2.ダンジョン&トラップ!
ともにこの里を出る約束をした俺たち。
一通りの自己紹介を経て、洞窟を出るべく進み出したのだが……その道のりは思ったよりも険しかった。
狭い隙間に身体を捻じこみ、わずかに出っ張った岩壁に手を引っ掛けて登り、気を抜けば滑り落ちそうなほどの坂を下り。
「次はこっちよ、アトラス!」
「はぁ……はぁ……ディダミア、待ってくれぇ」
必死に追いかけていた俺の体力は、気がつけば底をつこうとしていた。
数十年ぶりにさえ思える長い一本道に差し掛かったところで壁に手をつく。やはり熱を持った身体に洞窟のひんやりした空気が心地いい。
何ならずっと張りついていたい。
そんな俺を見て、ディダミアは呆れたように眉を上げた。
「だらしないわね、それでもハイエルフなの?」
「ハイエルフは関係ねぇ……っ。この腕輪のせいだ!」
息も絶え絶えになりながら右腕を突き出す。
鈍色の輝きに意匠を凝らした紋様が刻まれた『魔封じの腕輪』。
これのせいで今の俺は身体強化すらできず、人間族より少し強いぐらいの力しか出せない。
鍵穴もあるにはあるが、この腕輪自体も魔法を弾くという性質上『アンロック』などが通じないのも厄介極まりない。
「その腕輪、どこかで見たことあるわね……」
ううん、とディダミアは考えこむ。
かと思えばすぐに顔を上げた。
「あぁ、この前野暮用で族長の家に忍びこんだ時に見かけたのよね、その腕輪と鍵っぽいの」
「何で忍びこむことなんかしたんだよっ」
「野暮用よ、野暮用。とにかく族長の家に行ったらあるんじゃない?」
「信じるぞ、その言葉信じるからなっ!?」
あのクソジジイをぶん殴る理由がもう一つ増えた。
魔法が使えなくても、人間ぐらいの力しか出なくても関係ない。
力の限り拳を叩きこんでやる。
「だいたい、なんで里の地下にこんな広い洞窟があるんだよ」
「元はダンジョンだったらしいわ。そこを何代もかけて開拓していったの……ほっと」
言いながら、彼女は目前に差し掛かった横長のくぼみを軽く飛び越える。
いや、覗きこんでみればそれは深くまで続く穴だった。
照明魔法のおかげでかなり底が深いことが分かる。
ふと、気になることがあった。
彼女はこの穴を飛び越えて見せた。
足元を見るまでもなく、まるでそこにあったことを知っていたかのように。
これまで先行していたことと言い、随分この場所を“歩き慣れている”らしい。
「……何?」
そんなことを考えていると、アメジストの瞳が俺を捉えていた。
こちらを突き刺す視線は思いのほか鋭い。
「変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「変なことって?」
「それは……その……気が変わって襲いかかってくるとかあっち側に着くとか……」
尋ねると、彼女は口をもごつかせる。
小さくて細部までよく聞こえないが、どうやら疑われているらしい。
そんなことをしたっけ、俺。
心の中の迷いはまだあるけど。
正直言って、怖い。
一緒に旅に出るってことは肩を並べる時間が増えるということで。
仲間を作るってことはいつか失うことがあるかもしれないってことで。
そうなったとき、俺は責任を取って彼女を看取れるのか?
……いや、今はここを出ることが最優先だ。
最後までディダミアの面倒を見ることができるか、なんて心配ごとで悩むのは後にすると決めていた。
「あぁいや、すまん。ダンジョンの割には魔物がいないように見えて、なっ。ふぅ」
勢いをつけて飛び越え、再び歩き出す。
今まで目の前を歩いていたディダミアは気が変わったのか、今度は肩を並べてくれた。
揃った足音がどこまでも続く洞窟に響いて消えていく。
この洞窟はどこまで続くのだろう。
日が見えないために感覚でしか時間帯が分からない。
飛ばされたのが早朝だったから、昼前に差し掛かった頃だろうか。
「何もないのよ」
「何も?」
「魔物も、植物も、鉱物さえも。だから今まではロクに整備もされてこなかったし、使われても貯蔵庫や牢屋ぐらいだったのよね」
「マジか」
ゾッとした。
俺たちエルフには神から貰った『永遠の加護』の他に、動物や精霊から得られる『森羅の加護』というものが存在する。
動物や植物が近くにいればいるほど、身体能力や魔力が高くなるのだ。
だが、ディダミアがここには何もないと言った。
つまりそれは、エルフにとって水を持たずに砂漠を歩くことと等しい。
……俺はとてつもなく恐ろしい場所に閉じこめられていたらしい。
「ん? でもディダミアは魔法を使っていたよな」
「わたしが契約しているのは水の精霊だもの。水さえあればどこでも使えるわ──っと、ここまで来たわね」
ディダミアが足を止める。
目の前に現れたのは、木を組んで作られた簡易的な柵だった。
今まで魔法で明るかった洞窟だったが、柵の向こうは点々とランタンが掛けられているだけで真っ暗な道が続いている。
ディダミアからの忠告が飛ぶ。
「気をつけた方はいいわ。こっから先は整備が止まってる場所、トラップだらけよ」
「何もないクセにトラップだけはしっかりあるのか……」
「その分誰も近寄らないからいいのよ」
彼女は柵を乗り越え、ひょいひょいと器用に渡っていく。
彼女が通った場所の周辺をよくよく見れば地面や壁にスイッチみたいなものが見受けられた。
なるほど、これを見て歩けば引っかからないわけだな。
そう思って柵を乗り越え、何もないはずのところへ足を踏みだす。
──カチッ。
「ん?」
「あ」
軽く足が沈みこむ感覚。
突如背後の光が途切れ、何かがぐしゃりと押しつぶされる音がする。
恐る恐る振り返る。
暗闇の中、ランタンがどこからともなく現れた壁を照らしだす。
柵を押しつぶして現れたその前面には、鋭く大きなトゲがいくつもついていた。
いや、それだけじゃない。
その壁は洞窟についたランタンにも構わずだんだんと俺たちの方に迫ってきていて──
「逃げろぉおおおおおおおおおおおお!!!」
「え、ちょ、何やってくれてんのよぉおおおおおおおお!!!」
「隠しトラップとか分かるかぁああああああああああ!!!」
このトラップ作ったやつ絶対性格悪いだろ!
