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今世の望み

 告白を受け、断ったあの日から、ノエラの世界は灰色だった。

 それは、断ったことで諦めがつくと思っていたのが、これで良かったのだと振り切れない自分がいる為だ。



(……だけど、もしあの時、キースの告白を受け入れていたら、キースは幸せにはなれない)



 勿論、キースのことは大好きだ。

 恋愛対象ではない、お兄ちゃんにしか見えない、なんて嘘。

 前世のことは約束以外殆ど何も思い出せていないけど、それ以上に今を生きている“キース・レヴィン”が好き。

 本当なら、あの差し出してくれた手を取りたかった。



 ……だけど。

 彼女には無理だった。



(……私がキースと共にいることを選んだら、キースの評判が落ちる)



 そう、彼女はキースの幸せを誰よりも願っていた。

 だからこそ、昔大怪我を負って背中に出来てまった、“消えない傷”を持ち、他の伯爵令嬢より誰よりも傷ものとして扱われる自分とキースは釣り合わないと、自ら身を引いたのだ。



(……これで、良かったんだ)




 私では釣り合わない。

 端正な顔立ちであの明るい性格を持つ彼は、人気者。 もうすぐ公爵家を継ぐことになる彼にはもっと、自分より相応しい人物がいる。

 キースはきっと、“前世”で交わした契りがあるから、私に告白してきた。

 ……そう、ただそれだけ。



(……なのに)



 行き場のないキースへのノエラの気持ちは、消えてくれることはなかった。



(……前世で幾らキースが思ってくれていても、その前世ですら私には記憶がない)



 何も覚えていない、傷持ちの体を持つ自分は彼には相応しくない……




(これで、良かったのよ)



 そう彼女は自分に言い聞かせながら、色褪せたように見える世界と対峙するのだった。





 ☆





 そんなある日、ノエラの心を大きく揺らす出来事があった。

 それは、ノエラ宛に手紙が届いたのだ。

 ……送り主は勿論、“キース・レヴィン”の文字。


「……っ、キース……」


 キースの、昔から……いや、今思い出したが前世から変わらない、綺麗で丁寧な字に泣くのを堪え切ることが出来ず、彼女の口からは嗚咽が漏れた。

 そんな震える指で手紙を漸く開いた時、彼女は瞠目した。



「! ……そ、んな……」



 彼からの手紙は。

 この前の告白の謝罪と今までの感謝、そして……、



「キースが……、遠くに行ってしまう……?」



 公爵家を継ぐ前に、他の国へ留学し、広い視野を身につけてきたい、ということだった。



(しかも、いつ帰ってくるかは分からない……)



 留学期間は不明だと、自分が納得するまでは帰ってこないと、そう書かれていた。



「……いつ、いつ彼は、いなくなってしまうの……?」



 肝心なことのはずなのに、キースがいつから留学しに行くのか、一言も書いていなかった。



「……っ」



 ノエラは一瞬迷ったような表情をしたものの、気が付けば屋敷を飛び出していた。



(もし、キースが今日から居なくなってしまっていたとしたら。 私は、彼にお別れすら言えずに会えなくなってしまう)



 そこで、前世の記憶をまた思い出した。



 彼女……、ノエラ・クラークには持病があった。

 ノエラはその持病のせいで亡くなってしまったのだ。


(キースはそんな持病を持っていると知っていながら、私を好きでいてくれた)



 “ノエラ、俺は君をずっと愛している。

 だから来世こそ絶対、君と共に一緒に居られる未来を願っても良いだろうか”


 “好きなんだ、ノエラ”



 ノエラの頭の中で夢の中の前世のキースと、今を生きているキースが重なる。



(……っ、これでお別れだなんて、そんなの嫌だ)



 ……やっぱり、私には無理だった。

 我儘を言っているかもしれない。

 今頃、迷惑かもしれない。

 ……だけど。



(願っても叶えることが出来なかった“あの時”とは違う。 それに、“あの時”とは違ってまだ、彼に何も私の気持ちを、伝えられてない……!)



 キースがいなくなってしまうかもしれない。

 そう思ったら彼女の足は自然と、あの事件以来訪れることのなかった、というより禁止されていた馬小屋へと足を向ける。

 当然、そこには見張りの者がいたが、ノエラは反対を押し切って言った。



「お父様にはちゃんと、私の口から後で話すわ! だから……、だから! 今だけは私の我儘を通させて!」



 そうノエラの焦ったような、それでも揺るぎのない瞳に根負けし、流石にあれ以来乗っていなかったノエラだけを乗せるわけにはいかないと、年配の昔からいる騎士がノエラと共に乗り、馬を走らせてくれた。

 ノエラは心からその騎士に礼を言いながら、心の中で願う。



(お願い、キース。 まだ、まだ……、行かないで!)






 ☆





 ノエラの望みが届いたのだろうか、レヴィン公爵邸の前に一台の馬車が止まっていた。

 そして、その馬車が走り出したその門の前には、彼女の大好きな人の姿があった。 



「!! キース!!」



 ノエラは大きな声でキースのを名を叫ぶ。

 キースはそれに驚いたような表情をし……、固まったように動かなくなってしまった。

 そんなキースに、ノエラは乗せてもらった騎士に馬から降ろしてもらい、キースに駆け寄った。



「キース! 私……!」

「ノエラ! ……君は……!」

「え?」



 ふわり。 気が付けば、キースはノエラに抱きしめられていた。



「え? え?」



 驚き固まるノエラに、キースは何故か肩を震わせていた、と思った次の瞬間、ノエラに叱咤した。



「馬鹿! あれだけ馬には乗るなと約束しただろう!? アトリー伯爵とも約束したはず」

「キースが、あんな手紙を書くからでしょう!?」

「!」



 今度は、キースが驚く番だった。

 それは、ノエラの目から大粒の涙が零れ落ちていたからだ。

 ノエラはそれを拭いもせず、馬に乗ったことによって少しだけ汚れてしまったワンピースに手を落とし、ギュッとその裾を握る。



「……キースが、私の目の前から居なくなってしまうと……、勉強をしに行くために、どこか遠くへ行ってしまうと聞いて、居てもたっても居られなくて。

 私、私……」



 そんなノエラの言葉を聞いたキースは、不意にノエラの体を横抱きにする。

 そして、近くにいた自身の従者に声をかけた。



「ノエラと話がしたい。 今すぐ応接室へ向かう」

「はい」



 キースの言葉に従者は会釈をし、先に屋敷へと歩いていく。

 ノエラはその状況に困惑し、下ろしてとキースにいったが、キースは頑として言うことは聞かず、キースの家の使用人やノエラを連れてきてくれた騎士に生温かい目で見守られながら、ノエラはおとなしくキースに抱かれ、屋敷へと入ったのだった。


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