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こいが新しか九州の夜明けたい


【九州中央区 今泉】


坂本と大名の鳥皮屋で別れた西郷と桂子は天神西通りの人混みの中を歩いていた。

「坂本さんのお陰で連合話も上手くいきそうね」

「上手くいきそうでは駄目でごわす。絶対に上手く行かんと自ら黒子を申し出たさかもっちゃんが浮かばれんでごわす。」

西郷はニッコリ笑いながら桂子を見て言った。

「そうね、絶対そうならなきゃね」桂子がそう言いながらそっと西郷の手を握ると、どちらが誘うでもなく二人は国体道路を渡った。


博多天神近辺で『国体道路を二人で渡る』と『今泉(国体道路の南)のホテル街にしけこむ』は同義語である。

同じ『国体道路を渡る』でも中洲においては『入浴料の高い特殊公衆浴場に行く』が同義語となる



【九州博多区 屋台大政】


薩長連合が生まれた日、二人の愛も生まれればと思い、気を効かせて西郷達と別れた坂本は、昭和通り沿いの行きつけの屋台の暖簾をくぐった。


「おお、坂本さんいらっしゃい!」

「今日も暑かね~はよ冷房ば入れんね」

「あと半年したら入れるけん待っときやい」


毎回毎回いい加減やめたいが、このやり取りをしないと博多の屋台は始まらないのでしょうがない。ちなみに冬は「暖房ば入れんね」となる。


「坂本さんお久しぶりです」そう言いながら、取り合えずビールを飲み始めた坂本の横に、暖簾をかき分けて入って来た新撰ゼミのソージが痔を気にしながソロリと座った。

「な~んばシレっと挨拶ばしよっとや、こん前舞鶴小んとこで後ろからおいばクラしたんは、多分きさんやろが」

坂本はソージの方に体を向けながらチラリと屋台の外を覗った。

六人・・素性を隠すためか法被は羽織らず、いつでも飛び掛れるよう腰を落として半身で身構えている。

「舞鶴小?はて何の事ですかね。それよりさっき大名の店で三人さんで何の相談をされていたんですか?良かったら私にも教えて頂けませんか」柔らかな物言いだがこいつも身構えている。

「知っとってん誰がこっちから言うか!そいに店からは、お前んとこに情報はもう入っとろうが」坂本を見ながらニヤリと笑うソージをひと睨みしてから、坂本は大将に言った。

「すんません大将おあいそ!」

「えっもう帰るとね?」

「外にお客さんが六人も待っとるけん仕方んなかたい。ビール代ここに置くばい」

そう大将に告げると、坂本はすっと席を立って屋台の外に出た。

「坂本さん!」そう叫んで続いて席を立とうとしたソージの椅子に坂本が足払いをかけた。

「追えっ追うんだ!」尻からアスファルトに落ちたソージは外のゼミ生達に悶絶の表情でそう叫んだあと気を失った。



【九州博多 福博であい橋】


「酔うて走るときつかね~やっぱたまらんばい」

坂本は福博出合い橋の上で息を整えながら後ろを振り返った。

追手の新撰ゼミは直ぐ近くまで迫っている。


「ホークス優勝には、ま~だ早かばってんが仕方んなかたい」

意を決した坂本は欄干に足を乗せ夜の那珂川に飛び込んだ。

「くそっ取り逃がしたか」

「下流を探すんだ!」

新撰ゼミのやつらの声が遠のいて行く・・・


「さかもっちゃんがっ? そいでまだ見つからんとかっ!」

今泉のホテルで連絡を受け、携帯を握りつぶさんばかりに叫んだ西郷の横で、寝起きの眼をこすりながら「坂本さんが・・・どうしたの?」と桂子が聞いた。



【九州 博多埠頭】


那珂川に飛び込んで追手から難を逃れた坂本は、流れに体を任せて河口の博多埠頭迄たどり着くと、丁度そこに停泊していた船のデッキにやっとこさよじ登り一息ついた

「さてこれからどうすっかね~むやみに外も歩けんなったもんな~」とひとり呟いた坂本の鼻腔に何処からか甘い香りが漂って来た。なんか良か匂いやな~と思いながら坂本はそのまま深い眠りに落ちてしまった。

