事後処理
社畜ダンジョンマスターの食堂経営が3月10日に発売されますが、地域によってはもう発売されております!
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【アクメ視点】
「残ったのはあの偉そうな感じの騎士と、檻に捕まった騎士。後は兵士が百人くらいか?」
「そうですね。まだ混乱した兵士がサンダーイール達に食べられたりしてますが、もう落ち着くでしょう」
「思ったより魔術師が弱かったな。ヴィネアの方が凄かった気がするが」
「いえ、恐らくヴィネアさんよりは強いと思われます。特に、あの小柄なダークエルフのハーフとエルフの二人は格が違うように見受けられました。惜しむらくはハーピーの速度に対応できなかったことと、ウスルにとって得意な属性で勝負してしまったことが敗因でしょうか」
「へぇ? なんだ、意外と強かったのか。兵士とかもケライノーが単独で翻弄してたし、王国軍って想定していたよりかなり弱いのかと思ったな」
「世界トップクラスの大国の軍ですから、その実力は馬鹿にできません。ただ、長い時間ダンジョン探索で疲弊していたのもあるかもしれませんね。冒険者はその辺りの経験が違いますから、単純な戦闘力で劣っていてもダンジョンの中では上でしょう」
エリエゼルの説明を聞きながらポテトチップスを口に放り込み、ケイティに顔を向ける。
「ホットコーヒーもらえるか?」
「あ、は、はい! すぐにお持ちします!」
こちらに背を向けて慌てて駆け出すケイティに、俺は短く息を吐く。
「やはり、怖がらせたかな?」
そう呟くと、隣に座っていたエリエゼルが監視カメラの映像から目を離し、後ろを振り返った。
「そのようには見えませんでしたよ? 恐らく意識は既に人類ではなく、ダンジョンマスターとしてのご主人様の立場に視点があるのでしょう。良いことです」
「ふむ。それなら良いけど、そんな簡単に割り切れるものか?」
俺はエリエゼルの施したとある契約を思い起こしながらそう呟き、カメラの映像に向き直る。
画面の中ではもう兵士達が投降しており、騎士達もアエローから緊縛されて地面に転がっていた。何処か嬉しそうに荒い息を吐く騎士達を尻目に、ウスルが地面を掘って何かしている。
何をしてるんだ、アイツは。犬か? まさか兵士どもを埋めるつもりじゃあるまいな。
と、そんなことを思っていると誰かが部屋のドアをノックする音がした。
「おはようございます。我が主」
「起きたか、フルベルド」
そう返し、俺は顔を横に向けてフルベルドに目を向ける。あの面倒そうな貴族風の衣装をバチっと着こなすフルベルドと、服が若干はだけたズボラな様子のレミーアがそこにいた。
「おはようごじゃります……」
「二人ともおはようさん」
挨拶を返すと、二人は頭を軽く下げながら歩み寄り、画面に目を向ける。
「ふむ。侵入者は無事撃退されてしまったのですか」
「なんで残念そうなんだよ」
フルベルドのコメントに突っ込みをいれると、フルベルドは軽やかな笑い声をあげた。
「いや、なかなか我が主に良いところを見せることができないもので……少々ウスルを僻んでしまいました」
冗談めかして言っているが、本心だろう。その表情を見てなんとなく分かった。
「まぁ、次の機会にはフルベルドに活躍してもらうとしようか。今回は冒険者達を使って尋常じゃない速度でダンジョンを進ませたからな。普通に攻略しようと思ったら地底湖まで二日くらい掛かりそうだし。ダンジョン内で夜営してるところを強襲するってのも面白そうだろう?」
「ほほう。それは確かに愉快ですな」
フルベルドは口の端を釣り上げてそう言った。
まぁ、ダンジョンで一泊してたら大ボスが自分から攻めてくるってのは鬼畜過ぎる話だが、こちとら命懸けで防衛する側だからな。許してもらおう。
「ご主人様、コーヒーをお持ちしました!」
「お、ありがとう」
ケイティがお盆に乗せて持ってきたカップを受け取り、湯気と共にコーヒーの香りを楽しむ。
熱い淹れたてのコーヒーを一口すすり、程良い苦みと深いコクに思わず口元が緩んだ。
一息ついた俺は、エリエゼルを見て口を開く。
「さて……それじゃあ、早速仕込みといくか」
