異質な宮廷魔術師
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炎と氷の槍が次々と飛来する中、アエローとオーキュペテーはまるで木の葉が舞うようにひらひらと動き、躱す。
「だー! なんだよ、あの速さ!?」
サムヤサが怒鳴ると、ちょうどイェクンが詠唱を終えて風の魔術を発動した。
地面の一部がめくれ上がるような突風が吹き荒れ、ハーピー達を巻き込むように広範囲に効果を及ぼす。
だが、オーキュペテーが翼を強くはためかせると、その風は散り散りになって消えた。
「っ!」
「え!? あのハーピー、魔術まで使うわけ!?」
サムヤサ達が驚愕する中、一瞬空いた隙を縫ってアエローが飛ぶ。
まるで弾丸のような速度で迫るアエローの鉤爪に、狙われたサムヤサは地面に倒れ込むようにして回避した。
だが、ローブの一部と一緒に肩の肉を抉り取られて地面に転がる。
「ぅあっ!」
悲鳴が響き、イェクンが倒れたサムヤサに気を取られた。
「すっきありですー!」
「つっ!」
イェクンが顔を上げた瞬間、もう目の前には鋭く迫った鉤爪が視界一杯に広がっていた。
硬い物同士が激しく衝突するような音が鳴り響く。
気の抜けた大声を上げながら突撃してきたオーキュペテーだったが、イェクンの顔面を鉤爪で斬り裂く前に不自然な形で空中で停止していた。
「えー! 結界!?」
オーキュペテーが不満そうにそう叫ぶと、イェクンは強張った表情を緩めて片手をオーキュペテーに向ける。
「……理解した。お前達は類を見ない速さだが、オーガより力は無い。風の魔術は圧倒的だが、それ以外はあまり得意ではない。炎と氷は消さずに回避していたのが証拠」
一方的にそう告げて、イェクンは小さな氷の矢を次々と空中に作り出した。
そして、結界を蹴って浮上したオーキュペテー目掛けて放つ。
あっという間に最高速度にまで達するオーキュペテーだったが、イェクンの氷の魔術はそれよりも僅かに速い。
旋回するように空中を飛ぶオーキュペテーに数本の氷の矢が迫った。
「もう! 鬱陶しいですー!」
オーキュペテーは苛々したようにそう怒鳴ると、振り向きざまに片脚を伸ばし、回し蹴りの要領で空中で半回転する。
直後、氷の矢は全てオーキュペテーに触れる瞬間で砕け散った。細かく砕けた氷がキラキラと光を反射する中、オーキュペテーは笑みを浮かべる。
「ふっふっふ! 甘いのですー!」
得意げにそう言ったオーキュペテーに、イェクンが舌打ちをして顎を引いた。
「……手強い」
イェクンが小さく呟いた言葉に反応して、肩から血を流すサムヤサが上半身を起こした。
「頭きた! 羽を毟りとって足も千切ってバラバラにして殺してやる!」
眼を血走らせたサムヤサは早口に詠唱を終わらせ、両手をオーキュペテーに向けた。
「死ね、このクソハーピー……っ!?」
魔術を発動しようとした瞬間、サムヤサの身体は横殴りに暴風を受けて吹き飛ばされた。
ボールのように地面を転がったサムヤサはローブと一緒に露出した肌も切り裂かれ、一瞬で血だるまになる。
ようやく転がり止まり仰向けになったサムヤサを眺め、サムヤサを吹き飛ばしたアエローは失笑しながら肩を竦めた。
「怒りに我を失っていては、勝てるものも勝てませんよ?」
アエローがそう口にすると、サムヤサが倒れたままピクリと動く。
「は、はは……はははははは……」
赤く染まった細い腕を上げて、紺色の髪をかきあげ、サムヤサは笑う。
ローブに隠れていた腕には黒い刺青が幾つも彫られており、僅かに尖った耳が露出した。
「おや、ハーフエルフ……いえ、ハーフのダークエルフですか」
アエローが興味深そうにそんなことを言い、イェクンが険しい顔でアエローを振り向く。