眠りに落ちた坂本の体の横に何時の間に現れたのか柳生室長がしゃがみ込み、坂本が完全に落ちたのを確認すると

「あんたが居ると色々と邪魔なんでな、しばらく海外旅行でも楽しんで来なよ」と言い残すとまた消えた。



【韓国 釜山港】


坂本は、どこからか聞こえて来る女性の声で目が覚めた。

「まもなく釜山港に到着しまスミダ・・」

「えっ?ぷ、釜山?これってビートルだったの!?」


やがて知らせを受けた入管職員が乗船して来て坂本にハングル語で「パスポート不所持と無賃乗船の疑いで逮捕する」と告げると坂本はそのまま入管に拘束されてしまった。


入管の拘置所で坂本は寝転がりながら

「あ~みんなに何て言おうかね~、やっぱバカて言われるとやろね~母ちゃんからま~た怒らるうとやろね~。それにしてん入管のアイツラは何て言いるかいっちょん解らんもんね~墨田区やらカニサラダとか~、まあバカが考えても仕方んなかけんもう寝よっと」と独り言をつぶやくと本当に寝てしまった。


その夜夢の中で坂本はギターを弾いていた。そして

「うを~こんリフはカッコよかバイ!スゴカ~ヤッパおいは天才じゃなかろか?」と寝言を言っていた。



【ニッポン国長州 松下音塾】


「社長、まだお仕事ですか?あまり根を詰めるとお体にさわりますよ」事務所のデスクで徳川レーベル所属の三本柱の最後の一人サブローの『新宿コマ劇場サヨナラ公演~祭り~』のチラシを見ていた吉田にその片腕の秋本が声をかけた。

水戸の浜崎聖子と尾張の藤井剛に対する同時多発テロゲリラライブは成功に終わったが、徳川最後の大御所サブローは「演歌」歌手のため松下音塾の手持ちの若いミュージシャンでは効果的な打撃を与えることが不可能に近かった。

「彼の固定層は根強い、それも年配のファンばかり・・そう簡単には引きはがせそうも無い」こめかみを指で揉みながら吉田がうなった。すると秋本が思い出したように手を叩き

「社長!九州に水川きよしっているじゃないですか!彼ならサブローに十分対抗出来ると思いますがいかがでしょう?明日にでも連絡を取ってみますが」と言った。

「おおそうだった。彼ならサブローから女性年配ファンを奪うのは可能だ!ありがとう。よ~し、そうしたらこれから次回のシナリオをズンドコ作り上げるぞ~」

「ははは、社長は走り出したら止まらないから。じゃあ私は先に」

朝方吉田が徹夜でサブロー攻略の作戦シナリオを書き上げた時、事務所の前に数台の車が止まる音がした。



【九州博多区『島津酒造』福岡支店】


「坂本さんはまだ見つからないの?」

沈痛な表情で桂子達が事務所に入って来た

「うちん会社の福岡支店総動員で探しちょりもすが、まあだ何の報告も上がっとらんと」事務机の上の電話機を前にして目の下にクマを作った西郷が応えた。

「そう・・」重い空気が事務所に充満し始めた時、桂子がバッグからスマホを取り出すと

「これ、昨日坂本さんがギターを弾きながら歌ってる夢を見たの。私飛び起きてすぐに覚えていたリフを急いで曲に落としてみたんだけど、聴いて・・・」と言った。

西郷は桂子から差し出されたスマホを受け取ると耳に当て目をつぶって聴き始めた。そして1分後「こん曲、こん曲があれば徳川ば倒せる!」と叫んでいた。


「さぁて、こん曲の歌詞はどしたらヨカかのぉ、こんリフに負けん歌詞となると一筋縄ではいかんぞ」みんなで興奮しながらその曲を回し聞きした後、そう言ってどんぐり頭を掻きむしっている西郷に桂子は言った。

