくれていた。

 そのおかげで傷はふさがったが、じんわりとした熱と痛みはすぐに消えることはない。


 だからこうして薬草で痛み止めをしてくれるのはありがたいことだった。


「それに、ディダミアが何もできてなかったわけじゃない」

「……どういうこと?」

「声、かけてくれただろ」


 そう言って視線を落とした先には、同じように治療されたオオカミがすやすやと寝息を立てている。


 俺の言葉はこのオオカミの心を揺らしても、正気に戻すことはできなかった。

 目に光が戻ったのは彼女の声を聞いたとき。

 ディダミアが積み重ねてきた今までの交流が、オオカミの心を取り戻したのだろう。


「そんなことなのに?」

「そんなことだからだよ」

「……何よそれ」


 拗ねたようにディダミアの頬が膨れた。

 思わず力が入ったのか、巻きつけていた葉っぱがぎゅっと締められる。


「いて、いててててっ!」

「あ、あぁっ、ごめん! ちょっと強すぎたみたい!」


 



 治療が終わった俺たちの話題は、今回の原因について向いた。

 ディダミアがフラウの背中を撫でながら口を開く。


「でも、どうしてフラウが暴れてたのかしら。足もケガしてたみたいだし」

「何かに追われてたみたいだったが」

「追われてた……? でもこの森でオオカミを追いかけるようなヤツなんて……」


 そんなときだった。


「おうい、そこに誰かいるのか?」

「アニキ、新しい獲物っすかね!?」

「……っ」


 霧の向こうから聞こえてきた声に、ディダミアの顔が強張る。


「今の声、里にいたヤツらよ」

「何だって!?」

「しーっ、早くあの中に隠れてて!」


 返事は声ではなく頷きで。

 身を屈めてそさくさとテントの中に入る。


 中は質素な場所だった。

 小さなチェストが二つに葉を敷き詰めて作った寝床。

 全体的に緑と茶色が目立つ中、チェストの上に飾られた瑞々しい紅色の花に気がついた。


 ……これは女の子の部屋に入ってしまったというヤツではないだろうか。

 

 いやいや。いやいやいや。落ち着け、俺は泉だ。風一つない泉だ。そうイメージすればきっと落ち着くはず。

 

 そうだ、こういう時は大きく深呼吸しよう。

 大きく息を吸いこんで── 


「──っ」


 チェリの花とも違う甘い香りが鼻腔を通り抜けた。

 思わず咳き込まなかったのは褒めてほしい。


「テメ、ディダミアじゃねぇか!?」

「もう一人いたような気がしたが……気のせいか?」

「わたしの縄張りに踏みこんできた不届きもののことかしら?」


 俺が一人で寸劇を繰り広げている間にも、ディダミアは接敵したらしい。

 耳を傾けるまでもなく二人分の男の声が耳に届いた。


 入り口になっている葉の間から覗けば彼らの後ろ姿が。

 紐のようなしっぽを伸ばしているヒョロガリと頭にツノを生やした屈強な筋肉ダルマだ。


 身体的特徴は全く違うがその耳はやはり鋭く尖っている。

 ヒョロガリはガーゴイル、筋肉ダルマはオーガとの混血といったところか。


「かの素晴らしき日に見ないと思えばこんなところにいたなど……嘆かわしい」

「ふん、誰があんなくだらない儀式とやらに参加するもんですか」

「ンだとゴラァ!? また牢屋に入れっぞゴラァ!?」


 今のところ俺がいることはバレていないらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 とりあえず一安心といったところだろうか。 


「落ち着けカブリ。こんなヤツに構う必要はない。ディダミア、そのオオカミを渡してもらおう」

「……どういうこと?」


 ディダミアはオオカミを守るべく立ちはだかる。

 先ほどとは逆の構図。


「ハイエルフ様への供物となるのだ」


 おっと、不穏な言葉が聞こえてきたぞぉ……?


 供物ってどういうことだ。

 エルフが使う魔法にそんなものは聞いたことがない。

 悪魔に身を委ねたダークエルフだってそんなことはしないはずだ。


「供物ってどういうことよ!」

「そのままの意味に決まってんダロォ!?」

「族長様が話してくださったというのにそれも聞いていないのか、お前は」


「我々は混血を重ねて汚れすぎた。エルフが持つ契約の力は地に落ち、残ったのは耳という形だけ。今こそハイエルフ様の純粋な遺伝子を持った子を作り、森を浄化することで新しい時代を始めるのだ」


 何を言っているのかちょっとよく分からない。

 とりあえずここにいれば俺の貞操が危ないことは理解した。


「それとこの子を生贄にすることに何の関係があるのよ」

「新しい時代を作るのに元からいた動物は必要あるまい」

「……自分で言ってておかしいと思わないの?」

「どこがおかしいというのか。我々エルフの再興を願うのなら、これぐらいやって当然だろう」


 ほーん、ほーん。

 そっかー、俺のためなら森の動物を殺してもいいと。


 知らない間に俺もエルフはずいぶん偉くなったもんだ。

 たとえ食べるとしてもそれは自らの命を繋ぐために、口にするときは祈りを捧げて「いただきます」、と。

 そうご先祖様に教わらなかったのか?


