ウスル対宮廷魔術師
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風が吹き荒れ、兵士達の怒号と悲鳴が響き渡る。
ハーピーが兵士達を次々に蹂躙していく様子を横目に、カフシエルは葉巻を取り出したウスルに対して片方の眉を上げる。
ウスルは葉巻を口に咥えてオイルライターで火をつける。狼の顔が目を細めて煙を楽しむ様子に、アスベエルと呼ばれた魔術師が鼻を鳴らした。
「……ワーウルフ如き、私一人で問題ありませんな」
そう口にしてフードを脱ぐと、その下から三十代ほどの男の顔が現れた。短い黒髪で、耳にピアスと右手には細い腕輪をしている。
「まずは三方向から攻めて様子見だ。慢心するな」
カフシエルが低い声でそう口にして前に出ると、もう一人の魔術師、アルマロスがフードを脱いだ。アスベエルと同じ短い黒髪の男である。アルマロスはウスルを睨むと、杖を手にして頷く。
「そうですよ、アスベエル。明らかに普通のワーウルフではありません。警戒して然るべきです」
諭すようにそう言われ、アスベエルは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。
「なら、三人でさっさと終わらせてハーピーを狩るとしましょうか。ダンジョンに長居すると埃っぽくて嫌ですからな」
そう言って、アスベエルはウスルの右手側へと回り込んだ。アルマロスはそれを確認して反対へと向かう。
包囲される中、ウスルは葉巻を口にしたまま顔を斜め下に向け、煙を大量に吐き出していた。
カフシエルはその様子に眉根を寄せて、静かに魔術の詠唱を始める。
「……『フロストタイル』」
小さく口の中でカフシエルが何か呟いた瞬間、カフシエルの足下からウスルのいる方向に向けて放射状に地面が凍りつき始めた。
見る見る間に地面は氷で覆われていき、ウスルが顔を上げる頃にはもう目の前に迫っていた。
だが、ウスルの立つ地面が凍り付く頃には、既にそこにウスルの姿は無く、追撃しようとしていたアスベエル達もウスルを見失ってしまっていた。
「ど、何処に行った!?」
アスベエルがそう叫びながら辺りを見回すと、カフシエルとアルマロスが揃って自分の背後を見ていた。
咄嗟に前に倒れ込むようにして転がり、地面に手をついて背後を振り返る。
葉巻を口に咥えたまま腕を振った格好で立つウスルがそこにいた。
「……外したか」
ウスルのその呟きに、アスベエルは額から汗を流しながらも声を上げて笑う。
「は、ははは! い、いくら私の背後をとろうとて、結界を張ってしまえば大したことは無いわ!」
アスベエルがそう言ってウスルに指輪をした手を向けると、ウスルは低く唸り声をあげた。
両手をだらりと地面に向かって下ろしたまま、地を蹴る。
一瞬で距離を潰したウスルと、目の前に獰猛な狼の顔が現れて思わず身を硬くするアスベエル。
ウスルの腕を大きく振り下ろすような動きを、アスベエルは何もできずにただ眺めていた。
ガラスが砕け散るような音が二重に鳴り響き、アスベエルの肩から腹にかけて鮮血が舞う。
「……そ、そんな……」
アスベエルが地面に倒れて、死の間際にようやく出た言葉はそれだけだった。
「ま、まさか、あり得ない……!」
アルマロスが叫ぶ。
「構えろ! 隙を見せるな!」
カフシエルは動揺するアルマロスを見もせずにそう叫び、魔術を行使する。
風の鳴る音が僅かに聞こえ、土埃が巻き起こった。現れたのは目に見えない無数の風の刃だ。
すると、ウスルの大きな耳が左右別々に動き、腕の先が霞むようにしてブレた。
破裂音と衝撃波が周囲に広がり、カフシエルは目を見開く。
「その場を動きもせずに……?」
そう呟き、カフシエルはアルマロスに向けて指示を出した。
「アルマロス、時間を稼げ。三十秒だ」
カフシエルがそう言って詠唱に入ると、アルマロスは慌てて杖を持ち上げる。
「炎、風は駄目か……ならば、質量で……!」
そう口にして、アルマロスは土の魔術を行使する。アルマロスが杖を動かす度に次々と土が隆起していった。
攻撃を意図したものではなく、攻められないように防壁を作り出すアルマロス。
目の前に現れた土の壁に、ウスルは葉巻を吸いながら歩き出す。幾重にも重ねた土の壁の向こう側ではアルマロスが杖を構えて待つ。