「坂本さんのリフに歌詞をつけるのは、どう考えても一番の盟友である西郷さんしかいないと思う」

「おいがっ?」

「うん」

「うん」

「そうよね」

「そう、そいしかなか」

「そうくさ」

みんなは、そう言って互いにうなずくと肩の荷が下りたような顔で西郷を事務所に残したまま出て行った。


その夜、薩摩屋敷で芋焼酎を飲みながら長い時間歌詞と格闘していた西郷だが、未だに歌詞の一行も書けていない。

そして夜明けも近くなった頃、たいがい焼酎も回ってとうとう寝入ってしまった西郷は「おお~こいじゃこいじゃ~スラスラっと出て来る出て来ると~、やっぱオイは天才でごわす!」と寝言を言っていた。

2時間後「いかんっ忘るるッ」と言って、慌てて飛び起きた西郷はその歌詞を書き上げると、すぐに薩摩屋敷そばの25時間営業の黒田屋に薩長連合のみんなを呼び出した。

朝定食を食べながら夢で作った歌詞とは絶対に言わないドヤ顔の西郷が、プリントアウトした歌詞をみんなに回す。

しばらく歌詞を読みこんだ後、みんなが満面の笑みを浮かべた

その時、西郷の携帯が鳴った。

「はいはい~・・・・、なにっ!吉田社長がっ!分かりもした・・はい・・・」

青ざめた顔で電話を切った西郷に桂子が聞いた。

「吉田社長がどうしたの?何かあったの?」

「秋本んさんからの連絡じゃが・・・吉田社長が投獄されたらしか・・・」

「吉田社長が!嘘よ・・・・こんな大事な時に、それで秋本さんは何て言ってたの!」桂子が取り乱したように西郷に詰め寄った。

その桂子の手を握り落ち着くようにと言ってから西郷は秋本からの電話の内容をみんなに伝えた。

吉田社長は、前日から仕事で事務所に泊まり込んでいたところを早朝に踏み込まれた。

その時書き上げていたテロ関係書類も一緒に押収された為、テロ関与に対しての言い訳が出来ない状況であったとの事。

「坂本さんどころか吉田社長までも・・・・わたし絶対にあいつらを赦さない!」テーブルに突っ伏して泣き出す桂子達を見ながら西郷は珍しく顔を真っ赤にして「慶喜ば倒すだけじゃなく、家康まで倒さんといけんごてなったな」と言った。



【九州博多区 中洲 酒いち番】


「和子ママお待たせ~」

春吉のクラブ曼珠沙華の和子ママと同伴のため予約した中州の居酒屋「酒いち番」の二階座敷に、普段社内で使ってるダミ声にオクターバーをカマせた上、ヴィブラートを深く掛けた様な声と共に満面の笑みの浮かべた慶喜が上がって来た。

和子ママは、隣の席で変装して飲んでいる勝に目で合図すると

「もう慶喜ちゃんたら遅いから~寂しくてちょっとだけ飲んじゃった~♥」と言って色っぽいシナで人工の谷間を作り、ホロ酔いの潤んだ目を慶喜に投げかけた。

もちろんノドぼとけはこのクソ暑い日でもスカーフで隠している。

慶喜は運ばれてきた生ビールをイッキに飲み干すと、その人口の谷間に目を釘づけにしながら

「ごめんごめん、現場に寄って来たんだけどさぁ、もう低能な部下ばっかりだから俺が直接出ばんなきゃ何んにも進んでないのよ~、俺みたいな切れ者の上司を持つと部下は迷惑かなぁ~なんちゃって。そうそう、ママも来年には俺の力でニッポン国メジャーデビューさせてあげるから、俺の力でネ♥それでさぁ~その辺の打ち合わせをこの後ゆっくりとホテルの部屋なんかでね、どう?」

