72 原点との出会い(だれも知らない小さな国)
佐藤さとるという作家さんがいます──いました。
童話とか児童文学作家にカテゴライズされる人です。
鷹羽は、7歳の頃、「だれも知らない小さな国」で知りました。
いわゆる「コロボックル」シリーズの1作目です。
もっとも、鷹羽は、これを題材にしたアニメ「冒険コロボックル」の方を先に見てたんですけど。
だから、「コロボックル」という言葉自体は知っていました。
ただ、この作品を読んだ時には、アニメとの関連性には気付かなかったのです。
さて。
この「だれも知らない小さな国」は、鷹羽に大きな衝撃を与えました。
物語は、主人公の一人称で語られ、彼の小学生時代から大人になってコロボックルが住む小山を買い取るまでを描いています。
物語は、こんな感じ。
「僕」は、家から少し離れたところにある小山に行った際、顔見知りのおばあさんから、この小山に小坊師様という小人が住んでいる話を聞いた。
それ以来、「僕」は小山によく遊びに行くようになったが、ある日、小山で小さな女の子に出会う。
女の子が小川に落としてしまった靴を追い掛けた「僕」は、靴の中で手を振っている小人を見たが、拾い上げた靴の中は空で、戻ると女の子も消えていた。
それから数年後、大人になった「僕」は、久しぶりに小山を訪ねる。
それからしばらくして、「僕」の前に小人が姿を見せた。
彼らは、小坊師様の話に興味を示した「僕」を“味方になってくれるかもしれない人間”として目を付けていたのだという。
「僕」は彼らの味方になり、彼らをアイヌの伝説にちなんで「コロボックル」と呼ぶことにした。
その後、小山に時々現れるという女性「おちび」と出会った「僕」は、何かを知っているかのような彼女の様子に、監視のコロボックルをつける。
そんな中、道路工事のために小山が潰されそうだという話が持ち上がった。
「僕」は、コロボックル達を使って、「おちび」の言葉にヒントを得て、明け方、眠っている有力者達に語りかけて夢を見させるという方法で思考誘導し、計画を変更させることに成功した。
一方、「おちび」は、自分の周囲に小人がいるらしいことに気付いていて、小人経由で、「僕」に小山を訪ねると伝えてきた。
二人目の味方となった「おちび」は、実は靴の女の子だった。
彼女は「僕」が小人を見た時、コロボックルが扮したカエルを見て小人の存在を感じており、だからこそ小山に通っていたのだった。
「おちび」のお陰で小山を買う資金を手に入れた「僕」は、晴れて小山の持ち主となった。
あらすじをまとめるだけで、この情報量です。
児童文学とはいえ、しっかり作り込まれているのがわかります。
この作品の特徴の1つが“一切固有名詞が出ない”ことです。
人名も地名も一切出てきません。
コロボックルの住む小山は「鬼門山」と呼ばれていますが、これも通称名です。
ちなみに、「鬼門」というのは「丑寅の方角」のことで、霊的によくないものが来る方向です。
鷹羽は、この作品で「鬼門」という言葉を知りました。
「僕」は電気技師ですが、「せいたかさん」「制多迦童子さま」「お山の大将」などと呼ばれるだけで、勤めている会社の名前も出てきません。
「おちび」(幼稚園の先生)も、「僕」と小山で会った時に置き忘れた手紙でそう呼ばれていたから、「僕」もそう呼んでいるだけです。
単行本1冊というそれなりの長編で、名前が出てこなくても何も問題なく世界観に没入できるのは、巧みな構成と描写力の賜でしょう。
コロボックル達は、昔から鬼門山の地下に住んでいました。
昔は、それなりに人間の前にも姿を見せていたらしいのですが、時と共に人間は危険な存在になっていき、コロボックルは姿を見せなくなりました。
けれど、このままでは完全に忘れ去られ、小山が木を切られたりして住めない場所になってしまうかもしれない。
そう考えたコロボックルは、信用できる人間を見付けて味方を作ることにしました。
具体的に何かビジョンがあったわけではありませんが、人間側の考え方などの参考になりますからね。
そうして白羽の矢を立てられたのが、「僕」でした。
おばあさんから小坊師様の話を聞いてすんなり受け止めたことから、この子ならいけると思ったようです。
小山によく遊びに来るようになった「僕」に、コロボックルは一度だけ姿を見せて反応を見ることにしました。
それが“靴の中から手を振る”です。
いつか再び「僕」が小山を訪れる日のために、「僕」に付ける担当者を指名し、ゆっくり話す練習をさせたりしています(コロボックルは目にとまらないほど素早く動き、聞き取れないくらい早口です)。
そして、「僕」にコロボックルが姿を見せた時、カエルのふりをして周囲を警戒していたコロボックルが、うっかり立ち上がって歩いてしまったのを、おちび先生は見ていたのでした。
彼女は、想像力たくましく、立って歩くカエル=小人の変身、と考えました。
そして、彼女は、小山の近くの街で就職したことから、時々小山を訪れるようになったのでした。
このおちび先生が、この物語最大のキーパーソンです。
小山の秘密を何か知っていそうな雰囲気、小山で出会い、「僕」が仕事で訪れた幼稚園で再会した偶然、「僕」に見せるそこはかとない好意。
彼女は、幼い頃のことを「男の子は、そのとき小人さんを見ました。女の子のほうは、立って歩く小さなかえるを見たのです」と表現しました。
“立って歩くかえる”から、“小人が住んでいる山”という真実に至る洞察力。
そして、彼女がこぼした「偉い人達にも夢を見せてやれたらいいのに」という一言が、「僕」に小山を守る方法を思いつかせた。
コロボックルの味方になるにふさわしい連帯感。
