頑張る侵入者を眺めるティータイム
【アクメ視点】
画面に映る光景を眺めながら温かいカフェオレを口に含み、ほのかに残る香ばしい苦味とまろやかなミルクの甘味に頷く。
「うん、カフェオレも上手になった」
「あ、は、はい! ありがとうございます!」
カフェオレを作ったケイティが慌ててそんな返事をする中、エリエゼルが画面を見て感心したように唸った。
「流石はご主人様です。あのような時間稼ぎを思い付かれるとは……僅か石板一つで数時間。それも、正解と思われる道を選んでも簡単には進めないとは」
「間違い探しとクイズで悩んだんだけどな。クイズはどのくらいの難易度が良いか判断がつかなかった。まさか、朝は四本足、昼で二本足、夜は三本足の生き物は何か、なんて古典的なクイズも微妙だろう?」
エリエゼルにそう答えると、ナナが首を傾げ口を開く。
「朝は四本足なのに、昼は二本足? なんですか、その生き物は?」
ナナが不思議そうな顔でそう聞いてくると、ケイティも興味深そうにこちらを見てきた。
「ああ、とある神話の話だよ。朝、昼、夜がそのモノの一生を表していてな。産まれた時は四つん這いで、やがて二本足で立つ。そして、老人になった時は杖をついて三本足になる……つまり、答えは人間だ」
そう解説すると、ナナとケイティは素直に感嘆の声を漏らしてこちらを見てくる。
いや、俺の発想ではなく神話の話をしただけだから感心されても困るのだが。
「その問題を投げ掛けても、あんな風に千人とか連れてこられたら誰かが答えを出してしまうだろう? だから、答えの検証が必要な問題にしたかったんだ。計算とかはそもそもどれくらいできるかも分からないしな」
そう補足説明をすると、二人は納得したように頷いた。そして、エリエゼルが画面を見て口を開く。
「あ、何か進展があったようですよ」
エリエゼルのそんな言葉に振り向くと、画面には一列になって並ぶ兵達の姿があった。
「……なるほど。滑る床に対抗するために下から押し上げていくつもりか。人数にものを言わせた力業だな。かなりの人数が必要だろうけど、人数ならいるからな」
そう呟き、溜め息を吐く。
「思ったより早く地底湖へ辿り着くかもしれないな。数の利を甘くみていた。ウスル、ナナ。アエロー達に食事を持っていってくれないか。そして、戦いが近いと伝えてきてほしい」
「はい!」
「……分かった……」
二人が返事をしたのを確認し、俺は料理を出す。ハーピー三姉妹は意外と器用で、手が翼であるにもかかわらず様々な料理を食べることができる。
だが、出来ることなら足の爪で押さえて食べることが出来るものを好んでいた。
なので、俺がハーピー三姉妹に出す料理は串に刺した肉や一口サイズの唐揚げなどが多く、主食はもっぱらパンにしている。
なので今回もハーピー三姉妹に出した料理はメロンパンと串カツである。
「それでは、行ってきます」
そう言ってナナはウスルを引き連れて地底湖へと向かった。
「頼りになるな」
今まさに人が死んでいっているダンジョンの最深部に食事を運ぶ。普通なら二の足を踏みそうな状況なのに、まったく物怖じしないナナにそんな感想が俺の口から出た。
すると、ケイティが頬を膨らませてこちらを見る。
「わ、私も何か運びます! あ、デザートとかどうですか!?」
「あ、ああ。後から頼もうか」
「はい!」
ケイティは満足そうに目を細めて元気良く返事をした。何故かナナに対抗心を燃やすケイティに首を傾げながら、画面へと顔を向ける。
「お、坂の後半に入ってるじゃないか」
「これは、登り切った先にある扉にロープなどを引っ掛けられたら攻略されてしまいそうですね」
エリエゼルが難しい顔でそう呟き、俺は口の端を上げた。
「さて、それはどうかな」
そう答えると、エリエゼルがこちらを不思議そうな顔で振り返り、すぐに画面に視線を戻す。画面の中では先頭の兵がようやく坂の頂上に辿り着くといったところだった。
と、先頭の兵が坂の上にあるフロアに手を掛けた時、坂の上のフロアの一部がバネ式ネズミ捕りのように持ち上がり、兵士の手に向かって落ちてきた。
勢いよく手を挟まれた兵士は身体が跳ねるほど暴れ出し、下から押し上げていた兵達が坂を蹴り落とされる。
坂の上部に残る者が手を挟まれた兵士だけになったその時、兵士の手を挟んでいる床の断面に真っ赤な火が点いた。
