地下迷宮からの新フロア
宮廷魔術師の多大な貢献もあり、迷宮の探索はハイペースで行われた。
そして、鎧武者やガーゴイル、動く鎧などのモンスターを数十体倒した頃、コルソン達は明らかに今までとは違う雰囲気の部屋へと足を踏み入れた。
酷く無機質な石造りの四角い部屋だ。その部屋には松明が灯っており、奥には金属製の両開き扉があった。
「……此処にもあの女どもはおらんのか」
コルソンが部屋の隅々まで見回しながらそう呟くと、後ろに立っていた中年の騎士が口を開いた。
「いないようですね。此処まで来る間も姿を見ておりませんし、もしや既に死んでいるのでは……」
「……地底湖までは問題なく攻略しているはずではなかったのか? いや、だが確かにあのモンスターはかなりの強敵だった。我らと逸れた時に襲われたのなら冒険者の女二人程度では厳しいだろうな」
コルソンのそんな見解に、中年の騎士は眉根を寄せて奥の扉を睨む。
「しかし、我々だけではこれ以上進むのは難しいかと思われます。撤退すべきでは?」
「馬鹿な! 何一つ結果を出してもいないのに戻れというのか!? せめて地底湖まで行かねばただ恥を晒しに来ただけだ! 扉を開けよ!」
中年の騎士が顔を歪めていることにも気が付かずにコルソンがそう怒鳴ると、若い兵士二人が返事をして扉に手をかけた。
重々しい音が響き、扉がゆっくりと開かれる。光が差し込み、扉の向こうの景色が徐々に広がっていった。
まず一番目の前に現れたのは巨大な石板である。人の背ほどもある角張った長方形の石板が、扉を開けたど真ん中にあった。
石造りの床や壁などは変わらないが、石板の奥には二つに分かれる道があり、その突き当たりにはまたそれぞれ扉がある。
「……どうせただの分かれ道ではないのだろう」
もはや疑心暗鬼になっているコルソンは顰め面でそう呟き、石板を見た。
石板の表面をじっくりと眺め、中年の騎士に対して口を開く。
「これはどういう意味だ?」
「は……『間違い探し。左右の絵で違う箇所がいくつあるか。十未満ならば右に、十以上ならば左へ進め』……? む、むむむ……これは難しい。絵があまりにも精密過ぎますぞ」
「おい、誰か分かる者はいるか?」
悩む中年の騎士を半眼で見据えたコルソンが背後を振り返ってそう口にすると、宮廷魔術師の男が歩み出た。
「ふむ……これは見事な絵だ。頭を白くした美しい山に湖。何処にある山でしょうな」
男のそんな台詞に、コルソンは呆れたような顔になって鼻を鳴らす。
「そんなことはどうでも良い。まずは、この間違い探しとやらだ。つまり、左右の同じように見える絵から違う点を探せということだな? こういったものは数がものを言う。皆で探すぞ」
「は!」
コルソンの指示に、皆が大きな声で返事をし、石板の前に殺到した。多少の人数を減らしていても、それでも鎧を着た数百の兵士達である。
コルソンは押し潰されそうになりながら声を張り上げた。
「じゅ、十人で良い! 前列の十人を除き、他の者達は休憩とする! 携帯食を一食分消費することを許す!」
「はっ!!」
コルソンが指示を出すと、皆が先程よりも大きな声で返事をして一気に石板から離れたのだった。
「閣下! 違いは九で間違いありません!」
「ようやくか……本当に間違いは無いだろうな?」
「はっ! 十人で班を組み五回の検証を行いました! 間違いありません!」
騎士の報告にコルソンは地べたに座ったまま不機嫌そうに鼻を鳴らし、立ち上がる。
「答えが明確に出ない分だけ時間が掛かったな。だが、遅れてもしっかりと検証した甲斐はあるはずだ」
そう口にして、コルソンは兵達を振り返った。
