オリハルコンに魅せられてモンスターバトル
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「お、オリハルコンの剣と盾だと!?」
コルソンは声を上げて前に出る。ざわつく兵士達を一喝し、中年の騎士が剣を掲げる。
「落ち着け! 今こそ罠に注意せよ! 細心の注意を払い、あそこへ向かうのだ!」
騎士がそう叫んだ直後、上から黒い鉄格子の檻が降ってきて騎士一人を閉じ込めた。
檻が地面に落下する音に全員が驚き、檻に囚われた騎士を振り向く。
「へ?」
自身に起きた状況が分からずに間の抜けた声を発する騎士と、唖然とする兵士達。
そこへ、檻を落とした張本人達が翼をはためかせて降りてきた。
「指揮官、捕らえましたね」
「流石は私」
「ケライノーお姉ちゃん流石ですー!」
微笑み合いながら湖の前に降りてきたのは、白い翼を持つハーピー三姉妹。アエロー、ケライノー、オーキュペテーの三人である。
「しゃ、喋るハーピーだと!?」
コルソンが慌てて剣を抜きながらハーピー三姉妹を睨むと、その後ろで騎士が檻の中から手を伸ばした。
「か、閣下! お助けください!」
「えぇい、五月蝿い! そんなことは後だ! 皆、構えろ! ただのハーピーじゃないぞ!」
野太い声を上げて剣と盾を構える兵士達に、ハーピー三姉妹は目付きを変えて身体の正面を向けた。
次の瞬間、兵士達の頭を飛び越えて放物線を描くように炎の塊が三つ、ハーピー三姉妹に襲い掛かる。
自らに迫りくる真っ赤に燃え盛った人の頭ほどの炎の塊を、オーキュペテーが脚だけで全て蹴り飛ばし、破壊した。
「え、嘘でしょー! ハーピーなら確実に一撃で殺せるやつだったのに!」
「……せっかくの奇襲の機会に手を抜くとは」
「抜いてないですよ!」
そんなやり取りをする二人の魔術師に、兵士達は左右に分かれて視線だけを向ける。
五人の魔術師の姿を確認し、アエローが目を細めた。
「……おや、なかなか手強そうな人間が現れましたね」
「英雄クラスですか? お姉様」
「え? 強い人間?」
三人が五人の宮廷魔術師を見てそう言うと、コルソンが剣を構えて睨んだ。
「このコルソン男爵の力を見抜くとは、油断ならんモンスターよ……最初から全力でいくぞ! さぁ、囲め、皆の者!」
コルソンの号令に合わせ、野太い返事とともに兵士達が素早くハーピー三姉妹を取り囲み始める。コルソンの勘違いを指摘する者は誰もいなかった。
動き出した兵士に対してケライノーが黒い髪を揺らし、翼を振った。途端、突風が巻き起こり、兵士達は回り込む前に後方へ押し戻される。
「ば、馬鹿な! ハーピーが風の魔術を!?」
動揺しながらも盾を構える兵士達にアエローが口の端を上げた。
「ただの雑兵ではありませんね……仕方ありません。助っ人をお願い致します」
そう口にして、アエローが後ろを振り返る。
「ウスル様」
突如として出現した塔の入り口を見つめて名を呼ぶと、塔の中から巨大な人影が姿を現した。
赤茶けた長い髪を後ろに流したその大男は、すっかり短くなってしまった葉巻を握り潰し、黒い革のジャケットのポケットから新たな葉巻を取り出す。
皆から突き刺すような視線を向けられる中で、ウスルは葉巻を口に咥えて銀色のジッポライターで火をつけた。
じっくり炙った後に一息吸い、白い煙を口から吐き出す。
「……な、なんだあの男は……」
コルソンの呟きがやけに大きく場に響いた。
ウスルはその言葉に顔を上げると、コルソンを真っ直ぐに見て葉巻を口から離す。
「……ウスルだ。宜しく頼む……」
低い声でそう告げると、コルソンは眉根を寄せて顔を引攣らせる。
「ぶ、無礼な……! いや、こんな場に普通の人間がいるわけがない。そうか、彼奴がダンジョンマスターだな!? よし、兵士達よ! 前列の者はハーピーを押さえよ! 後列は我々を護衛しつつ前進! 一定の距離を保ちつつ魔術による遠距離攻撃を行う!」
コルソンがそう命令し兵士達が慌てて隊列を組み直した。後ろに並んでいた宮廷魔術師達も目を鋭く細めてウスルに視線を向ける。
ウスルは葉巻を吸うと煙を吐き、口を開いた。
「……挟撃する。俺が正面を受け持とう……」
「我々は後ろからですね。分かりました」
ウスルの指示にアエローが返答するやいなや、オーキュペテーが地を蹴って舞い上がる。
「いっちばーん!」
可愛らしい声でそう叫んだオーキュペテーは、矢が発射されたかのように恐ろしい速度で兵達の頭上へと向かった。
「う、うわ!」
最前列にいた兵士の一人にオーキュペテーの右の鉤爪が迫り、兵士は悲鳴を上げながら反射的に盾を持ち上げる。
