心まで盗むのは犯罪ですか?⑧
春がいつだったか忘れそうなくらい暑い初夏の日に、如何お過ごしでしょうか?
僕は薄紫色のワンピースのドレスを着ています。
もう正直服装は諦めるしかないんじゃないかと思い始めました。
今回のドレスの詳細は、バルーンタイプのスカートに、上はチューブトップになっていて、生地は総レースで上品な仕上がりになっています。
父さんの趣味でしかないけど、ドレスは毎回作るみたいです。
渚が大変だろって文句を出したが、本人が「楽しいから別に」とか言うから手に負えない。
「で、今回は何を狙うんだ?」
「エメラルドでございます、既に下調べは終わっておりますので…」
「どこに潜入するの?」
「都内のセントラルビルです、今回の逃走手段ですが少々危険で…」
都内の地図を広げて爺が説明をし始める。
「まずセントラルビルはツインタワーなのはご存知でしょうか?」
「うん、有名だから知ってるよ」
「エメラルドは右のタワーの最上階に展示されますから、エメラルドを奪取されましたら屋上へ逃げてください」
「そんなことしたら袋のネズミじゃないか!?」
そんなこと馬鹿にもわかるくらい簡単だ。
「そこからダミーの人形を飛ばして、警察の目を欺きます。その隙にとなりのタワーに飛び移っていただき後はエレベーターで降りるだけです」
「はぁ!?ちょっと待て、飛び移るってどうやって?」
「大体タワーとタワーの距離は30Mくらいですので、ガーネットで全力で飛べば可能です」
「うっ…」
各カーズジュエルを使うと判るのだが、能力の限界値が自然と身体に感覚として流れ込んでくる。
「桃子様ができたので、ミナト様も可能だと思ったのですが…」
「多分できるよ、けど高過ぎるだろ……怖いな」
「準備期間はありますので、練習しましょう」
渚はいつも通りハッキングでサポートの準備、僕は爺と確実に30M飛べるよう練習を重ねた。
………
……
…
―予告日当日―
今回のメイクは唇がメインで、サーモンピンクに透明なグロスを着けて触りたくなる唇を演出。アイメイクはブラウンカラーで、より一層唇が目立つような色使いにする。(渚談)
「メイクするけど、今回もマスクで隠れるんだよね…」
「お洒落は見えないとこも重要だっていうだろ?…よし完成!」
渚にメイクをしてもらうと不思議と気合いが入り、気持ちも怪盗モードに切り替わってくる。
化粧で女は変わるっていうのも、強ち迷信ではない気がする。
―セントラルタワー―
エントランスには昨日出した予告状の効果なのか、警官隊が並んでいて物々しい雰囲気が漂っている。
中へ入ると外ほどの警備はなく、展示会の客で溢れている。
周りの騒ぎ声を聞くと「早く会いたい」とか「何時に現れるんだろ」とか聞こえてくるがきっと気のせいだろう。アーアーキコエナイキコエナイ。
中には怪盗プリンセス目当ての物好きな人もいるかも知れない…。
「まずは逃走ダミーの準備だ、適当に警備の人捕まえなきゃ」
ここでアメシストの出番だ。
アメシストの能力はテンプテーションで異性をコントロールできる。
ペンダントにアメシストをはめて能力を発動させる。
「そこのあなた…このアタッシュケースを屋上に置いてきて頂戴」
難点は甘い声でささやかないと効果が出ないことだ、普段使い慣れない言葉と声に正直気持ち悪いが仕方がない。
「はい!喜んで!!」
副作用でコントロールされている間の記憶が相手から無くなるが、僕にはむしろ好都合だったりする。
テンプテーションの相手と一緒にエレベーターに乗り最上階を目指す。
一緒に乗った警備員の鼻息が何だか荒いが……問題ない。
最上階では展示室に入場制限がかかっていて、エメラルドを見るために列が出来ている。
列に並びながら作戦決行時間を待つ、今回も照明システムをダウンさせ暗闇の中でエメラルドを奪取する。
そろそろ時間だ。
3 2 1 0...
予定通り照明が落ち、仮面を取り出し装着する。
時間通りに難なくこなす渚の手際に、感謝しつつ展示室に侵入する。
騒然としている室内はそこまで広くなく、その中心にエメラルドが透明なケースの中に入れられ置かれている。
ゆっくりとケースに近づいていると、暗視ゴーグルをした警官と警部っぽいひとが駆け寄ってくる。
警察も何も対策してなかったわけじゃなかったみたい。
「しょうがない…」
ガーネットの能力に切り替えて、合気道の技と併用して片っ端から投げ飛ばしていく。
「ごめんね」
最後に警部っぽい人を投げ飛ばしてエメラルドに近づくとケースは分厚いガラスに覆われていた。
ブラックダイヤに切り替えてケースに手を触れ、能力を発動させケースを粉々にする。
「あとは逃走するだけだ」
エメラルドを握りしめ、屋上を目指す。
展示室を出る直前に電気が復旧して、部屋が明るくなる。
「あっちに居るぞ!」
「やった!ドレス姿が拝めたぞ!!」
「あの足に踏まれたい…」
「前回と衣裳がちがう!」
走り出す僕の後方から、騒ぎ立てる色々な声が聞こえた。
一部の変態野郎は無視としても、前回も見に来てた人とか暇なのかな?
