56 ああ、強いお前らと一緒で嬉しいなあ(うしおととら)
1990年から約6年間、週刊少年サンデーに連載されていた「うしおととら」という漫画があります。
お寺の住職の息子である蒼月潮が、「獣の槍」で蔵の地下の壁に縫い付けられていた妖「とら」と共に冒険をする物語です。
うしおは、妖怪を倒すため妖に協力を求め、槍を抜いて自由にします。獣の槍に使い手と認められたうしおは、「とら」と名付けた妖と共に、数多くの妖と関わっていきます。
うしおは、死んだと思われていた母の秘密を知るため北海道へ旅をすることになり、「白面の者」と呼ばれる大妖怪との戦いに巻き込まれていくことになるのです。
うしおの父は「光覇明宗」という、白面の者を滅ぼすことを目的としている宗派に属しており、その一環として「獣の槍」を使える人間を見つけようとしています。
「獣の槍」は、使い手の魂を削りながら、妖怪を滅ぼす強大な力を発揮するというアイテムです。
使い手と認められると、頭の中に「我は槍、獣の槍。我が力はお前の魂。お前の魂失わるる時は我が力の失わるる時。魂をよこせ。さすればお前に力をやろう」と語りかけてきます。
槍を使う際には、髪が伸び、目や爪、歯が妖怪的になり、超人的な身体能力を得ますが、槍を使い終わるとそのたび伸びた髪が落ちます。
ただし、槍に使い手と認められないと、壁から抜くことすらできないため、獣の槍は数百年にわたり蔵の中でとらを縫い止めたままでした。
そして、うしおを見た妖は、うしおを「あの女の息子」と呼びます。
かなりの長期連載のため、少しずつ謎が明かされていくのですが、これは、うしおの母:須磨子が白面の者の周囲に結界を張っている巫女だからです。
数百年前、日本に現れた白面の者は、霊能力者であるゆきに率いられた日本中の妖によって南の海(沖縄辺り)に追い詰められました。
そして、追い詰められた白面の者は、日本を支える土台に自分の体を埋め込み、自分が滅んだら日本が沈むという状況を作ります。
それに気付いたゆきは、白面の者が動けないように、そして誰も白面の者に危害を加えられないように、結界を張りました。
ゆきと共に戦ってきた妖は、その行為を白面の者を守るための裏切りと感じ、ゆきに対する恨みを募らせたのです。
この辺りは、ゆきが、興奮している妖たちにうまく説明できなかった故のすれ違いです。
そして、ゆきは結界の効果によりゆっくりと年を取り、霊能力が尽きる前に、自らの子孫の中から次代の結界の巫女を見つけ出しました。
一方、人間の方では、ゆきの意を受け、白面の者を滅ぼすことを目的とした集団が作られました。
これが光覇明宗です。
光覇明宗では、結界を維持する巫女を「お役目様」と呼び、獣の槍を見付け出した上で使い手を育てようとしますが、一向に槍に認められる者は現れませんでした。
作中では、「お役目様」は3代目になっており、光覇明宗のトップは引退した2代目の「お役目様」です。
3代目の須磨子は、江戸~明治頃にお役目を継いでいましたが、ある日、「潮」と名付けた息子が獣の槍を使いこなしている夢を見ました。霊体となっていたゆき=ジエメイにその話をしたところ、ジエメイにも予感めいたものがあり、須磨子は2年間お役目を離れる許可を得ます。そして、うしおの父と恋に落ち、うしおを生んだ後、お役目に戻りました。
ですから、妖たちが言う「あの女」は須磨子を指すのです。
須磨子は、いよいよ動き出そうとした白面の者を抑えるために結界を強化したため、一気に力を消耗してしまい、結界を維持できるのはあとわずかな期間となってしまいます。
うしおの友人である真由子も、ゆきの子孫であり、4代目となるべき力の持ち主でした。
この作品は、白面の者が発生してから滅びるまでの数百年にわたる物語であり、時折時代が前後するため、かなり複雑な構成になっています。
わかりやすいよう、白面の者を主体として物語を追い掛けてみましょう。
数百年前、とある国(インド辺り)で、シャガクシャという男が英雄としてもてはやされていました。
彼には、守りたい女性がいましたが、彼女はシャガクシャが離れている時に戦闘に巻き込まれて死にました。
これに絶望したシャガクシャの負の感情を得て、その体内に取り憑いていた妖が実体を得て白面の者となります。
シャガクシャは、白面の者が体を得るために自分に絶望を与えるよう働きかけていたことを知り、復讐の旅に出ました。
白面の者は、他者の絶望や恐れなどを糧とするため、人間に化けて権力者に取り入って操り、国を滅ぼしたりしていました。
そんな中、ある国(中国)で、白面の者を滅ぼすための武器を作るようにというお触れが出ます。
刀剣鍛冶だったギリョウと父は、女の髪を溶かし込んだ鉄を使って神剣を打ち献上します。