残り数メートル。自身の背丈の倍はあろうかという土の壁を前に、ウスルは腰を一度落として地を蹴る。
消えたと錯覚するほどの速度で前方に跳ぶと、次の瞬間にはウスルの右足が土の壁に突き刺さっていた。
爆発したかのような轟音が鳴り響き、土の壁は木っ端微塵に吹き飛び、壁の向こう側で構えていたアルマロスは土砂と共に後方へ倒れ込んでしまう。
「な、なにが……」
土に身体の半分が埋もれたアルマロスが掠れた声でそう漏らすと、土の魔術の残骸を踏み締めて歩くウスルが口を開いた。
「……経験の差だ。障害物は避けるものとしか考えていないのが敗因だろう……」
ウスルがそう答えると、アルマロスは目を丸くしてウスルを見上げた。
「あ、あの壁を一撃で破壊できるなど、予測できるわけが……」
そこまで口にして、アルマロスは気を失った。
だが、アルマロスの犠牲によりカフシエルの詠唱は終わる。目を見開き、カフシエルはしゃがみ込む。
片手を地に当て、口を開いた。
「終わりだ!」
カフシエルがそう叫ぶと、ウスルを中心に白い靄が立ち込める。
ウスルは身体を傾けて動き出したが、その動きは明らかに遅くなっていた。
唸り声をあげながらウスルが足元を見る。
「……これは、氷か……」
「空気も凍る最上級の氷の魔術の一つだ。広範囲に及ぶ為兵士達にも被害は出るだろうが、仕方あるまい」
カフシエルは徐々に動きが遅くなっていくウスルを目で追い、立ち上がる。カフシエルが向き直る頃にはウスルはもうその場で完全に立ち止まってしまっていた。
「そのまま氷像と化すが良い」
カフシエルはそう口にして、踵を返す。
視線の先ではケライノーに次々と殺されていく兵士たちの姿があった。縦横無尽に飛び回りながら兵士たちの首を刈り取っていくケライノーの姿に、カフシエルは眉根を寄せて口を開く。
「……どこにいく……」
言葉を発したのは凍り付いていくはずのウスルだった。
その声に驚いて背後を振り向くと、そこにはもうウスルの姿は無かった。
そして、自らの左腕が肘から失われていることに気がつく。
「つっ!?」
形の変わってしまった左腕を右手で押さえ、カフシエルはくぐもった悲鳴を漏らす。
「か、か、カフシエル殿!?」
コルソンの叫びが聞こえ、思わずカフシエルはコルソンの方を振り返った。
そこにはカフシエルの腕を片手に持ったウスルの姿があった。
「……誇るが良い。お前は紛れも無い強者だった……」
ウスルはそれだけ言うと、詠唱しようと口を開くカフシエルに肉薄する。
腕が振られ、カフシエルの首が千切れた。
地面に落ちたカフシエルの頭を見下ろし、ウスルは大量の煙を口から吐き出す。
「……狼は寒さに強いものだ……」
ウスルはそう呟き、呆気にとられたように呆然とするコルソンへと身体の正面を向けた。
ちょうどその時、遠くの方でアエロー達が二人の魔術師を倒す光景がウスルの目に入る。
「きゅ、宮廷魔術師が負けたぞ!?」
「そんな……!」
兵士たちの一部がそう叫び、ざわめきはやがて悲鳴へと変わる。
「う、うわぁああ!」
誰かが絶叫と共に走り出した。
向かう先はウスルとハーピーがいない湖の方向だ。半狂乱といった様子の兵士は小さな橋を渡り、塔の入り口へと走る。
そして、塔の入り口に辿り着く瞬間、水中から巨大な口が現れ、兵士に横から喰らいついた。
頭を貫通してもまだ余るような鋭く長い無数の牙が兵士の鎧を貫き、血を噴き出す兵士を湖の中へと引きずり込んでいく。
あっという間の出来事だったが、多くの兵士がそれを見ていた。
血が残る水面を見て、一部の兵士たちの感情が爆発する。
絹を裂いたような女みたいな悲鳴をあげる兵士、何かに対して怒りながらハーピーに立ち向かう兵士、剣を振り回しながら来た道を引き返そうとする兵士。
もはや兵士達も隊列を組むことなどできていなかった。
「お、落ち着け! 方陣を組んで共に……!」
コルソンが叫ぶが、効果は無かった。
ケライノーに加えてアエロー達も生き残っている兵士達の命を刈り取り始める。
その光景に絶望するコルソンは檻にしがみ付いたまま身体を震わせた。
涙を滲ませながら地面に膝をつき、口から胃の中のものを逆流させる。
いきなりの嘔吐物に檻の中で中年の騎士が慌てるが、コルソンの目には特に映っていなかった。




