心まで盗むのは犯罪ですか?④
一旦マンションへ帰りラフなジャージに着替え、渚と一緒に爺の運転する車で屋敷へと向かった。
父さんから何をするとも聞かされていないが、運動できる格好で来いとのことだった。
-神奈川家屋敷-
神奈川家の屋敷にはエントランスに入ってすぐに真ん中に大きな階段があり、踊り場があって左右の部屋に別れて登っていくような形になっている。
爺は階段の裏手に回り何もない壁の前に立ち、ポケットから鍵を取り出した。
その鍵を差し込み回すと地下室への階段が出てきた。
「屋敷に地下室なんてあったんだ!?」
僕と渚が驚いていると、爺が地下室へと降りていく。
「ここはかつて桃子様の為に作られたお部屋です」
爺はそういうと地下室を案内してくれた、地下には細工や発明品を作るための部屋とトレーニング用のだだっ広い何もない部屋の2部屋という構造だった。
-地下トレーニング室-
「早速始める前に、カーズジュエルの不思議な力について説明させていただきます」
僕はやっと元に戻る為に前に進むことができるんだと、少し嬉しくなり興奮した。
「カーズジュエルの所有権を得るには“契約”が必要です、契約を結ぶ条件がカーズジュエルごとに違うらしいのですがそれは会ってみないと分からないそうです。」
「は?会うって誰と?」
「その方々に会えるのはカーズジュエルの所有権を有する契約者のみです。」
爺にブラックダイヤを出すように促され、前回のようにイメージをしてダイヤを取り出す。
「ブラックダイヤとは仮契約みたいな状態ですので…」
「両手で持ち、“我は春原湊、呪われし一族の末裔なり。汝と契約を…”と心の中で唱え…」
と言われながらも、もう既に考えていた。
「あっ、もう考えちゃったよ!?発言するもんだと…」
すると、爺は察していたのか動揺もせず、
「優しい方らしいので、気を張らずに…いってらっしゃいませ」
ブラックダイヤが僅かに光出したかと思ったら、突然目の前が真っ白に光り出し全く前が見えなくなった。
しばらくして、目が慣れ出すと周りが真っ白なちょうどトレーニング室くらいの空間に立っていた。
-ブラックダイヤ内部-
キョロキョロと周りを見ていると、すぐ目の前にちょうど今の僕くらいの少女がいた。
ただし普通ではなく全身が蒼白く光っている、発光体と言うのが相応しいだろう。
「桃か?久しいのぅ、何用じゃ?」
この娘が爺の言ってた“カーズジュエルの主”なのか?
「ん?契約が切れているな、そなたは誰じゃ?」
「息子の湊だ」
じろじろと舐めるように僕を見てきた。
「似とるのぅ、春原のモノはみんな美しい……それで何用じゃ?」
不思議な空間と不思議な少女に圧倒されて本来の目的を忘れていた。
「僕は元の身体に戻りたいんだ!!カーズジュエルを12個集めて、男に戻るんだ!!」
僕は興奮していた、こんな身体にした張本人が目の前にいると思うと普通ではいられなかった。
「呪いは儂じゃない、そなたの一族が自らに科した枷らしいぞ。儂は知らん、まぁ美しいのは認めるぞ」
ただの光っている少女にしか見えないのに、なぜか威圧感が半端ないのだ。
さらには“呪い”はダイヤのせいとばかり思っていたのに……。
少女はさらに威圧感を高めて僕に話し掛けてきた。
「儂との契約は命を懸けてもらう、盟約内容は何でもよい。そなたが決めるがよい」
少女は続けてこういった。
「守れなかった場合は、命をもらう」
思わず動揺して黙ってしまう、僕が沈黙したままでいるとブラックダイヤの主は動揺を悟ったのか
「盟約は何でも良いが…うーむ、少し昔話をしよう」
「本当に桃そっくりじゃ、昔桃が初めて来たときも儂に向かってそんな目をしてきよった」
よく見るとブラックダイヤの主は宙に浮いて胡座をかいていた。
「全く同じように、呪いを儂のせいだとばかり思っておったからのぅ」
「すみません…」
僕はブラックダイヤの主が放つ異様な雰囲気に完全に飲まれていた。
「よいよい、桃なんぞいきなり殴りかかりに来たから軽く吹き飛ばしてやった、その点は少々利口だな。」
母さんの意外な一面がまたひとつ明らかに、いくらなんでもケンカっぱや過ぎるけど…
「それにしても、桃が母親かぁ…俄に信じがたいが目の前に真実がおるからのぅ」
「母さんってどんな人だったの?」
父さんからそういった話を聞いたことないし、爺もあまり語ろうしないから聞かされたことがない。