部屋の外の警官隊が捕まえに突っ込んでくるが、軽く飛び跳ね何人かの頭を踏みつけて進んでいく。
「何してるんだ!小娘1人捕まえれないのか!?」
多分偉いだろう人の怒号が飛んでいる。
階段を翔昇り屋上の扉を閉め、しばらく入ってこれないようにドアノブをブラックダイヤの能力を使い壊しておく。
屋上に辿り着き、脱出用のアタッシュケースを探すため辺りを見回す。
「はぁはぁ、待っておりました!女王さっ「ふぇっ!?」ぶべら…」
真横から突然話し掛けられたので、思わず殴り付けて吹き飛ばしてしまった。
よく見たらテンプテーションをかけた警備員だった、殴られて顔がかなり腫れているがどことなく幸せそうだ。
「トラブルか?」
通信器で渚に声をかけられる。
「多分大丈夫だ、驚いただけ…」
気絶している警備員を見ながら頭を抱える。
(テンプテーション効果時間のコントロールを考えないとな…)
アタッシュケースを警備員の手から抜き取ると、ダミーの用意を開始する。
ダミーはハングライダーに動力を積み飛行できる。さらに遠隔操作して後で回収できるようにしてあるそうだ。
屋上の扉が抉じ開けられて警官と警部が入ってくる。
そのタイミングでアタッシュケースを起動させると、勢いよく破裂して煙りに包まれてよく見えなくなる。
煙に紛れて、ダミーが屋上から飛び立つとそれを見て警部が叫ぶ。
「ヤツは飛んで逃げるぞ!ヘリで追いかけろ、地上には非常線を張れ!!」
周囲がダミーに気をとられているうちに、ガーネットの能力を最大にして隣のタワーへ飛び移る。
正直高過ぎて怖いがやるしかない…
僕自身が高速に動くため、周囲の速度が急激に遅くなったように感じ、飛び立つ瞬間は鳥になったような感覚に捕われる。
もはや常人の目には映ることはない、100M走ならぶっちぎりの世界最速だろう。
「ふー、無事着地にも成功っと」
しかし、まず誰も居ないと思っていた隣のタワーで視線を感じた。
「おっ、本当に現れたね。エメラルドの通りだったな」
「君は『ヘルメス』の工作員かな?もしくは…契約者だったりして」
背丈は渚と変わらないくらいで、金髪に透き通るような青い瞳をしていてパーツ一つ一つが洗練され整った顔のイケメンがニヤリと笑い話し掛けてくる。
笑っているが、今まで感じたことのない独特な感覚が肌に直接ヒリヒリと伝わってくる。
僕は思わず拳を握りしめ臨戦態勢になる。
まず、僕たちの作戦がバレているとは考えられない。常人には出来ない作戦だから…警察ではない。
僕は小声で渚に通信する。
「ヘルメスってなんのことだ?」
「ついに来たか…あとで話すから、全力で逃げろ」
「どういうことだよ……まぁいつもことか」
渚も爺も僕の身を案じてか余分なことを教えてくれない、その変わり目の前のことには集中できる。
しかし、僕だけ知らないのは面白くない。
「後でしっかり説明してよ?」
「いいから気を付けろ!」
渚と通信しながらだが、謎の男の異常な雰囲気はすでに肌で感じて警戒していた。
「ごちゃごちゃ言ってないで手合わせ願おうか」
渚には逃げろと言われたが、ただでは帰してもらえそうにないためガーネットの能力を発動し態勢を整え始める。
「キタキタ、この感じ契約者じゃないか!」
謎の男は無邪気に笑っている。
僕は彼是考えるのは止めて先手を取って攻撃を仕掛ける。
スピードを上げて近付き、そのままストレートを繰り出すが当たる寸前で身体を捻り避けられる。
すかさずしゃがみ込んで足払いをするがバックステップで避けられる。
「普通なら早いんだろうけど、僕には通用しないぞ」
謎の男の指には指輪が緑に光輝いている、直感で肌にヒリヒリと刺激をしたのはあの指輪だと判った。
カーズジュエルはとてもじゃないが同時発動はできない、能力を引き出すだけでも相当の集中力がないと発動できないからである。
次は本気で攻撃しないと、逃げ切ることは出来ないと判断してブラックダイヤで仕掛ける。
さっきと同じようにガーネットで近付き、掌が相手に触れた瞬間にブラックダイヤを発動させる。相手に触れてから能力が発動するまでの間はおよそ1~2秒。
威力の感覚的には相手の腕の骨が折れるレベルはずだった…
「何か仕掛けてくると思ったが、その程度かい?」
僕は慌ててバックステップをして、相手との距離をとる。
「何で…!?」