おちび先生の一言が小山を救ったと匂わせた手紙に対する「制多迦童子さまは、いざとなれば神通力を使うような気がしていましたの」と書かれた返事。
この手紙の文面もまた大人っぽいですよね。
おちび先生とコロボックルの世話役(代表者)が「僕」に内緒で“軽自動車の愛称コンテスト”に「コロボックル号」で応募し、賞を取ったことで、小山を買い取る資金ができました。
小山が「僕」の所有になったことで、当分問題は発生しないだろう、というところで物語は大団円を迎えます。
「僕」とおちび先生のロマンスを感じさせながら。
当初は、この物語はそれだけで完結していました。
けれど、好評の故か、続編が作られました。
「豆つぶほどの小さな犬」です。
「だれも知らない小さな国」から数年後が舞台で、「僕」こと「せいたかさん」と「おちび先生」改め「ママ先生」は、結婚していて4歳くらいの娘がいます。
せいたかさんとおちび先生についていた連絡役のヒイラギノヒコとハギノヒメも結婚し、ヒイラギノヒコは相談役に就任しています。
本作では、大昔、コロボックルと共に生きていたマメイヌの生き残りが発見され、再びコロボックルが飼い慣らすまでが、せいたかさんの連絡役であるクリノヒコの一人称で描かれています。
この物語では、ママ先生の連絡役であるクルミノヒメが書いた「しんぶん しんぶん はなびらのしんぶん」という詩から、クリノヒコが風向きを考慮して餌を置くことを思いつき、マメイヌを捕らえることができたのです。
これを思いついた時、クリノヒコはクルミノヒメに「だから君が大好きだ」とと言っているのですが……。
3作目「星からおちた小さな人」(2作目から約4年後)では、またママ先生の連絡役が変わっていて、前の連絡役だったクリノヒメは赤ちゃんができたから連絡役を引退したと語られています。
この名前の違いは、ちゃんと読んでいた人は違和感を感じたはずです。
この点について、本編中では明言されていないのですが、ファンからの質問に答えるかたちで、回答が出ています。
クルミノヒメは、クリノヒコと結婚してクリノヒメになり、妊娠したから引退したのだ、と。
こういうのに自分で気が付くと、本当に嬉しいものです。
作者は、“わかる人にはわかる”くらいにネタを仕込んでいるのです。
余談になりますが、佐藤さとる作品では、このように別の作品で去就が語られたりすることがあり、横で繋がっていたりします。
なので、鷹羽は、小5の頃、教科書に載っていた佐藤さとる作品の主人公に姉がいる(=別作品に登場している)ことに気付いて、感想文を書かされた時に姉のことに言及し、授業で吊し上げを食いました。
このことは、長いことトラウマでした。
話を戻しますが、「星からおちた小さな人」は、コロボックル用人力飛行機の実験で墜落して足を怪我し、人間(オチャ公)に捕まったクルミノヒコの物語です。
本作から、三人称に変わりました。
語り部は、せいたかさんの知り合いという態で、“個人を特定できないように語る”と宣言しています。
「この世にただひとりとなるべし」、つまり、人間に捕まったら、この世にたった1人の小人として振る舞え、というルールに従い行動するクルミノヒコと、仲間のところに帰してやろうとするオチャ公が友情を育みます。
こうして、コロボックルにとっての「味方」ではなく、個人との「友達」という存在が認められるようになる、という転機です。
また、前作登場のマメイヌを擁する「マメイヌ隊」が結成されており、警察犬よろしくクルミノヒコ捜索に当たっています。
本作では、せいたかさんの娘「おチャメ」さんは小2になっており、小6の「オチャ公」と知り合い、クルミノヒコ救出の一翼を担うことで三人目の「味方」になりました。
4作目「ふしぎな目をした男の子」は、個人的な「友達」の物語です。
当初「1万人に1人」というタイトルの短編だったものを長編に書き直したものです。
せいたかさん一家は登場しません。
コロボックルの動きを見切れる動体視力を持つタケルと、ウメノヒコが友達になるまでを描いています。
5作目にして一旦の完結編となった「小さな国のつづきの話」では、初めてフルネームを持つキャラクターが主人公となりました。
杉岡正子です。
正子は、20歳くらいで、おっとりというかのんびりした子です。
これも「へんな子」というタイトルの短編が元でした。
正子は図書館に勤めていて、「だれも知らない小さな国」を読むのです。
3作目で“本当のこと”として語られるようになったことが反映されたかたちです。
正子は、図書館に本を見に来たツクシノヒメと親しくなっていきます。
前作同様、今作も「コロボックルの友達」のお話かと思いきや、どんでん返しが待っています。
なんと、正子と関わることになった男の子「むっくり」くんは、正子の同級生だった「チャムちゃん」の弟で、チャムちゃんは成長したおチャメさんだったのです。
ここで、再びのせいたかさん一家の登場です!
しかも、オチャ公も再登場して正子と惹かれ合い、結婚することになるのです。
シリーズ最終作らしい総登場でした。
このシリーズは永らく絶版になっていて、鷹羽は、高校~大学時代、古本屋を巡っては集めてきました。
いつか子供ができたら読ませてみたいと思っていた作品の1つです。
その後、2010年に再文庫化され、改めて5冊揃えました。
それで息子に読ませてみたのですが、とても食いつきが悪くてガックリしたことを覚えています。
作品には、出会うべき時というものもあるので、タイミングが悪かったのかもしれません。
そうすると、あの時、この作品に出会えたということは、鷹羽にとって運命だったのでしょうね。