「あれは……」
エリエゼルが疑問の声を上げた瞬間、チロチロと燃えていた火が勢い良く吹き上がった。炎は一人残された兵士を包み込み、轟々と燃え上がる。
そして、坂を黒く塗りつぶしていた液体に引火した。
「う、うわぁあああっ!」
炎は坂を舐めるように広がっていき、逃げ遅れた兵達を次々に呑み込んでいく。
一瞬で広がった火の海と生きながらに焼かれる兵士達にエリエゼルとケイティが驚きの声をあげた。
「なんという極悪非道な罠でしょう! 流石はご主人様です!」
エリエゼルのそんな台詞に俺はケイティの様子を見る。流石に刺激が強すぎたかと思ったが、意外にもケイティは画面をジッと見ていた。視線に気がつくとケイティは笑顔でこちらを振り向く。
「お見事です! 侵入者もこれで帰っちゃいますね!」
ケイティのその反応に違和感をもった俺が眉根を寄せると、ケイティは俺の視線に何を思ったのか頬を染めて視線を逸らす。
「……怖かったりしない?」
そう尋ねると、ケイティは難しい表情で小首を傾げた。
「え? あの人達はご主人様の敵なんでしょう?」
「ん? ああ、俺は奴らに見つかれば殺されて死体を王様にお届けされるらしいな」
俺がそう言うと、ケイティは眉間に小さなシワを作って画面を睨んだ。
「では、私にとっても敵です。もしご主人様の前に立ったなら私が戦ってご主人様を守ります」
ケイティはそんなことを言いながら胸の前で両手を握る。
「……エリエゼル?」
「まぁ、流石はご主人様です。皆に慕われておりますね?」
俺に名を呼ばれたエリエゼルは何故かトンチンカンなことを言って誤魔化した。それに溜め息を吐き、ケイティの態度に頭を捻る。
あの謎の契約の影響だろうか。考え方がどうも人間よりではなくダンジョンマスター寄りになっている気がする。
そんなことを考えていると、そのケイティが画面の中で起きた変化に気がついて声をあげた。
「あ、反対の扉に……」
「お? もう左の道を試すのか」
ケイティの言葉を聞いて画面を見ると、そこには二人の兵が盾を構えながら扉を開ける様子が映し出されていた。
「わざわざ両方のルートを攻略するつもりなのか」
そう呟き、テーブルの上に出したピザを片手で取り、口に含む。熱を持ち柔らかくなったチーズとトマトソース、パリパリしたクリスピー生地を口の中で噛んで混ぜ合わせて飲み込み、俺は短く息を吐く。
「ご苦労なことだ」
【騎士団員視点】
くそ、あの馬鹿男爵が退かなかったせいでこんな目に遭っているんだ。何故私がこんな危険なことを……!
コルソン男爵への恨み言を頭の中で繰り返し叫びながら、私は扉の取っ手に手を掛けた。
直後、指先に違和感を覚えて慌てて手を離す。
「熱っ!?」
そう叫びながら手甲を外してみれば、手のひら側に使われている革の部分が焼けて薄っすらと煙が上がっていた。
「くそ! 馬鹿にしやがって!」
私が口汚く罵声を上げると、隣に立つ同僚が肩を震わせてこちらを見た。
「な、なんだよ、驚かせるなって! 何があったんだよ!?」
気の弱い同僚は盾を顔の高さまで持ち上げてそう怒鳴ると辺りを見回す。それに深く息を吐き、扉の取っ手を指差した。
「直接触らない方が良い。熱せられている」
そう忠告すると、同僚は眉を顰めて扉を見た。
「そんなくだらない罠が?」
「嘘だと思うなら素手で握ってみろ」
懐疑的な台詞にそう文句を返すと、同僚は唾を呑んで剣を握り直して取っ手に引っ掛けた。
私は鼻を鳴らすと、同僚と同じように剣を取っ手に引っ掛け、両手で握る。
「よし、開けるぞ」
「あ、ああ」
二人同時に剣を握る手に力を込めて後ろに下がる。足を下げる度に、見た目通りの重い扉が徐々に開かれていった。
開かれた扉の向こう側には真っ直ぐ続く通路があった。左右の壁には松明が灯っているだけで障害物やモンスターの姿も無い。
「……なんだ、こっちが当たりだったのか?」
同僚のその台詞に、私は一瞬悩んだが、すぐに背後を振り返って石板の裏に隠れる馬鹿男爵に報告をする。
「閣下! こちらには真っ直ぐ伸びた一本道があります! 今のところ罠などは見当たりません!」
そう叫ぶと暫くの間が空き、やがてコルソンの叫びが返ってきた。
「良し! 四人派遣する! その状態で待機しておれ!」
その指示を聞き、私は溜め息を吐く。
