57 ストーリーのあるギャグ漫画(あろひろし)
“あろひろし”という漫画家がいます。
週刊少年ジャンプで、1982年に「ごめんください!アリゲーター」という漫画で連載デビューしました。たった3話で終わりましたが。
基本的にはギャグ漫画家なのですが、ギャグでありながらもストーリーも破綻なく書けるタイプの人です。なんというか、悪乗りして描いたネタを膨らませて形にしてしまう力を持っています。
月刊少年ジャンプに1983年から連載された「優&魅衣」という漫画に、“道尾幸司”というキャラが登場します。
元々は場面転換用の一発ギャグ要員であり、主人公である優らとは全く関係ない存在でした。
道尾の登場パターンというのは、だいたいこんな感じです。
優達が起こした騒動で爆発などが起きると、道尾がその騒ぎを聞きつけて「むっ、事件か!? 私の出番だ!」と叫び、クラーク・ケントよろしく物陰に入って着替えを始めます。
この際
「彼の名は道尾幸司。普段は平凡な市民だが、ひとたび事件が起きると」
というナレーションが入り、ドカヘルの作業員姿になって現れた道尾が、「ワハハハハハ」と高笑いを上げながらアスファルト路面を砕いていくのです。
そして、そのシーンに被って
「道路工事を始める変態である」
とナレーションが入るのです。
要するに、1つの騒ぎの後に、閑話休題といった趣のワンクッションとして箸休めの騒ぎを起こすためにいる便利キャラです。
どうやら作者のお気に入りになったらしく、彼は数か月にわたって登場し続け、「師走によく見かける変態である」のようなバリエーションもできました。
そして、やがて本編とは全く関係ないところで、彼独自の物語まで始まりました。
彼の前に宿敵「マンホールの蓋」が登場したのです。
一応断っておくと、これは擬人化された何かではなく、何の変哲もない金属板であり、ライバル意識を持っているのは道尾だけという独り相撲です。
そして、この強敵の前に何本ものツルハシが折れたという過去が語られ、負けるわけにはいかないと、道尾は根比べに入ります。
「先に動いた方が負ける」…はっきり言って、マンホールの蓋が動くわけはないので、3日3晩の睨み合いの末に道尾が敗れて終わるわけですが、その後、道尾は宿敵に雪辱を果たすべく山に籠もって修行します。
この辺りの物語は、「優&魅衣」番外編「道尾幸司物語」で描かれます。
この番外編で、道尾は一刀彫の名人が彫った名刺を持つ保険勧誘員や、同じくまな板を持つ夜泣きソバ屋の親父と出会い、自らも名人にツルハシを作ってもらうことになるのです。
ちなみに、その後、この夜泣きソバ屋の親父は『幻の夜泣きソバ』、勧誘員は『姿なき保険屋』となっていったことが語られます。
ソニックブームとドップラー効果のかかったチャルメラを残し、客に呼び止められることなく去っていく夜泣きソバ屋や、相手に姿を見せることなく契約を結んでいく保険屋という、自らのアイデンティティーに矛盾する設定を持つバイプレーヤーや、一刀彫で作られた(木製の)まな板(これはまあいい)、名刺、ツルハシという不条理な道具がメインとなった短編で、道尾は名ツルハシ玉金を手に入れ、再戦を期して町に帰って来ます。
そして、遂にマンホールの蓋を破り、喜び勇んで前に進み…マンホールに落ちるのです。
這い上がってきた道尾は、「知らなかった。マンホールの蓋の下には、穴があったのか」とショックを受け、荒れた生活を送るようになりますが、弟:清治に渡されたアメリカで道路開拓をしている父:発太からの手紙を見て、再び山に籠もり、「敵と共存すればいい」と悟りを開き、マンホールから落ちた後も下水道を掘り進むという「一歩進んだ変態」になりました。
もちろん、弟は、事件が起きると道を埋める変態であり、父は道を掘る変態です。