「先発隊を送る! まずは十名だ!右の扉を二人で開き、残った八名で縦二列に並んで扉の奥を調査せよ! 扉は決して閉めるなよ! 最後尾の二名はあまり奥には入らずに先へ進む者達の支援を行え!」
コルソンがそう告げると、兵達はざわざわと俄かに騒ぎ出し、誰が先発隊として扉の向こうへ行くかで揉めた。
それを見て中年の騎士が目を釣り上げて怒鳴る。
「栄えある騎士団の精鋭がなんたる様か! 我こそはという者がいないのなら私が決めるぞ!? そこの十名、前へ出よ!」
不幸にも騎士に選ばれてしまった十人の兵士は顔色を変えて立ち竦み、扉に目を向けた。
「……マジかよ」
「い、一番に入るのは嫌だぞ」
「と、扉開けるのは得意なんだ」
「汚いぞ、お前!」
そんなやり取りをしながら争う兵士達に騎士は眉間に皺を寄せる。
「何をグダグダやっておる!? 早く行け!」
騎士がそう怒鳴ると、コルソンが片方の眉を上げて騎士の横顔を見た。
「……お前が先発隊を率いても良いぞ?」
コルソンがそう告げると、騎士は目を見開いて振り向く。
「何を言われますか! 私の補助が無ければこの苦境を乗り切ることは難しいでしょう! 違いますか!?」
「む、そ、そうか……では、お前が選んだ精鋭に任せるとしよう」
恐ろしいほどの剣幕で自分の有用性を訴える騎士にコルソンは素直に引き下がった。了解を得たと判断した騎士は兵達に向き直り、再度指示を飛ばす。
選ばれた兵達は青い顔のまま扉の前に立ち、まず二人が扉に手を掛けて左右に開いた。開かれた扉の向こう側に広がる景色を見て、兵士達は呆気にとられて佇む。
「どうした! 何が見える!?」
石板の裏側に隠れた状態でコルソンが叫んだ。
「さ、坂です! ただ緩やかな上り坂があります!」
「……上り坂ぁ?」
コルソンは懐疑的にそう呟きながら顔を出した。そして、兵士達の背中越しに見える景色を眺めて目を細める。
「本当に坂ではないか。それも、特に何も無いように見えるな」
そう言って、コルソンは他の兵達と共に扉の前へと移動した。
扉の向こう側に広がっているのは五、六人ほどがゆっくり並んで歩けるほどの上り坂が続いていた。勾配は緩く、奥にはまた扉があるようだった。
「……楽過ぎて怪しいぞ。もう冒険者の女共はいないのだからな。慎重に行くとしよう」
コルソンがそう口にすると、騎士が深く頷く。
「はっ! さぁ、罠に気をつけて進め! 油断するなよ!」
「は、はっ!」
騎士の号令に兵達はヤケクソ気味に声を張り上げ、奥へと向かっていった。
盾を構え、兵達はすり足で進んでいく。その背をジッと眺め、コルソンは険しい顔で浅い呼吸を繰り返した。
「……何も無いな。もう半ばまで進んだぞ?」
コルソンがそう呟くと、コルソンの背後で待機する騎士が首肯して口を開く。
「確かに……やはり、正解だったのでしょう」
騎士がそう答えると、宮廷魔術師の一人が顎を引いて目を細めた。
「……あの石板には、正解の扉を開けば安全な道へと続く、などとは書かれていなかった」
宮廷魔術師が静かにそう呟くと、コルソンと騎士の二人が目を見開いて宮廷魔術師を振り返る。
その時、扉の向こう側から兵士達の悲鳴が響き渡った。
二人が振り返ると、こちらへ坂を滑り降りてくる兵士達の姿があった。黒い液体に塗れ、兵士達は踏ん張ることもできずに扉の場所まで戻ってきてしまう。
それを見て、コルソンは思い切り顔をしかめた。
「まさか毒じゃあるまいな……! それにしても、なんという性格の悪いダンジョンだ!」
コルソンのその怒鳴り声に返事をする者はおらず、皆が疲れたように項垂れるのみだった。
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