 くっだらねぇ。


「そんなくだらない理由で殺すていうの!? あなたたちだって森を守るエルフの端くれじゃないの!?」

「ハイエルフ様さえ協力してくれれば我らは救われるのだ。森は再生し、動物に溢れ、緑が満ちる森になるはずだ」


 森は、自然は街と同じだ。

 一度壊れれば長い時間をかけなければ元には戻らない。

 しかもそこに住人がいなければ、どれだけ再生したとしてもただの廃墟だ。


 あいつらもエルフなら理解しているはずなのに。


 ディダミアと視線が会う。

 一瞬の交錯。

 どうやら考えていることは同じようだった。


 テントからひっそりと出て、足音を消してあいつらに近づいていく。


「はぁ、この崇高な目的が理解されないとはな」

「崇高なんて知らないわよ。あなたたちなんか勝手にくたばってなさい! べーっ!」

「んのアマァ!」

「よっ、と!」


 舌を出して挑発するディダミアにヒョロガリが襲いかかる。

 しかし彼女はそれを紙一重でひょいと避け、彼の背中をトンと押した。


「オワァッ!」


 加速された勢いのまま、ヒョロガリの身体は吸いこまれるように泉へと落ちる。

 水に落ちる音が派手に響いた。


「森羅巡るる血液よ。

 渾々満ちる蒼水よ。

 我が櫂の先で荒れ狂え。


 ──ウォーター・ヴェル!」


 ディダミアは容赦なく水魔法を畳み掛ける。

 泉の水は蠢く縄となりヒョロガリの身体を縛り上げた。


 だが、相対する敵はもう一人いるわけで。


「よぉ、楽しそうなことしてるじゃねぇか」

「新手か──は、ハイエルフ様!?」

「おう、お前らが散々祭りあげてるハイエルフ様だ、よ!」

「ぐっ」


 筋肉ダルマの身体を泉の方へ蹴り飛ばす。

 体重を乗せた渾身の蹴りだったが泉の方へ落とすには足りず。

 彼は身を翻してほとりに着地する。


 だから、追撃した。

 近くのに必要な時間は瞬き一つ分。足に力を込めて一気に速度を最大まで引き上げる。


「──」


 筋肉ダルマが防御の構えを取る隙も与えない。

 その分厚い胸板を殴りつける。

 重い身体は宙に浮き、そのまま大きな水しぶきを上げた。


「ディダミア、捕まえろ!」

「え、えぇ……って、わたしに命令しないで!」


 水の縄が筋肉ダルマにも巻きつき、身体をキツく締め上げる。

 

「ぐっ、我々が一体何をしたというんですか!?」

「離しやがれゴラァ!」

「誰が離すもんですか!」


 彼らは逃れようともがくがどれだけ暴れても水を掻くだけで抜け出せない。

 いくら筋肉ダルマの力が強かろうと、水の精霊の直接支援を受けているディダミアの魔法は破れないようだ。


「ディダミア、そのまま締め上げといてくれ! ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「もちろん。さっさとやっちゃいなさい!」


 ディダミアが綱を引くように手を動かす。

 それだけで彼らはまた苦悶の声を上げた。


「ヤベェよマジパネェよ……」

「ど、どうしてハイエルフ様がお怒りなのですか! 我々はハイエルフ様のためを思って行動していたというのに!」


 怒り?

 ……あぁ、この感情は怒りなのか。


 長らく森で引きこもっていただけに忘れていた。

 俺が住んでいた森の中は平穏そのものだったから。 

 身体の中で燃えたぎるような熱が巡っている。

 自分の心が暴れ回るケモノのようだ。


 魔法が使えないのがもどかしい。

 魔法一つさえ唱えることができれば、この森に巣食う不届き者を排除できるというのに。


 だが、そう考えると使えなくてよかったのかもしれない。

 俺の力では、下手をすればこの森を焼き払ってしまうかもしれないから。


「さぁ、尋問を始めようか」


 さすがに殺さないようにしないとな。

 口角が上がるのを感じながら、俺は心の中でそう思った。

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