また、母:ローラも登場し、ロードローラーで道をならす変態であることが語られています。
本編である「優&魅衣」には、玉金で宿敵マンホールの蓋を叩き割るくだりだけがフィードバックされていて、道尾はこれ以降本編には登場しなくなります。
その後の彼を描いたのが、次なる番外編「道尾幸司物語Ⅱ ~勇者達の道程~」です。
これは、ヨーロッパを牛耳る道路工事業者アスファルト伯爵が、日本に眠るという工事力を狙って攻めてくるという物語になっています。
内容は、こんな感じ。
父:発太がアスファルト伯爵に倒され、伯爵に追われる金髪の少女ジョスイが幸司を訪ねてきたところから物語が始まります。
このジョスイ、本人以外の全員からジョシーまたはジェシーと呼ばれており、そのたびに「私の名前はジョスイよ」と訂正するのですが、さらわれそうになったときも「くるんだジョシー!」と腕を掴まれ、「キャアッ 私はジョスイよ!」と訂正する律儀者です。
ともあれ、ジョスイを守るため、そして日本の道路を守るために立ち上がった幸司でしたが、なす術もなく敗れてしまいました。
勝つには、工事力を身につけるしかありません。
そこで再び山籠もりすることになった幸司の時間稼ぎとして、前作登場の「幻の夜泣きソバ」と「姿なき保険屋」が敵を食い止めるのです。
いつの間にか保険契約を結んで敵の資金を削り、ソニックブームで敵を吹き飛ばす2人を残し、幸司は工事力研修所で瞑想します。
そして、”工事とはひとり掘るものにあらず。掘る者がいて、配管する者がいる。それを埋めてゆく者がいて、後にならす者がいる! この全てが揃って初めて工事と呼ぶ“と悟った幸司は、戻ってきました。
唯一の問題点だった『代々続く配管工』も、ジョスイがそうだった(そのために狙われていた)ことが分かり、遂に工事力を手にしました。
ジョスイのフルネームはジョスイ・ド・カーン、つまり「上水道管」というネーミングのシャレであり、彼女がさんざん「私の名前はジョスイよ」と言い続けてきた伏線がここで見事に結実しています。
戦いの場へと戻り、工事力アタックで工作獣を倒した幸司の前には、力つきた保険屋の姿と、今正に倒れんとするソバ屋の親父の姿が…。
「遅かったじゃねえか。もう…ソバが…冷めちまったぜ」と言い残して息絶えた親父に礼を言い、幸司は決意も新たに、迫り来る敵要塞に立ち向かいます。
そして、幸司一家とジョスイが、その全力をもって敵要塞を迎え撃とうとするシーンに、いつものナレーションのバージョンアップである
「彼の名は道尾幸司! 彼女の名はジョスイ・ド・カーン! 彼の名は道尾清治! 彼女の名は道尾ローラ! 普段は平凡な市民だが、ひとたび事件が起きると道路工事を始める…代々続いた変態である!」
が被り、物語は終わるのです。
この物語は、幸司達とアスファルト伯爵の最終決戦を描こうとはしません。
光子力に引っかけた工事力、光子力研究所をもじった工事力研修所、機械獣ガラダK7とダブラスM2そっくりな工作獣ツルハーC5とショベL2、ミケーネの万能要塞ミケロスそっくりな機動建設要塞ハンバーといった、恐らく「道尾幸司」と「兜甲児」から連想したと思われるパロディをスパイスにしつつ、ゲストキャラであるジョスイの名前の秘密、前作で登場した友人達の奮戦と「ソバが冷めちまったぜ」というそば屋のセリフといった細かいネタの数々を散りばめながら、幸司の家族の名前・性質を絡めて物語を展開しつつ、ルーチンギャグとして使われてきたナレーションで締めるという、実に計算され尽くした構成になっているからです。
はっきり言って、それ以後の戦い、つまり、敵要塞を叩き崩していく様を描いても蛇足にしかならないのです。
重ねて言いますが、彼は単なる場面転換用のキャラでした。