ところが、このお触れ自体が白面の者の仕業で、一堂に集めた刀剣鍛冶と神剣を一気に討ち滅ぼしてしまったのです。
そして、その場には、妖の力で過去を知るために時を超えたうしおもいました。
なんとか生き残ったギリョウは、神剣を作るための秘法として、女の肉体を溶かし込んだ鉄で神剣を打ち始めたのです。
ギリョウ自身は、そんな方法を採りたくはなかったのですが、方法を知った妹のジエメイが溶鉱炉に飛び込んでしまい、ギリョウは泣く泣く神剣を打つことになったのでした。
父母を殺され、妹を犠牲にしてしまったギリョウは、恨みの心から、やがて口から火を吐きつつ、素手で鉄を握って鎚を振るようになりました。
そして、ギリョウ自身が神剣を握っている左手から順に槍に化わっていき、獣の槍となりました。
獣の槍と化したギリョウは、全てを見届けたうしお(「蒼月」と呼ばれていた)に別れを告げ、槍本体に「我属在蒼月胸中到誅白面者」(われは白面の者を倒すまで蒼月の心の中に在る)と刻み込んで飛び立ちました(この文字は、物語序盤に「すり減って読めないけど、何か掘ってある」と言われていました)。
そして、白面の者に追いついたものの取り逃がした獣の槍は、行く先にいる妖を滅ぼしながら白面の者を探し回ったため、数百の妖が変じた赤い紐によって峡谷に捕らえられたのです。
そして、白面の者を追っていたシャガクシャは、捕らえられた獣の槍を見付けて手に入れ、槍の最初の使い手となりました。
シャガクシャは、獣の槍を使い続けるうちに魂を削りきられて字伏となり、獣の槍を手放します。
字伏となったシャガクシャは、人であった頃のことを忘れて妖として過ごしながら日本に渡り、獣の槍は何人かの使い手の魂を削って字伏にしながら、やがて日本に持ち込まれました。
同じく日本にやってきた白面の者との戦いの序盤には、長飛丸と呼ばれるようになっていた字伏もいました。長飛丸は、白面の者が逃走に転じると興味を失ったため、その後の顛末には関わりませんでした。
さらに数百年が過ぎ、長飛丸は、獣の槍の使い手と戦っていました。
あと一歩で長飛丸を滅ぼせるところまで追い詰めたものの、使い手の魂は削りきられる寸前で、更に、獣の槍に恐怖を感じていた白面の者が槍を破壊するために飛ばした婢妖が近くまで来ていました。
このタイミングで使い手の魂が削りきられれば、力を失った槍は婢妖に破壊されてしまいます。
そのため、獣の槍は、婢妖が感知できない長飛丸に刺さることで自らの存在を隠し、そのまま数百年を過ごしたのです。
白面の者の宿主だったシャガクシャの体は、白面の者と同じ匂いを持ち、それは字伏となった後も変わらなかったため、婢妖は獣の槍を見失いました。
槍は、新たな使い手が現れるまで、長飛丸を敢えて滅ぼさず、隠れ蓑にしていたのでした。
これが、白面の者の側から見た展開です。
一方で、人間側は、ゆきの子孫を中心に、陰陽師の集団:光覇明宗を作り、結界内に捕らえたまま白面の者を滅ぼす方法を模索してきました。
光覇明宗は、獣の槍の所在を突き止め、抜こうとしますが、槍が使い手と認めない限り抜けないため、槍を見守りつつ使い手候補者を育てるようになったのです。
しかし、長い年月、どれほどの法力を持つ者であっても、槍を抜くことはできませんでした。抜けなかった者の中には、うしおの父:紫暮もいました。
紫暮は、うしおが生まれ、須磨子がお役目に戻った後、鬼神のように妖と戦うようになります。全ては、須磨子を守るために。
そして、ひょんなことから、うしおは槍の使い手となり、解放された長飛丸を「とら」と名付けて、妖と関わっていくこととなるのです。
そして、母の秘密を知るために送り出されて北海道へと旅をしながら妖たちとあるときは戦いあるときは触れ合い、やがて沖縄での最終決戦へと向かうのです。
うしおは、頭はよくないのですが大変まっすぐで熱い性格の持ち主で、相手が妖であろうと人間であろうと、同じように相対していきます。
おまけに超がつくお人好しで、自分の魂を削ってでも誰かを助けようとするのです。
時には妖に感情移入して泣いたりもします。
そうして絆を結んだ人や妖たちが、最終決戦で見せ場を作っていきます。
キーパーソンとなったのは、“あらゆる結界を素通りできる特異体質の少女”鷹取小夜です。
その性質から、結界に囚われた座敷童のご機嫌取りとして使われていた彼女は、うしおとの出会いによって強さを得、座敷童を囚えていた結界を壊して自由になりました。
その後も座敷童は彼女と一緒にいましたが、最終決戦において、2人は冥府の門を開き、魂となった人や妖を現世に呼び出します。
妖に襲われて死んだジャンボジェット(のパイロット)が婢妖の群れを押しつぶし
娘かわいさに鬼になってしまった礼子の父が娘を救いに現れ