人口の谷間の持ち主に言った。

「う~ん、困ったわ~、今日は急に女の子が休んじゃったから早めに店に出なきゃいけないの~」

自分が書いたシナリオに出てこない和子ママのセリフに、口を尖らして少々不機嫌な顔になった慶喜の手をテーブルの上でユックりとさすりながら和子ママが「ねえ、話は替わるけどハリスとはどうなってんの?」と切り出すと、横の席に座って明太卵焼きをツツいていた勝がポケットの中の手を動かした。

「ああ、本社には内緒だけど今度の葵フェスが終わったら長崎出島にハリスレーベルのCDショップが出来るんよね。まあ、あくまで長崎出島地区のみの販売だからうちとしては仕方なく許可してやるんだけどさ。困った事にその売れたCDがどこをどう流れて行くかなんてのはこっちじゃ分かんないんだよね~」

と慶喜はニヤニヤしながら和子ママの手を逆にさすりだしながら答えた。和子ママはその手に今度は自分の指を絡めながら慶喜に

「でもそうなったら慶喜ちゃんのとこの九州徳川レーベルの売り上げに響くんじゃないの?」と心配したように尋ねると、

「へっ!こんな九州の市場なんて俺にとってはどうでも良いんだよ~。本社の野郎共め!創業者一族の俺を島流しにしやがってさ~、それに長崎の件が上手くいったら俺はハリスレーベルから重役として迎えられるんだよ。世界のあのハリスレーベルの重役様になるんだぜ!そうなったらママにも香椎浜のタワーマンション買ってあげよかな~。あっ勿論この件は本社には内緒だけどね」

「本当~嬉しい~♥」

慶喜の手の甲ににキスをしながら隣の勝に「これでどう?」というみたいに和子ママがコッソリと目配せすると、隣の席の勝がポケットに手を入れたまま席を立った。



【九州博多 地下鉄グランドホテル】


「あ~暑い暑い、え~と、イガグリ頭のズングリむっくりと厚化粧の女はと・・」地下鉄天神駅で降りて西通りに上がった所に建つホテルのコーヒーラウンジの入口で、勝は松下音塾の秋本から渡されたメモを見ながら先客を探していた。

「おっあそこでイチャついていやがんのがそうだな」

ウェイトレスに生ビールを注文しながら、奥のボックスの席でピッタリ寄り添い乳繰り合う寸前の西郷と桂子の前の席にドッカと勝は腰を下ろした。

「悪いが続きは話の後にしてくんな。薩摩の西郷さんと吉田社長さとこの桂子さんだね」

「あああ、すんもはん。おいどんが西郷でごわす。勝さんですな」

顔を真っ赤にしながら急いで体を離す西郷と桂子に

「初めましてと一席もうけたいところだが、そんな時間もねえようだし、単刀直入に聞くぜ秋本さんからの情報では薩長連合は凄い切り札を手に入れたらしいが、アンタ達がそれを使ったら西郷さん、あんた明日のフェスはどうなると思うかい?無事に終われそうかい?」そう言って勝は生ビールを一口飲むと、西郷のクリクリとした目を覗き込みながら自分と同じ予想の答えが返ってくるのを待った。

「間違いなくひと騒動おきますな。いや、こん切り札はそれ以上の力があるて思うとります。例え観衆の大半と審査員全員が徳川側だとしても」

「そうかい・・・間違いなくか・・」そう言ってしばらく考えた勝は西郷に「おいらは慶喜に異拍子禁止令の『無血解除』を申し入れるつもりさ」と言った。

「無血解除!」驚いた西郷と桂子がテーブルの上に同時に乗り出した。

「そうさ、博多武道館や博多の街が焼け野原にならない為にはそれしかねえと思ってる」

「しかしアイツがそんな申し出を呑むはずはなかて思いもすが・・・」

「そうさな、だからそいつを呑ませるためにもアンタ達に慶喜を二度と立ち上がれねえ程ブッ叩いて貰わねえとな。ん?アンタ達を引っつけた坂本ってえのは今日どうしてるんでぇ?」