そして、この作品はギャグ漫画です。
にもかかわらず、下手なストーリー漫画よりずっと巧みに伏線を張り、消化しています。
この作者は、こういうのが本当に上手い。
鷹羽的にあろ作品で最高傑作と思うのが「MORUMO 1/10」です。
これは、1985年から月刊少年キャプテンに連載された作品で、身長16mの少女:白瀬もるもを主人公としたコメディです。ちなみに、もるもは隕石の中から出てきた子で、赤ん坊の時は人間と変わらないサイズだったのに、成長するにつれ巨大化を続け、15歳になったときには、通常の約10倍、身長16m、体重45トンになっていました。
もるもは、元暗塔大という科学者により、薬で1/10のサイズ(身長160cm)に縮小され、普通の少女の大きさになります。そのことにより、体組織の密度が千倍になってしまい、異様に頑丈な体と45トンの体重を支えていた筋力を持つ超人になってしまったのです。
体重については、重力制御装置の開発によって人並みに軽減されましたが、それまでは歩くと足が地面に沈んだり、止まろうと思っても慣性で止まれなかったりといったSFっぽい演出がありました。
元暗博士は自称マッドサイエンティストで、「美女と美少女にしか人体実験しない」と公言する変人です。もるもを人間サイズにする薬を提供する代わりに人体実験に協力させるようになりました。
元暗博士は、世界征服し、世界中の富をつぎ込んで恒星間宇宙船を作ろうとしており、そのための瞬間停止システム(減速距離を要せずに停止できれば、目的地まで高速度を維持できる)を研究したりしています。その宇宙船でどこに行くかは考えていませんでしたが。
ある時、ライバルであるマッドサイエンティストが作った巨大ロボと対峙した際、“あらゆるメカの自爆装置を勝手に発動させる”他爆装置を使いました。全く反応しない敵ロボを見た元暗は、
「卑怯者! 自爆装置を付けないなんて、貴様それでも科学者か!」
と罵倒し、
「お前こそ、そんだけ卑怯な発明しといてよく言えるな!」
と罵倒し返されていました。ちなみに、このロボは、もるもが上空で重力制御装置を切って自由落下でぶち抜いて倒したのですが、その際、もるもは「乙女の体重思い知ったか」と言っています。
またある時は、元暗の頭脳を取り込もうと悪の組織の女幹部がやってきて、何でもするから仲間にならないかと色仕掛けした際、「あんた、美人だな」と言って、彼女を人体実験の対象にしました。そう、「美女と美少女にしか人体実験しない」という1年以上前のセリフを伏線として使ったのです。
元暗は、考え事をする時妙なポーズをとると落ち着くと言っていて、もるもの幼なじみで元暗に弟子入りした沖実晴(男性)が、まさかと言いながら真似をして、ほんとに落ち着くと驚いたりします。
実晴は、幼い頃にもるもを故郷に帰してやると約束しており、その約束を守るために元暗の下で勉強しています。「そんだけの資金をどうやって調達しよう? ほんとに世界征服でもするしかないかな」などと言いながら。
そして、ラスト、もるも達は最後の敵に捕らわれ、実晴はもるも達を脱出させるために敵基地内に残り、基地ごと自爆して行方不明になります。
もうおわかりでしょう。
元暗は、爆発によってタイムスリップし、記憶を失った実晴だったのです。
元暗が宇宙船を作ろうとしていたのも、うっすら残っていた記憶のせいでした。
コメディで、これだけの構成されちゃったら、シリアスものの立場がありませんよねぇ。
そんなわけで、この作品は、鷹羽にとって、あろひろしの最高傑作だったりします。
次点は「CALLING」でしょうか。
「CALLING」は、読切のSF短編です。
内容は、こんな感じ。
土星の衛星タイタンで発見された異星人の遺跡。そこには、超空間通信装置と超空間航行のできる宇宙船があった。