相手は腕が折れているわけでもなく、肩を落とし単に落胆している様子。
指にはめた指輪はさっきの緑色から赤色に変わっていた、その赤色はガーネットの紅色よりも明度が高く光輝いている。
「こっちも攻撃するか…」
謎の男に先程までのにやついた笑顔はなく、無表情で近づいてくる。
「ど、どうしたら…」
「ミナト!何やってる!?下から逃げろ」
渚の声に驚いたが、渚の言いたいことが直ぐに理解できた。
「わ、わかった」
ブラックダイヤで屋上の床をぶち破り、砂ぼこりと共に下の階へと逃げ出す。
謎の男は面倒くさそうに金髪の頭を掻きながら喋る。
「ちっ、逃げられたか……」
―リムジン車内―
僕は今爺の運転するリムジンで神奈川家屋敷へと帰っていた。
謎の男に全く歯が立たなかったこと以外は、何も問題はなく怪盗を終えた。
正直いってこの化け物のような能力を手に入れて以来負けることなんてないし、ジュエルさえ見つけてしまえば簡単に元に戻れると思ってしまっていた。
そんな風に思っていただけにショックだった。
「教えて欲しい、『ヘルメス』って何なんだ?」
爺はルームミラー越しに僕と目を合わせて答えた。
「『ヘルメス』とは、桃子様をサポートするために旦那様が結成された組織です」
僕は黙って爺の話を聞く。
「表向きは都市開発を研究し、暮らしに役立つシステムやアイテムを作っています。纐纈家のものはその全てに関わっています」
不機嫌そうに黙っていた渚が口を開く。
「ハッキングもメイクも俺の両親や姉さんが教えてくれたんだ……それより何で言う通りにしなかったんだ!?危険だってことが解らなかったのか!」
「それは…」
激昂する渚を諭すように爺が言う。
「渚、止めなさい。ミナト様に全て話さなかった私たちが悪い」
「『ヘルメス』はもうひとつ目的がありまして、敵対する『エリス』の活動を諜報・妨害することです」
「『エリス』?」
爺は続けて説明してくれる。
「『エリス』とはホープジュエルを利用して軍事介入する闇の武器商人たちの組織の総称です」
「ホープジュエル…」
「ホープジュエルとは、カーズジュエルを研究して人工的に作り出した合成宝石のことです」
その説明だけで、カーズジュエルを悪用して世界を牛耳ろうとしていることが容易にわかった。
「ミナト様は聡明であられるから全てを説明しなくてもわかると思いますが、『エリス』は我々の敵です」
僕の使命がはっきりと明確になった瞬間だった。
「『エリス』は僕が叩き潰す、全てを終わらせて母さんの…春原家の使命を全うさせる」
―神奈川家屋敷居間―
「ホープジュエルってカーズジュエルと使用方法違うの?」
「ホープジュエルを所持していないので正確には分かりませんが、今のところ敵対した相手は全てジュエルを武器などに嵌め込み能力を発揮していましたが…」
謎の男の能力発動を確認した訳じゃなかったが、武器らしき武器は持っていなかった。
「僕が対峙した『エリス』のメンバーは僕と同じ契約者かも知れない…相手も僕を契約者だってわかったみたいだったし」
「何と!?」
爺が驚いた顔を見せた。
「音声は繋がっていたから、状況は何となくわかっていたけど一番危険なやつに遭遇していたのか…」
渚は僕が言うことを聞かなかったからか、少し怒り気味で説明してくれた。
「奴は間違いなくカーズジュエルのアレキサンドライトの契約者だ、正確な情報は姉さんが持っているだろうけど…次は俺の言うことをちゃんと聞けよ!!」
そういうと渚は部屋を後にした、残った爺が付け加えて言う。
「より一層カーズジュエルを上手く扱えるよう鍛練が必要かもしれませんね」
僕も爺と同じことを敵対したからこそ肌で感じていた。
「奈美姉は留学からいつ戻ってくるの?」
纐纈 奈美は渚の8つ上のお姉さんで2年前に海外留学をしているはずだ。
「奈美は海外にはいますが留学ではなく、『エリス』に潜入をしています。来週には戻ってきますでしょう」
「そういえばさっき『ヘルメス』のメンバーって言ってたね、潜入なんて危なくないの?」
奈美姉は渚の姉だけあって超有名大学を主席で卒業しちゃうようなスーパーレディで、顔も黙っていれば誰もが惚れてしまうような美人だ。黙っていれば…
「接触しているのは『エリス』の末端だと聞いているので問題ないでしょう」
「そうなんだ…」