「さかもっちゃんは慶喜の手下の新撰ゼミの連中に襲われたまま行方不明でごわす」

「何だって!そりゃあまいったな」

「あの・・・吉田社長は大丈夫でしょうか?」

桂子が勝に尋ねた。

「ああ今んとこは拘留されているだけだからな。しかし押収された書類が書類だけにこのままだと実刑くらうかもしんねえな」

「そうですか・・それと昨日の秋本さんの話では、もしかしたら勝さんも今日ここに来れなくなる場合もあるって言ってたんですが、大丈夫なんですか?」

「その件だが、吉田と西新宿で会った時に店員の中に間者が紛れ込んでいたみてぇでさ、おいら達の会話の内容を知った徳川筆頭重役の井伊のヤロウが吉田を挙げたとこ迄の話は聞いてるだろ?実は次はおいらの番と言う時にヤロウは出入り業者からの賄賂が発覚してクビになり、寸でのとこでおいらは首がつながったってぇ訳さ」

勝はジョッキに残ったビールを一気に飲み干すと

「・・・・そうか坂本もか・・・・そうなると絶対に明日は慶喜を倒してくんな、頼んだぜ!」

そう言って生ビール代を払わずにラウンジを出て行った。



【九州博多区 博多武道館】


8月15日快晴の空のもと、ここ博多武道館は『アンダーザ葵タマネギフェス』開催の日を迎えた。

九州最大のミュージックフェスと謳いながらも、会場の周りには焼きそばや新ショウガ売りの屋台がズラッと立ち並び、まるで『放生会の箱崎宮境内』状態である。また会場内部から外壁に至るまで葵ビールと書かれた提灯が吊るされまくっている武道館はまるで盆踊り全国大会会場と見間違うほどで、おまけに開場前の入口には浴衣を着た大勢の観客が『スカッと爽やかコクとキレの葵ビール』と書かれたウチワを持った格好で並んでいる。薩長連合の面々が屋台の並びを抜けて会場裏の通用口から中へ入ろうとすると、そこには警備担当の新撰ゼミのソージが入口を塞ぐ様に立っていた。

今日は尻の調子が良いのだろう脂汗をかいていない。

「これはこれは、薩長連合の皆さんお疲れ様です。おっ?坂本さんはどうしました?那珂川に飛び込んで夏風邪でもひきましたかね」

と言って鼻で笑ったソージの後ろでは新撰ゼミの連中があたかも挑発する様にニヤニヤしている。

「この野郎!さかもっちゃんを襲ったんは、お前らだろがぁ~」

ソージ等のこの態度に流石にキレたヤタローが、そう叫んでソージに掴み掛かろうとした瞬間、その体は強烈な足払いで音を立ててコンクリの床に転がされていた。

「会場内での刃傷沙汰はご法度ですよ。でもこれは、先日坂本さんからお借りした物をお返しただけですからね」

と床に転がっているヤタローを見下しながらソージが言った。

「くっそーあん浪人生がぁ~今度会うたらボコボコにしちゃるけん!」楽屋に入っても怒りの収まらないヤタローに「我慢せんか!いま騒ぎば起こすんは得策やなか、俺たちの役目は薩長連合が最後まで演奏出来るようサポートすることやろが。さぁ行くばい」と言ってシンタローが客席に向かうドアを開けた。会場は満員の客であふれていた。