「お任せください」
エリエゼルは恭しく頭を下げてそう言った。
【国王視点】
報告を受けた私は、立ち上がりながら叫んだ。
「なんだと!?」
兵士は背筋を伸ばして再度報告を口にする。
「こ、コルソン男爵の率いる千名の探索隊はその大半が死亡しました! ですが、オリハルコンの武具は手に入れたとのことです!」
「分かっておる! それで、コルソンはいつ此処へ戻ってくる!?」
私がそう怒鳴ると、兵士は慌てて口を開いた。
「は、はっ! コルソン男爵に大きな怪我はありませんが、心身共に衰弱しており、明日の午前中まで安静にしているとのことです!」
「衰弱!? 馬鹿を言うな! 首に縄をかけてでも連れてこい! 何をふざけたことを……っ!」
声を張り上げて怒鳴り散らすと、兵士は顔色を悪くしながら顎を引いた。
「し、しかし、コルソン男爵は昨晩ダンジョンを脱出してから寝たきりの状態となっております!」
「昨晩だと? もうダンジョンから帰還しておるのにまだ無闇に時間を浪費するつもりか!? えぇい、宮廷魔術師共はどうした!? 誰か動ける者はいないのか!」
私がそう声を荒らげると、兵士は言いづらそうに口ごもり、目を泳がせつつ答えた。
「……きゅ、宮廷魔術師の方々は全員死亡されました」
「…………何?」
私は兵士の言葉に氷をうたれたように頭が冷えた。
慌てて兵士から受け取っていた報告書に目を通し、記載された内容に愕然とする。
ダンジョン探索隊の団長に任命したコルソンと、副団長に任命した騎士。そして、兵士が九十二名。
生き残ったのはこれで全員と書かれている。宮廷魔術師は五名全員が死に、何故か兵達の中でも兵長クラスの者達が軒並み全滅している。
まるでダンジョンが選んで殺したとでも言うように、実力者から順に死んでいるのだ。
本来なら爵位を持つ者や他の騎士など、幼少時より特別な教育を受けた者達は千人長と同等以上の強さと指揮力を求められるが、コルソンにはそれほどの力は無いだろう。
ならば何故、宮廷魔術師が全滅するような過酷な状況でコルソンや雑兵達だけが生き残ったのか。
「……何かある」
私はそう口の中で呟き、報告書を穴が開くほど読み直した。
宮廷魔術師達は罠では死んでおらず、オリハルコンを守るモンスターと戦って死んだとされている。
オーガ百体でもでたのか、それとも大型のドラゴンが一体でたのか。
どちらにせよ、宮廷魔術師よりも先にコルソンが死ぬのが普通だろう。確かにあの男は悪運だけは強いが、この報告書には違和感を覚える。
「いや、それよりも……」
私は報告書から目を離して唸った。
我が国の軍事力の象徴とも言える世界最強の魔術師集団。その中の五人が戦争でもないところで無為に消費された。
これが一番の問題だ。
「……イブリスにつけ入る隙を与えてしまう、か」
私がそう呟くと、報告に来た兵士が不思議そうに顔を上げた。
「……イブリス王弟殿下が何か?」
兵士が恐る恐るといった様子でそう口にしたが、私が睨み付けるとすぐに視線を下に向けた。
私は鼻を鳴らすと、椅子に座りなおして机を手のひらで叩く。
いまだに私を蹴落とし、代わりにイブリスを王の椅子に座らせようという輩がいるのは分かっている。奴らは私を失脚させるための材料を必死に探し回っているのだ。
まったく、忌々しい。オリハルコンを手にすれば、そう簡単には私を失脚できなくなるというものを……。
「カラビア」
私が名を呼ぶと、扉の前に立っていたカラビアがこちらに向き直った。
「はい。早急にオリハルコンの回収に行って参ります」
「流石だな、カラビア。何はともあれオリハルコンを手中に収めるのが先決だ。同行する者はお前が選べ」
「はっ」
カラビアは歯切れの良い返事をすると、こちらに一礼してから素早く部屋から退出していった。
カラビアに頼んでおけば間違いなく大丈夫だろう。私は僅かに減った肩の荷に笑みを浮かべ、報告書に再度目を向ける。
宮廷魔術師を五人失ったとはいえ、結果だけで見れば上々と言える。
オリハルコンの剣を手に入れ、その成果を持って私の王の座は安泰となるのだ。
「後は、例の女も手に入るしな」
楽しみだ。
私は堪え切れずに声を出して笑った。