その時、ぬっと身体を起こし、サムヤサが立ち上がった。サムヤサの身体全体が薄く発光し、アエローは眉根を寄せる。
「忌み子で悪かったな……私だって好きで忌み子になったんじゃない!」
サムヤサは金切り声でそう叫び、腰に掛けたナイフを引き抜いて自分の左手に突き刺した。
手のひらを貫通した銀色の刃を見て、イェクンが顔を顰める。
「馬鹿が暴走した……!」
そう呟いてイェクンは鈍く光る小石のような何かを口に入れた。すると、イェクンの顔にある刺青もじんわりと発光し始める。
ローブが重力に反して浮かび上がり、イェクンの周囲に白い靄がかかった。
直後、イェクンを取り囲むように氷の壁が地面を突き破って出現する。
「なになにー?」
オーキュペテーがサムヤサとイェクンの変化に首を傾げながらそう呟いた。アエローはサムヤサの様子を観察しながら口を開く。
「さて、あれは禁術でしょうか。それなら少々厄介ですが……」
サムヤサの髪は逆立ち、ゆらりと湯気のようなものがサムヤサの手から滲む。
手に突き刺さったナイフに沿って血が流れ落ち、やがて赤い煙となって消えた。
そして、サムヤサは凶暴な笑みを浮かべ、口を開く。
「来たれ、地獄の業火……! あのクソどもを焼き尽くせ!」
そう叫ぶと、サムヤサの手から紅蓮の炎が噴き出した。燃え盛る炎はまるで蛇のように蠢き、キョトンとした表情のオーキュペテーへと向かって伸びる。
その炎を見て、オーキュペテーは眉根をグッと寄せて頬を膨らませた。
「えぇい!」
気合いが入った、とは言い難い可愛らしい声を発し、オーキュペテーは翼を広げてその場で回転する。
轟々と音を立てて燃え盛る炎が襲い掛かる瞬間、オーキュペテーを中心に竜巻のような風が巻き起こった。
炎を巻き込み、竜巻はぐんぐん範囲を広げていく。そしてついには、全てを焼き尽くすかのようなあの業火が弾けて消えてしまった。
それを見て、サムヤサは目を見開いて動きを止める。
「ば、馬鹿な……! 僕の炎が!?」
そう叫んだ瞬間、サムヤサの身体は地面に押し潰された。サムヤサの両肩に鉤爪を突き刺して上に立ったオーキュペテーは、得意げに胸を張る。
「私だって速いだけじゃないんですー!」
オーキュペテーのその自慢はサムヤサの耳に届くことは無かった。その光景に、氷の壁で自身を守っていたイェクンは息を飲む。
「そ、そんな、あのサムヤサの火が……想定外……! 早く、皆でハーピー共を先に倒さないと……!」
イェクンがそう口にしてカフシエルの下へつま先を向けた瞬間、すぐ耳元で硬い何かが衝突するような音が響いた。
反射的に身を竦めてそちらに顔を向けると、顔から後数センチのところに鋭く尖った爪の先が見えた。
「……っ! わ、私の結界は破れない……!」
酷く動揺しながらも、イェクンは目の前で翼をはためかせるアエローを睨み上げる。
アエローは子供の拙い悪戯を笑う親のような微笑みを浮かべ、左右に広げていた翼をイェクンに向けて畳んだ。
同時に一陣の風が巻き起こり、イェクンの目の前にある見えない壁に亀裂が入る。
「……え?」
ビシビシと音を立てて空中で広がる亀裂に、イェクンは呆然と立ち尽くした。
結界はあっという間に破壊され、薙ぎ払うような荒々しい風がイェクンの胴体を切り裂く。
上半身がぶるんと風の上を転がるようにして地面に落ち、残った下半身もぐらりと揺れてから倒れた。
身体が二つに分かれたイェクンは、口から血を吐きながらアエローを見上げる。
「私は風を統べる者とも呼ばれていたのですよ?」
そう言って楽しそうに笑うアエローを、イェクンは徐々に光を失っていく目でぼんやりと見上げていた。