激しい衝突音と火花を発して盾は弾かれ、もう一方の鉤爪が兵士の頭部を襲った。
頭を守るはずの鋼鉄製の兜が半ばまで切り裂かれ、兵士は血に塗れて崩れ落ちる。その光景に、他の兵士たちが息を飲んだ。
「あれ? 一発防がれた?」
ケライノーが首を傾げながらそう口にすると、アエローが表情を引き締める。
「良い兵士です。油断なくいきましょう」
そう言い残し、アエローが空を舞うと、今度は最前列の兵士二人が首から血を流して倒れた。更にケライノーが続き、今度は兵士の首が一つ落ちる。
「は、速過ぎる!」
一瞬で四人の兵を失ったコルソンは驚愕と共にそう言い、囚われた騎士の檻の陰に隠れた。
その様子を横目に見ながら、一番小柄な魔術師が頭に被っていたフードを脱いだ。
現れたのは頬に掛かるくらいの短めの白髪に大きな眼をした少女の顔である。頭には短い犬のような耳があったが、それよりも目立つのは少女の露出した肌にビッシリと彫られた刺青だろう。
複雑な形状をした黒い線が無数に少女の顔や首筋を走っている。
「速い奴なら、私とサムヤサが良い」
少女がそう口にすると、サムヤサもフードを脱いで顔を出す。
「僕かい? イェクンからデートに誘ってくるなんてね。いや、やぶさかではないけどね」
サムヤサはそう言って長い紺色の髪を自分で撫で付けた。切れ長の目が髪の隙間から覗き、イェクンと呼んだ少女を見つめる。
その芝居掛かった態度を見て、イェクンの眉間に小さな皺ができた。
「……私の方が上。敬語」
「はいはい、第十五席のイェクン様? それではハーピー討伐デートと洒落込みますか」
「うん、サムヤサは囮。派手に散って」
「酷くない!?」
二人の会話を黙って聞いていたアエローはふわふわと空中を漂ったまま、口を開く。
「……二人で私達の相手をするつもりでしょうか? 油断するつもりはありませんが、残りの人数全員がウスル様に殺到するとあまり良くありませんね」
「じゃあ、私が遊撃にいく」
「ケライノーお姉様なら余裕ですー!」
アエローは二人の妹の台詞に軽く頷くと、二人の魔術師を見下ろした。
「では、私とオーキュペテーであの者達を受け持ちましょう。さ、お行きなさい」
アエローの指示に返事をすると、ケライノーは素早く上空へ舞い上がった。それを見てサムヤサが慌ててケライノーを目で追う。
「あ、まずい! 怒られる!」
「仕方がない。一匹は兵達に任せる」
空中で翼を広げて旋回するケライノーの姿に動揺する兵士達を見て、コルソンが怒鳴り散らす。
「馬鹿者どもが! 敵はハーピー一匹と大男だけだ! さぁ、剣を握れ! 隊列を崩さずに進めぃ! 蹂躙するぞ!」
その命令は檻の陰に隠れたままのコルソンから発せられたが、兵士達の迷いを薄れさせることには成功した。
歯を噛み締めて剣を構えると、兵士達はそれぞれの相手へと足を踏み出す。
百を超える兵士達が自分に向かってくる様子を眺めて口の端を上げると、ウスルは葉巻を素手で握り潰し、前傾姿勢になった。
「ぐ……ぅう……」
まるで獣のような唸り声をあげ、ウスルは顔を下に向ける。
「お、おい!」
先頭の兵士はウスルの変化に気がつき、声を上げた。
丸まっていたウスルの背が盛り上がり、革のジャケットの裾から赤茶けた毛が伸びる。四肢も太く、逞しくなり、指先には鋭く尖った爪が生えた。
髪の毛だけだった頭部は見る見る間に毛に覆われていき、顔の輪郭も変わる。
「ワーウルフ!」
誰かがそう叫んだ。
低く前のめりになった姿勢で俯いていたウスルの顔が上がると、そこには獰猛な狼の顔があった。赤茶けた毛並みの狼の目が兵士達を捉え、ウスルは地を蹴る。
咆哮をあげながら走るウスルは、手前にいた兵士に向かって大振りに右手を振るった。
咄嗟に腰を落とし、奥歯を噛み締めて身を硬くしたその兵士は、盾でウスルの爪を受け止め、そのまま弾き飛ばされる。
近くにいた他の兵士二人を巻き込んで吹き飛ばされたその兵士は、朦朧とした様子を見せながらも慌てて立ち上がり、その場で盾を構えて動きを止めた。
盾はウスルの爪で切り裂かれており、もう使えないような状態だった。そして、剣を持っていた方の手は地面を転がった時に下敷きになったのか、骨が折れてあらぬ方向へと向いている。
苦悶の声をあげる兵士を見て、コルソンは身体を震わせて口を開いた。
「か、カフシエル殿!」
コルソンがそう叫ぶと、カフシエルは目を細めてウスルを睨み頷く。
「了解しました。やるぞ、アルマロス、アスベエル」
カフシエルがそう言うと、残った二人の魔術師が頷いた。