しかしながら、これで何回目だろか…渚に心配ばかりかけてしまっている自分に落胆していると爺は僕の心を察したのか微笑みながら話してくれた。
「渚はミナト様を危険な目に合わせてしまった自分の不甲斐なさに苛立っているのですよ」
「ミナト様が帰ってくるまでの焦燥とした態度が物語っていました、タワーのシステムをちゃんと掌握していれば防げたかもしれませんし」
爺の言うことを聞いて僕はいてもいられなくなりと渚と話したくなった。
「渚とちゃんと話してくる!!」
そのまま僕は部屋を飛び出した。
―渚の部屋―
コンコン
「渚、話がある!!」
ドアが開くと渚は不機嫌そうだったが、ひとまず中に入れてくれた。
「まだ着替えてなかったのか、メイクも落としてないじゃないか…」
渚の部屋にある鏡台の椅子を引いて僕に座るように促してくる。
僕のメイクを落としながら、なぜだかわからないが渚の表情が自然と和らいでいった。
「悪かったな…怒鳴ったりして」
「こっちこそ心配かけてごめん」
2人で見つめ合い思わず笑顔になる、渚も僕も恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「僕は思い上がっていたのかもしれない、カーズジュエルを使うようになって人類最強になったんだと…」
現に警察になんて捕まることなんて1mmも考えてなかったし、謎の男にも勝てると思っていた。
「カーズジュエルの能力は確かに凄い、だけど怪盗の証拠を残したら逮捕もされてしまうだろう。だからこそ俺や爺ちゃんのバックアップが必要なんだ」
渚は本当に心配そうな目で僕を見つめてくる。
「俺を信じろ、俺も全力でミナトを信じてバックアップするから」
「うん、始めから信頼してるよ。怪盗以外も頼りにするからね」
僕は笑いながら答えた、来週からテスト週間に入るため家庭教師が必要だ。
「テスト前だからか…池田さんに見てもらえよ」
僕の言葉の意図を察して苦笑いをしながら答えた渚に対して、僕はニヤつきながら返事する。
「僕の苦手なところは渚がよく知ってるだろ?それに怜奈で恭ちゃんも手一杯だろ?」
「そ、そうかもな…まぁそれはいいとしてエメラルドと契約はしたのか?」
渚は誤魔化すかのように話題を変えてくる。
「そういえば、まだだった。早速してくるわ」
僕は目を閉じてエメラルドを両手で持ち、いつものように念じて内部へ入っていく。
―トラピチェエメラルド内部―
視界が開けると、緑色に発光した女性が台座の上に横たわっている。
体と同じ緑色に光っている少しウェーブのかかった髪が膝上くらいまで長く伸びている。
「あの~」
僕が話し掛けながら覗き込むと眠そうな顔をしながら起き上がってくる。
「そろそろくると思ったわ…アレキサンドライトに干渉されたときに視えたから」
「私の能力は予知夢よ、能力のコントロールが出来ないから彼らも興味がなかったのよね」
意味深なことを言うエメラルドに困惑しながら疑問点を質問してみた。
「アレキサンドライトの能力って?」
さも当然かのように彼女は答えてくれる。
「他のカーズジュエルに干渉して、能力を自分のものの様に引き出すのよ。使われるこっちは気分が悪いわ」
アレキサンドライトの脅威の能力に驚いていると、付け加えて説明をしてくれた。
「契約者がいると干渉はされない、だから貴女と契約させて頂戴。条件は能力コントロールが出来ないからいらないわ」
「OK、宜しく頼むよ」
「じゃ、またいつか夢の中で会いましょ」
視界が真っ白になり、外へと戻り出す。
………
……
…
目が覚めると、渚のベッドで横になった状態だった。しかも、渚を膝枕をしてもらっている格好で…髪を撫でられてた。
下を覗き込むような態勢で僕に話し掛ける。
「お、おかえり」
「た、ただいま」
そのままの態勢で話続ける。
「あっさり契約出来た」
「そうか良かったな」
渚は凄くぎこちなく髪を撫でるのを止める。
自分でもよく分からないけどその瞬間に変なことを言ってしまう、今思い返せばその日に感じた恐怖で心細かったのかもしれない。
「止めないで、そのまま続けて…」
渚の手が止まり顔は見えなかったが驚いてそうだったけど、素直に頭を撫でていてくれた。
疲労なのか安心感からなのか僕はそのまま寝てしまい朝を迎えたときは、自分のベッドにドレス姿のまま寝ていた。
作戦完了
被害総額 3億円
(タワー修繕費含む)