「桃は、性格は豪快でいて素直な裏表ない感じだな。外での様子はここからじゃ分からないがのぅ」
「最後にここへ来たときはもうすっかり乙女になっていたが…お前を産むことを覚悟していたのだろう」
「桃の盟約は“目的達成まで諦めない”だった。目的は男に戻る、だから命と引き換えにお前を産んだんだだろう」
正直ショックだった、僕のせいでに母さんが死んだ。
物心ついた時から既に亡くなっていたため、普通のひとより母と言う存在を心から求めていたのかもしれない、僕が存在するが故に亡くなっていたなんて…
しばらくの沈黙の後、ブラックダイヤの主が喋った。
「そなたの母は、春原家が守り続けた“儂”を託すためと、そなたの父との愛ために命をかけたのだろう」
「で、“春原 湊”盟約は決まったか?」
僕は盟約を結ぶと言われたときからずっと考えていた。
「“目的達成するまで諦めない”ここまでは母さんと一緒だ。目的はカーズジュエルの呪いを解くだ!!こんな内容じゃ駄目か?」
呪いが解かれれば、命を奪う力も発揮されることもないだろうと考えたからだ。
ブラックダイヤの主は黙り考えている様子
「盟約内容は、そなたと儂のみでしか共有出来ない、それを守らなければ……良いか?」
「ああ、OKだ」
「良かろう、契約者“春原 湊”に力を貸そう」
「ちなみにここの時間は現世の10倍で進む、だからいつでもこい相手をしてやろう」
ブラックダイヤの主は、ニコニコとしながら嬉しそうに言った。
「あーそうそう、能力の詳細は面倒だから春原家の従者がいるだろう、そやつに聞け」
行きと一緒で帰りも目の前が眩しく光りだし真っ白になる。
-トレーニング室-
目が慣れると爺が目の前に立っていた。
「おかえりなさいませ、お早いお戻りで」
「ああ、契約は結べたよ。よく分からないけど凄い人だった。あれから何分経った?」
爺は時計を見て答えた。
「三分くらいでしょうか?」
正確な時間を測った訳じゃないが体感で30分ぐらいだったから10倍というのは本当だろう。
早速だけどブラックダイヤの能力が気になったので爺から教えてもらうことにした。
「まず、カーズジュエルを身に付けください。桃子様が使っていたものです」
爺から石座に宝石の無い指輪を渡された、どうやらイメージすると石座にダイヤを取り付けるらしい。
石座にブラックダイヤが輝くと体の底から力が湧くように感じた。
「まずはお手本に私が…纐纈家はミナト様と従者関係を結んでいますので」
と言いながら、歩いていくと爺の身の丈ほどの大きな岩があった。さっき入ったときなかったろ…爺3分で何処から持ってきたんだ。
僕の疑問を余所に爺は拳を作り、岩を殴りつけた。
「はっ!!」
岩は真っ二つに割れて崩れた。
「すごっ!!」
元々爺は御年68歳とは思えない身体つきをしてはいるが、岩を真っ二つするのは人間技じゃない。
「従者は主人の1/10しか能力を発揮出来ません。湊様のようにダイヤを携帯出来ませんし、同タイプのジュエルを身に付ける必要があります」
爺はダイヤのブレスレットを見せ、続けて説明してくれた。
「ブラックダイヤの能力は圧倒的な攻撃力です、眼前に立ち塞がるものすべてを破壊します」
素直にワクワクしてしまい、トレーニング室の壁でも叩こうとしたが爺に止められる。
「お外に先程の岩より、ふたまわり程大きなものを用意しましたので…後程」
僕は止められてガッカリしたが、爺は屋敷を破壊されなくてホッとしたようだ。
「旦那様が来るまではいつものトレーニングをしましょう」
実は幼い頃からの習い事として、合気道をやっているのだ。相手の力を生かして受け流す『小よく大を制する』男の時に然程体格は良くなかったこともあり、強くあるためにもちょうどよかった。
「ところで渚は?」
隣の部屋で何やら準備をしているらしい。
一時間くらい爺と共に稽古で汗を流すと父さんがやってきた。
とりあえずご飯を食べながら今後について話をすることになった。
トレーニング室を出て汗を流すためにお風呂へシャワーを浴びに行く。
着替えを用意していなかったのだが、さすが爺準備してあるとのことだった。
「おい爺、なんでワンピースなんだ!?」
用意されていた着替えは、身体ラインがはっきりと分かりそうな赤のワンピースだった。