《筥崎宮》博多の東にある由緒ある神社。山笠のお汐井取りもここで行われる

《放生会》9月12日から18日まで行われる博多三大祭りのひとつ。参道では新ショウガ売りの屋台が並ぶ。



【アンダーザ葵タマネギフェス】


『豪華スター共演!夢の演歌ショー』と盆踊りを足して割った様なダサいステージ上で、オープニングアクトである徳川レーベルの大物歌手サブローが歌う「元祖徳川音頭~祭りバージョン~」で今年のアンダーザ葵タマネギフェスが始まった。

のっけから大盛り上がりの会場の手拍子を楽屋で聞きながら薩長連合のメンバーは静かに出番を待っていた。

西郷が五個目の蜂来饅頭に手を伸ばそうとした時、楽屋のドアがバタンと開くと「わるか、わるか~、遅うなってからごめん~」と言いながら今朝方韓国の入管から拘束を解かれビートルで博多港に戻って来た坂本が入って来た。

「さかもっちゃん!」「坂本さん!」「無事だったの!」

薩長連合のメンバーは次々と坂本に抱きつきながら坂本の生還を喜び合ったが、坂本が新撰ゼミに襲撃された後の出来事を話し終えると「やっぱ本当のバカや」「バカの心配して損した」と言いながらみんなその輪から離れて行った。

西郷にいたっては蜂来饅頭を頬張りながら坂本の肩を抱き

「どげんバカでも、さかもっちゃんはこん薩長連合ば作った恩人でごわす。さあ客席から徳川が倒れるとば見とってくれもはんな」

そう言いながら「何か最初の方は俺、馬鹿にされとらんかったか?」とクビを捻っている坂本を楽屋から追い出した。

観客席へと体よく追い出された坂本は、会場内で先に待機していたヤタローとシンタローに出会った。

「さかもっちゃんっ!」「おう心配させて悪かったな」

3人は抱き合いそして坂本の生還を涙ながらに喜んだ。

「そいで、新撰ゼミに襲われて那珂川に飛び込んだ後はどがんしよったと?どこん隠れとったとね?みんな心配しとったとよ」

坂本が釜山の件を説明すると、「やっぱ、どげんしようもなか本当のバカや」二人からステレオでけなされ殴られた。



【回天ロック】


緞帳がゆっくりと引かれ、ステージ上の西郷をスポットライトが浮かびあがらせる。そして西郷が少し緊張ぎみにマイクに向かい

「四番、薩長連合、演目は回天ロック」とアナウンスしたあとドラムの森伊蔵が「ワン、ツー、ワンツースリーフォー」とカウントを取り始めた。

その瞬間客席の最前列でヘルスエンジェルス気取りでふんぞり返っていた新撰ゼミの連中がハッとして一斉に立ち上がると「ご禁制の8拍子だっ!即刻演奏を中止しろ!」と叫びながらステージに向かい駆け出した。

観客は何事か?と分からないままただ座っているだけだ。観客に紛れて潜んでいた坂本、ヤタロー、シンタローも同時に席を立ち、ステージ上に這い上がろうとする新撰ゼミの連中を後ろから引きずり下ろしにかかった。

ステージ下で10人以上の新撰ゼミと引っ張り合いしている坂本達はわずか3人、多勢に無勢でみるみる劣勢になっていく。

その両者揉み合いの後方から痔持ちの為に、椅子から立ち上がるのが一瞬遅れたソージが疾風のように坂本めがけて襲いかかった。

坂本の襟首を掴むと力任せにその体を後ろに引き倒したソージが新撰ゼミの兵隊の背を踏みステージに片足を乗せてかけ上がろうとした時・・・・尻にスキが出来た。

「こいつだけは許さん!」

その一瞬のスキを見逃さなかったヤタローが隠し持っていたスティックを抜き放ちソージの肛門と思しき位置に思い切り鋭い突きを放った。「ぐわぁ」またもや悶絶の表情でステージ下に崩れ落ちるソージに向かってヤタローが「へんっ、来年来やがれ!」と浪人生へ絶対に言ってはならない言葉を投げつけた。