その技術を手に入れた人類は、100年ちょっとの間に、宇宙のあちこちに進出した。
使える状態のそれら技術を遺して滅んでしまった異星人について研究していたシン・イスカ教授は、異星人とのファーストコンタクトになるであろう旅のメンバーに選ばれた。
ここしばらく、超空間通信に入るようになったノイズは、どうやら異星人からの通信らしいとのことで、人類最小単位:男女1名ずつが選ばれたのだ。
パートナーとなるのは、イルカとの意思疎通に成功した水棲高等哺乳類語研究者のアルディア博士。
イスカを“昔、クジラを食べていた日本人の子孫”として嫌っていたアルディアだが、イスカが見せる優しさに、徐々に惹かれていく。
コンタクトポイントとなる銀河系外縁で、アルディアは相手側と同じパターンで信号を返す。
ファーストコンタクト成功か、と思われたが、相手は知性を持つ存在ではなかった。
信号は、クジラが尾で水面を叩いて仲間に合図を送るフラッピングのようなものであり、この異生物もその程度の知能しか持っていないらしい。
この異生物は、恒星よりも遙かに大きく、見える部分だけで数光時(50億km以上、ちなみに太陽系直径が約140万km)ある巨体で、恒星を吸収することで超空間移動をする化け物だった。
異生物は、超空間通信や超空間航行の際に発生する超空間の揺らぎを同族からの信号と思って近付き、姿が見えないために戻っていくということを昔からしていたのだ。
超空間技術を使えばこの異生物を呼び寄せてしまい、太陽を食われてしまう。
タイタンの異星人が滅んだのは、そのせいだった。
最後の超空間通信で、全宇宙の人類に警告を発した後、イスカとアルディアは、冷凍睡眠と通常航行で、居住可能な惑星を目指す。
もう一度アダムとイヴから始めるために。
わずか46ページの読切で、この情報量。すごいものです。
きっちりSFしてます。
で、アルディアが水棲高等哺乳類の言語(というか意思疎通)の研究者だという設定が、随所で活きています。
彼女は、イルカの言語を解析して、イルカと意思疎通できるようになっていました。
当初のイスカに対する無意味とも言える嫌悪は、“イルカやクジラを食べていた日本人”というところからきているわけで、イスカ個人と触れあうことで払拭されていきます。
読切ということもあり、けっこうなチョロインですが、彼女のバイタリティと明るさが作品の救いになっている部分も多いのです。
異星人が滅んだように、地球人類も滅ぶのだろうと言うイスカに、アルディアは
「もう一度、全宇宙でアダムとイヴから始めればいいのよ」
「で? うちのアダムは、どんなエデンを見付けてくれるのかしら?」
と、あっけらかんと言ってのけます。
重いSFを、ラブストーリーとして落とし込めた理由は、彼女の存在に尽きるでしょう。
巨大生命体については、作者が好む描写です。
「とっても!少年探検隊」でも、入口しか見えない巨大な体育館とか、人を襲う巨大な葡萄とか、色々ありました。
セリフ回しもなかなか楽しくて、冒頭、タイタンで遺跡を発見した調査隊員と、宇宙船で待機している隊長の
「教えてくれ、オレたちはノックをすりゃいいのか? ドアチャイムを探せばいいのか?」
「落ち着け!まずは装備の中にネクタイがあるか確認しろ!」
なんて掛け合いも、大人っぽくてよかったですね。
ちなみに、この作品の主人公であるイスカは、同時期に月刊少年ジャンプで連載していた「シェリフ」の主人公:鶍進之介を流用しています。
いわゆるスターシステムですが、外見は同じでも、性格などはかなり違っています。
「シェリフ」の数年未来の物語が、「ハンターキャッツ」として、月刊少年キャプテンに連載されていたりしますが、こちらもなかなか面白いですよ。