人を恨みながらも、うしおの優しさにほだされて死を選んだかまいたち3兄弟の次男:十郎が、力尽きようとしている兄:雷信と妹:かがりを救いに現れ
といった具合に、かつて悲しみの中で退場していった者達が縁ある者を救いにやってきました。
生きている者にも、うしおとの出会いで変わっていった者がいます。
女であるが故に父に疎まれ槍の伝承者を目指していた日輪は、「私は私だ、関守日輪だ!」と、自分にできること──結界を守ること──を全力で果たそうとし
力はあるが弱者を守る気概のなかった凶羅は、二代目お役目様の遺志を継いで命を賭けて結界の柱の一つを守り
妖(お外道さん)を操る力を持つが故に誰からも遠巻きにされていた設楽水乃緒は麻子を「あたしを殴ったあんたが情けない!」と助けに来て
うしおに、母親が妖に恨まれていることを教えた海座頭が須磨子を守りに来て
といった具合です。
直接うしおと関係のないところでも、紫暮が須磨子を守りに来ています。
彼は、ずっと須磨子を守るために戦ってきましたが、ようやく目の前で直接守ることができるようになったのでした。
結局、最終決戦は、白面の者が作った結界にうしお、とら、白面の三者だけが入った状態で行われ、白面は目を自ら潰して匂いだけで槍を攻撃します。
そして、とらは、自分の体に槍を刺して白面から隠し、そのまま白面を貫かせるのです。
こうして、白面は滅びましたが、槍の力をもろに受けたとら自身も消えることになりました。
「俺を食うんじゃなかったのかよ!」と叫ぶうしおに、とらは「もう、食っちまったよ。腹ァいっぱいだ」と言い残しました。
目的を果たした槍=ギリョウも砕け散ります。
うしお自身も、この戦いで魂を削りきられましたが、同じく目的を果たしたジエメイが自らの魂を同化させることで助けられました。
そして、白面が抜けたことで崩れかけた日本の柱は、その場に集まっていた妖たちがその身を埋めていくことで持ち直しました。
座敷童が開いた冥府の門は、座敷童が入って向こうから閉じることで消えました。座敷童は、門の向こうにいた小夜の母と再会します。
こうして戦いは終わり、キリオは真由子の家に引き取られ、須磨子はうしおの家に戻り、妖たちは姿を消しました。
妖は不滅で、とらもいつか復活する…という希望を残して物語は終わります。
長い物語で、ところどころ矛盾や綻びもあるのですが、うしおのキャラがどこまでもまっすぐで、全力で、いいのです。
好きなセリフやシーンもいくつもあります。
松野の「お天道さんに向かってまっすぐに立ってるか」とか、ね。
人間になろうとした猿の妖に言った「お前は人間にはなれない。飼い主だった大谷さんを襲った時、猿であることもやめた。人間でもない、猿でもない、お前はそこで乾いてゆけ」なんて、うしおらしからぬ非情さでよかったです。
一番好きなセリフは、「泥なんか、なんだい」です。
かつて、真由子が大事な帽子を池に落としてしまった時、うしおが泥だらけになりながら拾い上げてくれました。
その時のセリフが「大事なものなんだろ。だったら、泥なんか、なんだい」でした。
そして、真由子が妖に襲われ、「満足できる死とはなんだ?」と問われた時の真由子の答えが「泥なんか、なんだい、よ」でした。
人質にされていた真由子は、こう言って身を投げ、死ぬことでとらが反撃できるようにしたのです。いえ、結局とらは落ちていく真由子を助けちゃうんですけどね。
そして、鷹羽が一番好きなシーンは、九印の最期です。
九印は、キリオを守るために造れられた人工妖怪です。
白面の者は、光覇明宗を内側から壊すため、光覇明宗の人間をそそのかして獣の槍を必要としない戦力を作らせました。
それが、量産可能で誰でも使える強力な法具:エレザールの鎌です。
そして、その使い手となる強力な法力の持ち主、旗印として、赤ん坊をベースに合成人間のキリオを作り出したのです。
九印は、キリオを守ることを存在意義としていて、作中何度となくキリオを守って戦ってきました。
最終決戦においても、九印は、キリオの傍らで戦います。
激しい戦いの中で徐々に傷つき、「被弾28、動作不良68パーセント。そろそろ限界か」と冷静に状況を判断した九印は、キリオをかばって攻撃を受けました。
そして「悲しむことはない。九印は、キリオを守るために創られた」と言って燃え尽きるのです。
使命を持って造られた命にふさわしい、使命を全うしての最期でした。
実際のところ、九印は“使命だからではなくキリオが大事だから”守っていたのだと思います。でも、それを出すことなく、あくまで存在意義だから守るという態度でいました。
ああいう不器用さなんかも、九印の魅力ですね。
長く続いた物語が綺麗に終わる、それは、とても幸せなことです。