「西郷さん!こいつらは何とか三分間だけ抑える!それが限界だ、早く演るんだ!」ステージ下で新撰ゼミと揉みあってる坂本が叫んだ。「さかもっちゃん!分かりもした!」

怒号嬌声が渦巻く中、その坂本の声を拾った西郷は、メンバーを振り返ると合図した。そして森伊蔵のカウントで再び演奏が始まった。


「これが回天ロック・・・・」ステージ下で新撰ゼミと揉み合いながら坂本は体の底から沸き起こる感情を抑えるのに必死だった。

何故ならこの感情を爆発させた自分の声はきっと西郷達の演奏を邪魔するくらいの大きな声になると何故か思えたからだ。

坂本一人が叫んだところでPAから出される音量の前では蚊の鳴き声にもならない。しかしなぜだろう間違いなくそうなるとしか思えなかった。いつの間にか坂本達も新撰ゼミの連中も立ち尽くし我を忘れて曲に聴き入っていた。

三分間の演奏が終わった時、一旦静まり返った観客席から大歓声と拍手が沸き起こった。


いつまでも終わらないスタンディングオベイションと歓声。

すると静まらない会場に向かい司会者の玉置の苛立った声が大音量で響き渡った。

「お静かに、ええ~、お静かにぃ!確か4番の薩長連合でしたかね、ハイハイお疲れさまでした。え~ここで審査員の皆様に寸評を頂きたく思います。え~どなたかいらっしゃいますかぁ? いらっしゃいますかっ!」

徳川レーベル御用達の司会者は、余計な事は一切しゃべるなよと言わんばかりの目で審査員一人一人を睨みつけながら聞いた。

審査員と言っても徳川レーベルのサクラである、薩長連合の曲に感動はしても徳川に逆らう気など微塵も無い。



【フェスステージ 葵徳川バンド】


「ハイっ特に無いようであれば、それでは皆様大変お待たせいたしました~これより前年度優勝の葵徳川バンドの登場です!」

司会者玉置の張り裂けんばかりの声と共に今まで出演したバンドの時とは比べようもない大掛かりなレーザーやミラーボールを使ったド派手な照明の中を、メンバー全員が苦虫を噛み潰したような顔を『水戸松平家に伝わる産婆の儀式』に使う金キンキラキラの衣装の上に乗せて、『葵徳川バンド』がステージに登場した。

「五番、葵徳川バンド・・『東照宮で逢いましょう』・・・」消え入るような声で演目を告げた後も『やっと取れた有給休暇を使って子供達をスペースワールドに連れて来たら、なんと昨年末に既に閉園してた事が分かり茫然と正門の前に立ち尽くすお父さん』のごとくマイクの前でピクリとも動かない慶喜。

「皆の者、構わぬ!演奏じゃっ!」

慶喜の異変に気付いた副社長の細川の掛け声で他のメンバーが慌てて演奏を開始したが、慶喜はずっと下を向き黙って突っ立ったままだった。

「彼には分ってるみたいね」

ステージ袖で慶喜を見ていた桂子が今や人目もはばからず西郷の手を握りながら言った。

「ああ、あとは彼が決断出来る男かどうかでごわす。」

観客の9割以上は徳川側のサクラが占めているはずだが、パラパラとおざなりの拍手しかない中を、葵徳川バンドの面々は肩を落としながらも観客席と審査員席に向かってひと睨みをくれてステージを下りて行った。


・・・・そして10分間の休憩のあと・・・・・


「それでは審査結果の発表です!」

再びドラムロールとレーザーが飛び交う中、司会の玉置が満面の作り笑いを貼りつけた声で

「優勝はエントリーナンバー五番、葵徳川バンドです!おめでとうございます。皆さま大きな拍手を~!」と叫んだ。

静まり返った会場からは、またもや疎らな拍手しかおこらない。

ステージ上にズラリと並んだ全出演バンドの中、葵徳川バンドの慶喜を除く3人が引きつった顔で万歳をしている。

他の出場バンドは優勝なんぞどうでも良いといった感じで、薩長連合の元に集まりその検討を称え抱き合い握手をしてる。

「ん?まあいいや、あとエントリーナンバー四番の薩長連合は、審査員協議の結果失格並びに三年間の対外演奏禁止処分となりました!」そう司会の玉置が告げた瞬間、場内から大ブーイングの嵐が巻き起こった。