ばーかばーか!
お前のダンジョンでーべそ!
残った力を振り絞って全力疾走。
心の中の悪態もムチャクチャに加速する。
「この先の横道に逃げこむわよ! 遅れないでよね!」
「お、おう!」
ディダミアの指示にひぃひぃ言いながら返事をする。
言葉通り、洞窟の先には横道が続いている。
せめてあそこまでは持ち堪えてくれよ俺の体力!
……だが、この時の俺はまだ油断していた。
隠しトラップなんてものを置くようなヤツが、安直な仕掛けだけで満足するはずがないのだ。
やっとの想いで横道に入ったその時。
「え?」
急に目の前を走る少女の身体が沈んだ。
何が起こってるのか分からないディダミアが呆けた声を漏らす。
後ろから追っていた俺は、その光景を彼女よりも理解できた。
曲がった先にあったのは洞窟の闇より昏い落とし穴。
穴の底には無数の刃が、まるで龍の牙のように鋭く輝いている。
こんなところに落ちれば、小さいディダミアの命は一瞬にして断ち切られてしまうだろう。
──やばい。
引き延ばされる思考に危機感が追いついた瞬間。
「こんにゃろぉおおおおおおおおおおお!!!」
俺の身体は跳ねていた。
今まさに穴に落ちているディダミアに手を伸ばす。
間一髪届いた手で彼女を引っ張り上げ、穴の向こう側へ伸びている通路へと着地する。
「ぜぇ、ぜぇ……あ……っぶねぇ! 死ぬかと思った……」
背後で落とし穴が閉まる音が聞こえる。
恐怖と疲れに震える身体は、なんとか意地だけで俺の身体を支えていた。
……ちょっとでも遅れていたらトラップの餌食になっていただろう。
いくら神から『永遠の加護』を授かろうと、エルフも生き物である以上死神タナトスから逃れることは決してできない。
「ふぃい……ディダミア?」
「……」
息を整えながら腕の中に視線を落とすと、ディダミアはポカンと口を開けていた。
ついでにぱちくりと瞬きをしている。
まだ状況が呑みこめていないのだろうか。
……まつげ長いな、こいつ。
なんかいい匂いもするし……。
「……っ」
胸の鼓動が一度、大きく跳ねた。
気づいた。
気づいてしまった。
こ、これはいわゆるお姫様抱っことかいう状態なのではないだろうか。
全身からさらに汗が噴き出す。
手足の震えの原因に、疲れ以外のナニカが混ざってきた。
「お、おーい。ディダミア?」
胸の中にこみ上げてくる緊張を何とか抑えながら呼びかける。
俺の様子に気づいた様子がない彼女は、どこか夢見心地で訪ねてきた。
「アトラス、何でわたしを助けたの? 見捨てればよかったのに」
「バ、ババババカ言うな、お前がいなくなったら俺がここから出られないだろうが」
「何をそんなに慌てて……っ」
ディダミアもようやく自分の状態に気づいたらしい。
暗がりでも分かるほどに顔が赤くなる。
「い、いつまで抱えてるのよ、変態!」
「あ、お、おう、すまん。いい感じに腕の中に収まってたからつい……うわ、暴れるなって!」
「わたしがちっこいって言った!?」
「言ってない言ってない! 落ち着け!」
叫ぶ彼女を何とか落とさないように床へ下ろす。
いやまぁ、こうして見ると小さいのは確かだ。
彼女の身長は俺の肩ぐらいまでしかないし。
……ディダミアの身体、柔らかかったな。
「まぁ、その……ありがと」
「お、おう。後、すまん。元はと言えば俺がトラップに引っかかったわけだしな」
「……ケガしなかったからいいわ。水に流してあげる」
もじもじと所在なさげな感謝が告げられた。
やっぱりこいつ、小動物みたいな可愛さがあるな。
「行きましょ。もうすぐ出口だから。そこの先安心して休めるはずよ」
「や、やっとか」
「あ、言っとくけどこの先もトラップだらけだから、気を緩めて引っかからないでよね」
「善処する」
忠告に肝を冷やしながら、俺たちは先に進もうとする。
もう何度目かのランタンに照らされた一本道の先は長そうだった。
あとがき用
アトラス:身長180センチ
ディダミア:身長149センチ
ちなみに加護はゲームで言うところのパッシブスキルのようなものです。
『永遠の加護』
永遠を生きる者に神から授けられた不老の力。
解除の条件は種族によって異なる。
エルフ種の場合はその身の純潔によって永遠となる。
『森羅の加護』
森を生きる者に大自然から与えられる加護。
<地形:自然>特攻とも言える。
<属性:自然>の所持者が周囲にいればいるほど、身体能力に上昇補正がかかる。