さぁ、これでまた仲間が四人死ぬのか。何故、撤退という選択肢は無いのだろうか。既にこのダンジョンの探索は失敗という結果が出ていて、更に大失敗への道を歩んでいる気がしてならない。
「……大丈夫なのか、この道は」
「くそ、俺も死ぬのか……」
悲痛な声と共に、四人の仲間がこちらへ歩いてきた。私は顔を上げて四人に声をかける。
「……何も無いように見えるのがかえって不気味だ。誰か、試しに物を投げ込んでみろ」
そう助言すると、先頭を歩いていた者がすぐに腰に縛り付けていた剣を手にした。
「おい、剣は……」
「死んだ仲間のやつだ。これを投げた方が良い気がするんだ」
そう言って、その者は鞘に入ったままの剣を通路に投げ込んだ。放物線を描いて飛んでいった剣は天井に跳ね返り、床へと落下する。
直後、激しい閃光と共に轟音が鳴り響き、扉を持つ手と足に振動を伝えた。
何が起きても大丈夫なように構えていたのに、思わず後ろに転んでしまいそうなほどの風が吹き荒れる。
「っ! うわ……!」
通路の前に立っていた四人は私と違い、直接その風を受けて後方へ倒れ込んでしまった。
そして、倒れた四人から通路に目を移すと、そこには通路が無かった。あるのは岩の壁だけだ。
「な、何が起きた……!?」
後方からコルソンの怒鳴り声が聞こえる中、私の目の前では突然出現した岩の壁がせり上がる光景があった。
岩の壁が上りきると、岩の壁が天井であったことが理解できた。
「爆発に合わせて、天井が落下したというのか……!?」
元通りになった通路の奥を見ると、そこには地面にめり込みもせずに鞘が砕け散った剣があった。
その、真ん中から折り畳まれた分厚い刀身を見て、私は改めてこの探索任務が達成不可能であると理解する。
「駄目です! この道は進むことができません!」
私がそう叫ぶと、後方でコルソンが腹立たしそうに怒鳴り散らす声が響いた。
あの女冒険者達がいなければ、我々には罠一つくぐり抜けられないのだ。
私が扉の片方を閉めると、もう片方の扉を持っていた同僚が震えながら同じように扉を閉めた。
倒れた四人に手を貸して立ち上がり、コルソンの下へ戻る。
「剣を投げ込むと奥で爆発が起き、天井が落下しました。床や落下した天井に剣が刺さること無く折れ曲がったことを考えると、天井の破壊も不可能かと思われます。更に、あの通路に避難場所はありません」
私がそう報告すると、コルソンは歯を嚙み鳴らし、いまだに炎が燃え盛る右側の道を睨んだ。
「……ここまで来て……!」
歯痒そうにコルソンがそう漏らすと、その後ろに並ぶ宮廷魔術師達が顔を見合わせて何かしらのやり取りをする。
小声で聞こえなかったが、その内の一人がコルソンに向き直り口を開いた。
「……残存魔力に不安は残りますが、我々が道を作りましょう」
「……な、なに? 道を作る?」
宮廷魔術師の言葉にコルソンが困惑しながら聞き返すと、その男は首を斜めに傾けて私を見た。
「兵達でなんとかしたかったが、仕方ありませんな」
失望したような言い方でそう口にすると、その男はもう誰も居なくなった右の道へと歩き出した。
そして、両手の手のひらを燃え盛る炎に向け、何かを呟き出す。白い煙のような霧と淡い光が足元から男を包み、両手に集まっていった。
「まさか、魔術であの範囲の炎を……?」
思わず、私はそんなことを呟いていた。その言葉を聞き、残った宮廷魔術師の一人がこちらを一瞥する。
「雑兵が……よく見ているが良い」
フードを頭に被った宮廷魔術師が、存外に若い声でそう口にした。
その言葉に視線を戻すと、宮廷魔術師がまさに氷の魔術を放つ瞬間だった。きらきらと反射する白い光が男の手から伸び、炎へと吸い込まれていく。
白い光に触れた炎は弾けて消え去り、更に坂の真ん中が恐ろしい勢いで凍りついていった。
あっという間に、炎燃え盛る坂が凍てつく氷の坂へと変貌していく。
唖然としてその光景に立ち尽くす私に、宮廷魔術師は皮肉げな笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
最強ギルドマスターの一週間建国記が2月25日に発売されます!
社畜ダンジョンマスターの食堂経営は3月発売の予定です!
合計10回以上の改稿!SSも10話以上書きました!
ぐふ_:(´ཀ`」 ∠):