ステージに向かって缶ビールや焼き鳥やゴミとあらゆる物が投げ込まれ、審査員席では後ろから羽交い絞めにされボコられている審査員もいる。ステージ上では司会の玉置が『攻撃力と防御力は低いが撃墜すると高得点になるシューティングゲームのレア的』のように観客から狙い撃ちされている。

場内の椅子が壊され葵ビールの提灯も片っ端から引きはがされて行き、まるで一夜明けた月曜朝の花見の会場跡と化したようなステージ上で、その体を盾に慶喜を護っていた新撰ゼミのコンドーが慶喜に「このままでは暴動が起き危険です。社長一旦引き揚げましょう!」と、まだ虚ろな顔をしている慶喜をステージ袖に引きずって行こうとした時「ちょっとお待ちよ、まさかお前さんこっから逃げだそうってぇのかい?」

いつの間にかステージに上がって来た勝が慶喜に向かって言った。


「ん?ああっ?お前は勝じゃねえか、本社のたかが常務くんだりが本社の次期社長候補の俺様になに偉そうに説教たれてんだよ。ほらよっ見ての通り今年も俺のバンドが優勝、そしてフェスも終了、だから俺が帰ったとこで何が悪いんだよ!ふざけた事言ってっとパパに言いつけて飛ばしてやるぞ!」そのパパから勘当されどっかに飛ばされた慶喜が弱々しくも勝に憎まれ口を叩いた。

「今このまま社長のお前さんが逃げたら誰がこの騒ぎを収めるんだい?九州徳川レーベルや新撰ゼミの力ではこの観衆のウェーブはもう抑えきれねえ。あんたもミュージシャンの端くれだ、あんた達が決めた二拍子に縛られ続けて黙っているほど聴衆は馬鹿じゃねえ事くらいもう判ってんだろ」

勝がこう言っている間にも、ネットライブを見ていた多くの市民が会場周辺に続々と押しかけると会場を囲み始め、その一部は暴徒化し新撰ゼミの警備力ごときではもう抑えきれない状況になっていた。

「徳川の横暴を赦すなっ!」シュプレヒコールが会場の内外から沸き起こっているが、ステージ上で座り込んでいる慶喜は今も下を向いたまま駄々っ子の様にイヤイヤと首を振っている。

「しかたねえな・・」勝は胸ポケットから取り出したボイスレコーダーを慶喜の耳元で再生し始めた。再生されたのは、中洲の『酒いち番』の2階で慶喜が和子ママに九州をハリスレーベルに売り渡す計画をバラした時の会話だった。

驚いた様に目を見開き狼狽しながら「こ、これは・・ち、違う!違う!」さらに崩れ落ちながらもその内容と声の主を否定し続けようとする慶喜に

「ほう、するってぇとこの声はお前さんじゃないんだね、だったらコイツをこの会場のPAで流しても、徳川本社に送っても構やぁしねえな?」と勝が畳みかけた。

そして少しの間を置いたあと、観念したように「分かったよ・・二拍子縛りは解いてやる」と慶喜が『二拍子の解除』に同意した。

「ちぃとばっかり偉そうな口ぶりでムカつくが、これで良いかい西郷さんよ。あとはお前さん達の力でこの会場が丸焼けになるのを止めてくんな」とステージ袖でこの様子を見ていた西郷に勝が言った。

「わかりもした」そう言って勝に一礼すると、西郷は観衆に向かってマイクを握り腹の底から叫んだ。

「では、も一回行ってみようか~回天ロ~ック!」


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