「とっても良くお似合いかと…?」
やってくれる、爺はちょっと策士だ。もちろんジャージは既に洗濯中だ。
食事をとる席には渚もいるわけで恥ずかしかったが、恥ずかしがっていることがバレることのが恥ずかしい。
意を決して食卓のあるテーブルへ向かう。
僕の格好に真っ先に父さんが気づき、喜んでいる。
「おー、ミナちゃんとても良く似合ってるよ」
無愛想に返事を適当にして席につく。
「今後って何について?」
急に父さんがシリアスな顔になる。
「ああ、カーズジュエルについてだ」
「ブラックダイヤと契約は済んだみたいだな、残りのジュエルと取得方法だが…桃と同様に“盗み”でいこうと思う」
「盗み??」
意外過ぎる言葉についていけなくなる。
「ほら、聞いたことくらいあるだろ?怪盗エンジェル」
聞き覚えがあったため、思い出した。
「何度かテレビで特集されてた。女泥棒がいたね、15年前にぱったりと消えた…」
「15年前…ってまさか!?」
父さんはさも当たり前かのように言った。
「そうだよ、桃が怪盗エンジェルだよ」
「怪盗には意味があって、カーズジュエルはその美しさや希少性から大概は既に所有者がいるんだ。」
確かにブラックダイヤもブラックとは言うが青みががった綺麗な色をしている。
「ジュエルは大抵金持ちのエゴで所有しているからな、普通には売ってくれない」
そこまでは僕も予測がついていて、どうやって12個集めるたらいいのか考えていたところだった。
「だから盗むんだよ」
「さっそくだが今度の休みに『深紅のガーネット』が都内の展示会に出される。そいつを狙うぞ」
食事が終わると爺は準備があるとのことで、また地下へと降りていった。
父さんは父さんで仕事のため会社へ行ってしまった。
今まで屋敷には住んで居なかったため、自室がなかったのだが怪盗の準備のためには屋敷の方が便利という理由で部屋を改装したと聞かされた。
自分の部屋や渚の部屋もあるらしい。
とりあえず自室に行って今日の疲れを取ろう…
ガチャ
ドアを開けたらさらにどっと疲れが増した。
一面真っ白な壁紙に天葢付きのベッド、キラキラと装飾の付いたドレッサーと化粧台…。
文句をいう相手はもう仕事に行ってしまった。
パジャマはドレッサーに入ってなくネグリジェしかなかった。
しかし、今日は疲れた。誰かに会うわけでもないし、完全に諦めてそのまま着替えるしかなかった。
ワンピースを脱ぎ、ネグリジェに着替えたのだか寝るにはまだ早かった。
暇を持て余していると、扉をノックする音が聞こえたためドアを開けた。
開けた先には渚がいた。
「ちょっといいか?」
渚を部屋の中へ招き入れる。
「どうした?」
「作っていたものが完成したからな」
と渚がくれたのはピンクゴールドのネックレスなのだがなんの装飾もないものだった。
「石座に何も無い指輪なんて普段から着けても変だろ?だからネックレスに指輪を通して首から下げれるようにしたらどうかと思ってね」
さすが渚気が利くなんて誉めていると、渚は恥ずかしそうにしていた。
クールそうに見えて案外可愛いとこがある。
指輪を通しネックレスをつけようとしたが自分じゃ着けにくかったため、渚につけてもらうことにした。
そのとき事件が起きた。
ネグリジェの下は寝苦しいからどうしてもノーブラなんだよ、渚の方が完全に背が高いから上からおもいっきり見えてたらしい。
「渚どうした鼻血でてるぞ!?」
と近づいたらそのまま倒れてしまった。
介抱するためソファーまで運ぶとしばらくして渚が目を覚ました。
「みるつもりじゃなかったんだけどな…」
と全く気付いてなかった僕へ事の顛末を教えてくれた。僕は申し訳ない思いと恥ずかしさでいっぱいだった。
その夜はソファーに寝転ぶ渚とソファーを背もたれにした僕でたくさん話をした。
契約のこと、母さんのこと、女の子になったこと、今後どうしたらいいか不安でいっぱいなこと、ほとんど僕が喋っていた気がしたが渚は黙って「うんうん」聞いてくれていた。
そのとき知ったのだが、僕が女の子になることは物心つく時くらいから爺から聞かされていて、なぜか素直に受け入れられたらしい。
「サポートするのは纐纈家の仕事だし、湊は親友だからな」
と力強いことを言っていたが鼻詮したままだったため思わず笑ってしまった。
渚の前こそ格好には気をつけようと心に決めたそんな夜だった。